朝食時

文字数 2,164文字

「朝ごはんは、なんだ?」
 タマモの声にゆうきは振り返る。眠たげに目をしょぼしょぼさせながら、タマモとのぞみが立っていた。うっすらとかかった霧が、二人の輪郭をぼやかしている。
 タマモの両足の間から緑色がひょっこりと顔を覗かせた。
「よく寝たか??」
 カッパの機嫌良さそうな声がそこから聞こえる。

「おはよう、みんな。早起きだね」
 さおりが、鍋を荷物から取り出しながら答えた。その頬はもう赤くない。直前までのやりとりなんて無かったかのようなその態度にゆうきは何とも言えない気持ちになった。

「真っ白やぁ」
 のぞみが、自分の手に息を吹き掛けて言い、タマモが応えるように柔かな尾でのぞみの体を包んだ。

「そうね。だから今日はどこか屋根のあるところで泊まりたいなってゆうきと話してた」
 さおりは包丁を取り出すと、慣れた手つきで食材を一口大に切っていく。カッパが目を輝かせて「ニンジン、玉ねぎ……」と呟きながらさおりの手元を観察している。ふと、ゆうきがタマモを見ると、地面を掃くように揺れるしっぽが期待していた。

「……ねぇ?のぞみ、これ、切れる?」
 さおりの声にみんなの視線が集まる。その手には手の平大のカボチャ。包丁では切るのに一苦労しそうだ。

「多分?」
 のぞみは、さおりからカボチャを受けとるとしげしげと見た。革の手袋を外して光がカボチャの表面を撫でる。黄色いなめらかな断面が顔を出した。

「ありがとう。一口大にしてくれる?」
 さおりが嬉しそうに言い、のぞみが口元を綻ばせて頷いた。
「ウチ、役に立っとる?」

「えぇ、とってもね」
 さおりは、タマモ用の皿に食材をわけながら頷いた。
「良かった」
 のぞみが嬉しそうにカボチャを撫でる度、カボチャが小さく切り分けられていく。
 タマモはのぞみに風が当たらないように、風上に移動し、カッパはみんなの分の皿を準備しはじめた。荷物の側におかれたオニビの勢いが小さいことに気づいたゆうきは、さおりに質問する。

「オニビはご飯食べないんですか?」

「あぁ、人間の食べるようなものは食べないよ。文献によると気力を吸っていく感じらしくてさ。畏れと気力を与える条件で一緒に住んでたんだよねぇ」
 さおりがあっさりと答え、食材の入った鍋をたき火にかけた。

「気力……それって、さおりさんの健康を害したりは……」
 ゆうきがこぼした心配の言葉を、さおりはその唇に人差し指をあてて封じ込める。

「ん。野暮なこと聞くんじゃないよ。何でもかんでも知れば良いって話じゃない」
 さおりは優しく微笑むと口を閉ざした。

「皆さん、早いんですね」
 ザシキワラシがテントから出てくるころには、料理が出来上がっていた。

「おはよう」
 弾むような声でザシキワラシに飛びつくカッパ。それを、ザシキワラシは一歩だけ左に避けて回避する。ボフっと音を立てて雪にカッパの跡が残った。

「おいしそうな匂いですねぇ」
 ザシキワラシは隣で倒れているカッパに見向きもせずにたき火を囲った。口の端が上がっているところを見ると、ちょっとからかってみたらしい。昨日一晩でずいぶんと仲良くなったものだ。と、ゆうきはカッパとザシキワラシを交互に見た。

「ヒドイ!!」
 ガバッと顔を上げたカッパが抗議する。転んだ拍子に皿の水がこぼれないか心配したゆうきは、そういえば朝から皿の水音を聞いてないことを思い出した。ゆうきは、カッパを助け起こすふりをしてその皿を覗き込む。

「……カッパの皿の水って凍るんだ」
 見えたものをそのまま口にしたゆうきの向こう脛に痛みが走った。
「痛ッ」

「失礼な奴」
 カッパがゆうきを指差してプリプリと怒っている。

「なんだよ。いきなり蹴るなんてそっちこそ、失礼だろう」
 ゆうきが反論すると、カッパが負けじと言い返して来る。

「皿覗いた!エッチ!」
 カッパの言葉にどうやら皿を覗き込むのは礼儀を欠いた行動らしい。とゆうきは察した。しかし、普段頭を撫でてもらっている癖にその差はどこだろう。と、釈然としない思いも同時に抱える。

「さ、食べましょ」
 さおりの号令でみんな自分の皿を手に持つ。冷えた体に染み込む旨味と温かさを噛み締めていると、タマモが言う。
「屋根のあるところで泊まるということは、のぞみに危険が及ぶリスクがあるんじゃないか?」

「ザシキワラシのこと、諦めてはないでしょうし。そのリスクは高いでしょうね」
 さおりはタマモの視線をまっすぐ受け止めた。

「かといって、人間は簡単に風邪ひきますし、儚いですからねぇ」
 やれやれといった調子でザシキワラシがゆうきを見た。
「弱い……」
 カッパまでもが哀れむような視線をゆうきに向ける。ゆうきは思いっきりしかめっ面を返して見せた。一晩でここまで仲良くなるなんて、子供の力というのは侮れないなと思う。

「でも、ウチ、泊まった場所に迷惑ばかりかけてる」
 のぞみが言った言葉にゆうきはどう答えたものか迷った。ゆうきの家は屋根を吹き飛ばされ、さおりは引っ越しを余儀なくされている。次泊まった場所に迷惑をかけない保障はない。

「ん……稼ごっか。かけた迷惑は、お金で返そう」
 さおりが器に残った料理をぺろりと平らげて、提案する。

「どうやって?」
 ゆうきの問い掛けにさおりがウィンクする。
「あたしに考えがあるから、任せなさいな。東に向かいながら人のいる場所を探すよ」
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