食事を
文字数 2,225文字
「ここらで、休みましょうか」
さおりの提案に、ゆうきは思わず舌打ちを返しそうになった。日の落ちた道は歩きにくく、さおりの提案がまっとうなものであるのにも関わらず。カマイタチの残した問い掛けを考えないためには、重いリアカーを無心に引きずる方が都合が良い。足を前に出すだけで進んでいるという自覚を持てたから。ただ歩くという行動が、ゆうきの心の拠り所になっていた。
「ご飯!」
カッパがリアカーの上で飛び跳ね、ガクンと揺れた。ゆうきは、バランスを取るために立ち止まる。それを休憩することの了承と取ったのであろう、さおりが荷物を下ろしはじめる。夜露を避けるために持ってきたワンタッチテントがあっという間に組み立てられた。
「ご飯!!」
ゆうきがカセットコンロから種火を貰っている後ろでカッパが飛び跳ねる。
「毒を入れたりしないから、温かいうちに食べましょう。外で寝るのは冷えるわ」
さおりが先回りしてタマモをみる。タマモはしばらく考えるようにさおりを見て聞き取れるかどうかの声量でこう言った。
「私は猫舌なんだ」
「なら、煮ずにそのままの方がいいかしら?」
さおりは笑ってそのまま食べられる食材をタマモの皿へと盛りつけていく。
「タマモ、猫?狐?」
カッパが首を傾げ、タマモがその両肩に前足を置いた。金色の瞳にじっと見つめられたカッパは心地悪そうに目をそらした。
「熱いものが苦手なの」
のぞみが答えると、カッパが嘴を菱形に開けて感心したように頷いた。
「あぁ、誰かと食卓を囲うのはずいぶんと久しぶりです」
ザシキワラシが嬉しそうに顔をほころばせる。
「そう?大事にされてそうだけれど」
さおりはザシキワラシに料理のなみなみ入った器を渡した。
「豪華ではありましたけれどね。なぜか私の食べ残しに力があるって言いはじめましたね。人間は私の食べ残しを”おさがりをいただく”ってありがたがってました。まったく、人間の考えることはよくわかりません」
ザシキワラシは温かなお椀を両手で包み込むように受けとると、嬉しそうに中を覗き込んだ。
「いただきます」
口々に挨拶を済ませ、温かな料理を頬ばる。
「さおりさんって料理上手ですよね」
繊細な味わいの料理に、ゆうきが舌鼓を打つ。
「習ったんですか?」
さおりは目を細め、首を振った。
「独学だから、褒められるとうれしいねぇ。人に食べてもらうのも、ゆうき達が初めてだよ。”自分のことは自分でする事”ってのが親の方針だったから」
さおりの言葉にのぞみがパッと顔を上げる。
「ウチも。だから熱が出る前に薬草を集めてた。熱が出ると関節が痛くなって山にはいるのしんどくなるから」
のぞみは嬉しそうに微笑む。
「へぇ!薬学の方までは手が回らなかったから、親に頭を下げてたよ。ちゃんと出て来るときに頭を下げた分のお金は置いて出たけど。多分もう賭け事に使いきってるんだろうなぁ」
さおりはまるで夜空に両親の顔が浮かんでいるとでもいうようにじっと星を見つめる。
「そうなんですか?」
ゆうきは、自分の中にある看病された記憶が当たり前じゃないと知ってうろたえた。
「まぁ、世間で言われてるような良い親タイプではなかったよ」
さおりが、ゆうきを見て断言する。
「”自分のことは自分でする”のは当たり前じゃないん?」
のぞみが首を傾げ、手元にある器におかわりを注ぐ。鎌のついた手には分厚い革の手袋をはめていた。鎌のカーブをうまく使い、器をバランス良く持っている。
「どうだろうねぇ」
さおりはどっちとも言わずに自分の椀から食材を口に運んだ。
「自分のことを自分で出来るのは、大人として生きていく上で必要だから、間違ってはない……と思う。」
ゆうきがぽつりとつぶやいた言葉に、さおりがどこまでも慈しむような視線を向けた。
「あぁ、本当に。ゆうき、君は素直に育ったんだなぁ。そんな風に思えるなら、きっと愛に溢れた家族だったんだろうね」
さおりの言葉に、ゆうきは口に入れていたジャガ芋をゆっくりと噛んだ。
どうだったのだろう。異形の瞳には素敵な能力はないけれど、人の嫌悪を集める力はあった。それが家族を傷つけていた以上、カマイタチが旅に同伴しない事を喜んだように、家族がゆうきの旅立ちを喜ぶのも無理ないように思う。一緒に暮らさないことを喜ぶこの感情は、果して家族愛と呼べるものだろうか。
「人の役に立てるようになれって教えは、間違ってる?」
ゆうきがぐるぐると思考している外でのぞみが、さおりに問い掛ける。
「……あぁ、どっちとも言えない。人は一人で生きるようにできてはいないから。だけど、誰の役に立ちたいのかを自分で決めないとすごく苦しいだろうね」
さおりの言った言葉に、タマモが胸を張った。
「あぁ、それを決めてから悩むことがなくなった。私はのぞみさえ、笑っていれば良い」
「それも、ちょっと怖いけどね」
さおりが苦笑する。
「笑顔っていうのは簡単に変質しますからね。幸せってのは掴み所がない」
丸く膨らんだお腹を撫でながらザシキワラシが頷く。
「カッパは、尻小玉!並べると幸せ。キラキラ」
会話する者の顔を順繰りに見ていたカッパが箸を持ったまま両手を突き上げて言った。会話にはいるタイミングを計っていたらしい。すごく良いことを言ったでしょうと得意げに目を輝かせた。
「正しいとか、正しくないとか……そんなふうに単純な世の中であってほしいと思うよ」
さおりが言った言葉がたき火にくべられ、パチンと爆ぜた。
さおりの提案に、ゆうきは思わず舌打ちを返しそうになった。日の落ちた道は歩きにくく、さおりの提案がまっとうなものであるのにも関わらず。カマイタチの残した問い掛けを考えないためには、重いリアカーを無心に引きずる方が都合が良い。足を前に出すだけで進んでいるという自覚を持てたから。ただ歩くという行動が、ゆうきの心の拠り所になっていた。
「ご飯!」
カッパがリアカーの上で飛び跳ね、ガクンと揺れた。ゆうきは、バランスを取るために立ち止まる。それを休憩することの了承と取ったのであろう、さおりが荷物を下ろしはじめる。夜露を避けるために持ってきたワンタッチテントがあっという間に組み立てられた。
「ご飯!!」
ゆうきがカセットコンロから種火を貰っている後ろでカッパが飛び跳ねる。
「毒を入れたりしないから、温かいうちに食べましょう。外で寝るのは冷えるわ」
さおりが先回りしてタマモをみる。タマモはしばらく考えるようにさおりを見て聞き取れるかどうかの声量でこう言った。
「私は猫舌なんだ」
「なら、煮ずにそのままの方がいいかしら?」
さおりは笑ってそのまま食べられる食材をタマモの皿へと盛りつけていく。
「タマモ、猫?狐?」
カッパが首を傾げ、タマモがその両肩に前足を置いた。金色の瞳にじっと見つめられたカッパは心地悪そうに目をそらした。
「熱いものが苦手なの」
のぞみが答えると、カッパが嘴を菱形に開けて感心したように頷いた。
「あぁ、誰かと食卓を囲うのはずいぶんと久しぶりです」
ザシキワラシが嬉しそうに顔をほころばせる。
「そう?大事にされてそうだけれど」
さおりはザシキワラシに料理のなみなみ入った器を渡した。
「豪華ではありましたけれどね。なぜか私の食べ残しに力があるって言いはじめましたね。人間は私の食べ残しを”おさがりをいただく”ってありがたがってました。まったく、人間の考えることはよくわかりません」
ザシキワラシは温かなお椀を両手で包み込むように受けとると、嬉しそうに中を覗き込んだ。
「いただきます」
口々に挨拶を済ませ、温かな料理を頬ばる。
「さおりさんって料理上手ですよね」
繊細な味わいの料理に、ゆうきが舌鼓を打つ。
「習ったんですか?」
さおりは目を細め、首を振った。
「独学だから、褒められるとうれしいねぇ。人に食べてもらうのも、ゆうき達が初めてだよ。”自分のことは自分でする事”ってのが親の方針だったから」
さおりの言葉にのぞみがパッと顔を上げる。
「ウチも。だから熱が出る前に薬草を集めてた。熱が出ると関節が痛くなって山にはいるのしんどくなるから」
のぞみは嬉しそうに微笑む。
「へぇ!薬学の方までは手が回らなかったから、親に頭を下げてたよ。ちゃんと出て来るときに頭を下げた分のお金は置いて出たけど。多分もう賭け事に使いきってるんだろうなぁ」
さおりはまるで夜空に両親の顔が浮かんでいるとでもいうようにじっと星を見つめる。
「そうなんですか?」
ゆうきは、自分の中にある看病された記憶が当たり前じゃないと知ってうろたえた。
「まぁ、世間で言われてるような良い親タイプではなかったよ」
さおりが、ゆうきを見て断言する。
「”自分のことは自分でする”のは当たり前じゃないん?」
のぞみが首を傾げ、手元にある器におかわりを注ぐ。鎌のついた手には分厚い革の手袋をはめていた。鎌のカーブをうまく使い、器をバランス良く持っている。
「どうだろうねぇ」
さおりはどっちとも言わずに自分の椀から食材を口に運んだ。
「自分のことを自分で出来るのは、大人として生きていく上で必要だから、間違ってはない……と思う。」
ゆうきがぽつりとつぶやいた言葉に、さおりがどこまでも慈しむような視線を向けた。
「あぁ、本当に。ゆうき、君は素直に育ったんだなぁ。そんな風に思えるなら、きっと愛に溢れた家族だったんだろうね」
さおりの言葉に、ゆうきは口に入れていたジャガ芋をゆっくりと噛んだ。
どうだったのだろう。異形の瞳には素敵な能力はないけれど、人の嫌悪を集める力はあった。それが家族を傷つけていた以上、カマイタチが旅に同伴しない事を喜んだように、家族がゆうきの旅立ちを喜ぶのも無理ないように思う。一緒に暮らさないことを喜ぶこの感情は、果して家族愛と呼べるものだろうか。
「人の役に立てるようになれって教えは、間違ってる?」
ゆうきがぐるぐると思考している外でのぞみが、さおりに問い掛ける。
「……あぁ、どっちとも言えない。人は一人で生きるようにできてはいないから。だけど、誰の役に立ちたいのかを自分で決めないとすごく苦しいだろうね」
さおりの言った言葉に、タマモが胸を張った。
「あぁ、それを決めてから悩むことがなくなった。私はのぞみさえ、笑っていれば良い」
「それも、ちょっと怖いけどね」
さおりが苦笑する。
「笑顔っていうのは簡単に変質しますからね。幸せってのは掴み所がない」
丸く膨らんだお腹を撫でながらザシキワラシが頷く。
「カッパは、尻小玉!並べると幸せ。キラキラ」
会話する者の顔を順繰りに見ていたカッパが箸を持ったまま両手を突き上げて言った。会話にはいるタイミングを計っていたらしい。すごく良いことを言ったでしょうと得意げに目を輝かせた。
「正しいとか、正しくないとか……そんなふうに単純な世の中であってほしいと思うよ」
さおりが言った言葉がたき火にくべられ、パチンと爆ぜた。