商の才
文字数 2,156文字
「さぁ!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」
さおりがよく通る大声を上げた。その声に惹かれて買い物をしている母親の裾を幼子が引く。幼子の母親はしかし、ゆっくりと首を振って、八百屋に並ぶ野菜を吟味する作業に戻る。
朝食を食べ終え歩きはじめた一行は、太陽が真上に昇る前に人のいる町に到着していた。さおりは自信ありげに町を突き進み、人通りの多い通りの真ん中に陣取る。
さおりは楽しげにのぞみの顔へ派手なメイクを施すと、タマモに緩やかに持たれかかるように指示した。リアカーの後ろに座らせ、先述の言葉を繰り返して周囲に人を集めはじめたのだった。
「不思議な力を見ていかないかい?」
さおりは、近くを通り掛かった子供に視線を合わせてもっと近くに来るようにと手招いた。
「まずは、不思議な炎!!」
さおりはランタンで静かに燃えていたオニビを子供の前に差し出す。
「わぁ、青い炎だ。でも、うちのガスコンロも青いよ?」
子供は首を傾げて、さおりを見た。
「大きくなぁれ!」
さおりの声に合わせてオニビがグンと大きくなる。子供は表情を変えずにさおりの手元を見、「それで?」と醒めた声を出す。
「小さくなぁれ!」
さおりは焦ることなく、オニビを小さくして見せた。
「うーん、おねぇさん青い炎が大きくなったり小さくなったりするのは、家のガスコンロで見慣れてるんだ。ごめんね」
妙に大人びた言い方で子供が手を振ってその場を離れようとした。
「そっかぁ。……じゃぁ、仕方ないね。バイバイ。大人でもめったに見られないことを、これからこの子がやってくれるんだけどなぁ。まぁ、記念にカッパと握手でもしていく?」
さおりは、肩をすくめて子供を見送る姿勢を取った。名指しされたカッパがどきりと跳ねて、さおりを見る。
「カッパ、見たことある?」
さおりは、カッパの背中を子供に向かって押し出すと微笑んだ。子供が思案するような顔でカッパに手を差し出す。
「尻小玉、相撲でもいい」
カッパは嘴を菱形に開けて嬉しそうに言う。それをゆうきが止めた。
「ダメ」
「ちぇ」
カッパがすねた声を上げ、子供と繋いでいた手を離す。
「ちょっとベタッっとしてる」
子供がカッパと握手した右手の平を見つめ呟くと、服の裾でその手の平を拭った。
「お友達の中にカッパと握手したことある人ってどのくらいいるの?」
「うーん」
首をひねっている子供に、その父親らしき人物が声をかける。肩には木材を乗せていた。
「さぁ、帰るぞ」
「あ、パパ。今ね、カッパと握手してたの。パパはカッパと握手したことある?」
子供の問い掛けに、父親は微笑んで頭を撫でた。それから、「おいくらですか?」とさおりに向き合う。
「いえ。お代は結構ですよ。ただ、その木材。囲炉裏用ですか?」
さおりはゆったりと微笑んで、首を振り、父親に問い掛けた。
「えぇ、ちょっと大きいんですが、カットされたものを買うと高くつくもので」
空いている方の手で子供の手をしっかりと握った父親が愛想笑いとともに返す。
「帰ったら二人で割るんだよね!!」
子供が父親の顔を見上げて、誇らしげに言った。
「この雪が降る中、それは大変ですね。この子なら一瞬でご希望の長さに切れますが、いかがでしょう?」
さおりがのぞみを指して言う。
「……いくらだい?」
父親が思案するように尋ねる。
「カット済みの木材との差額、その半分でいいですよ?」
父親の答えは聞かなくてもわかっていると言うようにさおりは、笑いかけた。
「この子の子守もしてくれたみたいだしな。頼むよ」
父親が代金を支払い、のぞみが右手でその木材を撫でる。指定したサイズになっていく木材を見た父親が驚いたように目を丸くした。
「……すっごい」
子供のよく通る声が通りに響いた。その声に何人かが振り向く。
「えぇ、どんなものでも、この子にかかれば一刀両断!!如何ですか?」
さおりがその注目を逃すまいと声を張り上げた。リアカーの周囲に人の行列ができていく。
「わぉ」
ゆうきはサングラスの奥からただただ成り行きを眺める。
「私の出る幕ありませんね」
少し拗ねたように、ザシキワラシが言った。
「みろよ、タマモだって特に何もせずに寝てるだけだろ」
ゆうきは、指差しながら改めてタマモを見て、見なければよかったと思った。
のぞみの順番待ちをしている客へその身を差し出して撫でさせているではないか。
カッパは、カッパで、どこかの子供が持参していたおもちゃで、一緒に遊びはじめており、小さな託児所状態だ。さおりは受けとったお金の勘定をしている。
「私も混ざって来る」
ピョンと跳ねるようにしてカッパの元へと駆けていくザシキワラシ。
手持ちぶさたになったゆうきは、しかし、自分にできることも思いつかないでただ眺めていた。ゆうきは、どこか手助けできる場所はないかと人の流れに目を凝らす。
「覚悟はない。才能もない。ただ自分を肯定するために人を巻き込んで、その後の世話をできているわけでもない。ただ流されるばかりで決断力も、何かを求める力もない」
ゆうきの中に足りないものが次々と、溜まって行く。
「自分が何の役にも立てないというのは、こんなにも苦しいものだったんだな」
ゆうきの呟いた言葉は、ゆうきの耳にだけ届いて、近くにいる誰の表情も変えることはなかった。
さおりがよく通る大声を上げた。その声に惹かれて買い物をしている母親の裾を幼子が引く。幼子の母親はしかし、ゆっくりと首を振って、八百屋に並ぶ野菜を吟味する作業に戻る。
朝食を食べ終え歩きはじめた一行は、太陽が真上に昇る前に人のいる町に到着していた。さおりは自信ありげに町を突き進み、人通りの多い通りの真ん中に陣取る。
さおりは楽しげにのぞみの顔へ派手なメイクを施すと、タマモに緩やかに持たれかかるように指示した。リアカーの後ろに座らせ、先述の言葉を繰り返して周囲に人を集めはじめたのだった。
「不思議な力を見ていかないかい?」
さおりは、近くを通り掛かった子供に視線を合わせてもっと近くに来るようにと手招いた。
「まずは、不思議な炎!!」
さおりはランタンで静かに燃えていたオニビを子供の前に差し出す。
「わぁ、青い炎だ。でも、うちのガスコンロも青いよ?」
子供は首を傾げて、さおりを見た。
「大きくなぁれ!」
さおりの声に合わせてオニビがグンと大きくなる。子供は表情を変えずにさおりの手元を見、「それで?」と醒めた声を出す。
「小さくなぁれ!」
さおりは焦ることなく、オニビを小さくして見せた。
「うーん、おねぇさん青い炎が大きくなったり小さくなったりするのは、家のガスコンロで見慣れてるんだ。ごめんね」
妙に大人びた言い方で子供が手を振ってその場を離れようとした。
「そっかぁ。……じゃぁ、仕方ないね。バイバイ。大人でもめったに見られないことを、これからこの子がやってくれるんだけどなぁ。まぁ、記念にカッパと握手でもしていく?」
さおりは、肩をすくめて子供を見送る姿勢を取った。名指しされたカッパがどきりと跳ねて、さおりを見る。
「カッパ、見たことある?」
さおりは、カッパの背中を子供に向かって押し出すと微笑んだ。子供が思案するような顔でカッパに手を差し出す。
「尻小玉、相撲でもいい」
カッパは嘴を菱形に開けて嬉しそうに言う。それをゆうきが止めた。
「ダメ」
「ちぇ」
カッパがすねた声を上げ、子供と繋いでいた手を離す。
「ちょっとベタッっとしてる」
子供がカッパと握手した右手の平を見つめ呟くと、服の裾でその手の平を拭った。
「お友達の中にカッパと握手したことある人ってどのくらいいるの?」
「うーん」
首をひねっている子供に、その父親らしき人物が声をかける。肩には木材を乗せていた。
「さぁ、帰るぞ」
「あ、パパ。今ね、カッパと握手してたの。パパはカッパと握手したことある?」
子供の問い掛けに、父親は微笑んで頭を撫でた。それから、「おいくらですか?」とさおりに向き合う。
「いえ。お代は結構ですよ。ただ、その木材。囲炉裏用ですか?」
さおりはゆったりと微笑んで、首を振り、父親に問い掛けた。
「えぇ、ちょっと大きいんですが、カットされたものを買うと高くつくもので」
空いている方の手で子供の手をしっかりと握った父親が愛想笑いとともに返す。
「帰ったら二人で割るんだよね!!」
子供が父親の顔を見上げて、誇らしげに言った。
「この雪が降る中、それは大変ですね。この子なら一瞬でご希望の長さに切れますが、いかがでしょう?」
さおりがのぞみを指して言う。
「……いくらだい?」
父親が思案するように尋ねる。
「カット済みの木材との差額、その半分でいいですよ?」
父親の答えは聞かなくてもわかっていると言うようにさおりは、笑いかけた。
「この子の子守もしてくれたみたいだしな。頼むよ」
父親が代金を支払い、のぞみが右手でその木材を撫でる。指定したサイズになっていく木材を見た父親が驚いたように目を丸くした。
「……すっごい」
子供のよく通る声が通りに響いた。その声に何人かが振り向く。
「えぇ、どんなものでも、この子にかかれば一刀両断!!如何ですか?」
さおりがその注目を逃すまいと声を張り上げた。リアカーの周囲に人の行列ができていく。
「わぉ」
ゆうきはサングラスの奥からただただ成り行きを眺める。
「私の出る幕ありませんね」
少し拗ねたように、ザシキワラシが言った。
「みろよ、タマモだって特に何もせずに寝てるだけだろ」
ゆうきは、指差しながら改めてタマモを見て、見なければよかったと思った。
のぞみの順番待ちをしている客へその身を差し出して撫でさせているではないか。
カッパは、カッパで、どこかの子供が持参していたおもちゃで、一緒に遊びはじめており、小さな託児所状態だ。さおりは受けとったお金の勘定をしている。
「私も混ざって来る」
ピョンと跳ねるようにしてカッパの元へと駆けていくザシキワラシ。
手持ちぶさたになったゆうきは、しかし、自分にできることも思いつかないでただ眺めていた。ゆうきは、どこか手助けできる場所はないかと人の流れに目を凝らす。
「覚悟はない。才能もない。ただ自分を肯定するために人を巻き込んで、その後の世話をできているわけでもない。ただ流されるばかりで決断力も、何かを求める力もない」
ゆうきの中に足りないものが次々と、溜まって行く。
「自分が何の役にも立てないというのは、こんなにも苦しいものだったんだな」
ゆうきの呟いた言葉は、ゆうきの耳にだけ届いて、近くにいる誰の表情も変えることはなかった。