出会う 2

文字数 1,627文字

 そこにいたのは二体の天使。
 どちらも中天使で明らかに同じ性だったけれども、見た瞬間に彼の視線は片方のみに囚われた。
 柔らかな曲線を描いて、腰まで長く伸びる薄い空色の髪。同色の睫毛の奥にある目は柔らかな桃色で、背中から伸びるさほど大きくない羽は多くの中天使がそうであるように、純白。特に着飾るでもないが、全体として非常にふわりとした印象の、非常に可愛らしい、人間でいう少女と同じような姿の中天使。そちらにのみ、声を確認する前から彼の視線は釘づけとなって、もう片方が視界に入らない程だった。
 彼の侵入など気づかない天使たちは、穏やかに会話を続ける。
「あの方がこんなにこないのも珍しいわね」
「きっと何か相当なことがあったんですよ。逢わせてあげたいですし、私、来るまで待ってみます。別に他に急用があるわけでもありませんし」
「そう? じゃあ、ちょっとお願いしてもいいかしら」
「はい。お任せを」
 にこり、と微笑みを浮かべたその天使から目が離せない。あの部屋で伝え聞こえた声よりも実際に届くその声の、なんと心地よいことか。そしてその存在の、全てを渇望する欲望が自分の中にあることを確認してようやく、彼も認めざるをえなくなった。
 恋に落ちたのだと。
 軍団長の話から相手も創生から存在する天使なのに、ここまで逢えなかったのは、単にお互いの種族と住む世界の違いのせいなのだろう。おそらく過去でも未来でもこの存在に逢ってしまったら、いつだって間違いなく今と同じ状態になる、という漠然とした確信がある。
 天使も悪魔も魂は変わらない。例えば時が違ったら気にも留めぬ、なんてことはないから。
 たまたまここまで出会えず、今まで来た。
 その時間を惜しむよりも、大事なのはこれからだ。
 出会ってしまったら最後、あの存在がいない世界には意味がない。かといって悪魔貴族である彼が天界に住めることなど絶対になく、つまりあの存在を側に置けるのは、魔界でのみなのだ。今眠ってるだろうあの大天使があえて見ないふりではなく眠り、という明らかに己がしばらく動けなくなる選択をしたのは、ここまで見越してたのだろう。
 何しろ、恋の期間なら向こうの方がはるか上だ。
 むしろ知ってしまえば、よくまぁあの天使が恋をして尚相手をずっと見守るだけ、で気が済んでるものだ、とすら思う。今ゾルデフォンの中に渦巻く激しい渇望は、抵抗する気も失せるほど魂の奥底から生まれている激しいものだ。それは天使においても同じだ、と彼は聞いた記憶があるのだが。
 とりあえず今はそれもどうでもいい。
「じゃあね、エルダ。ほどほどにね」
「はい。ありがとうございます」
 片方の、全く興味の湧かない方の中天使が、そう言って部屋から出て行くのを、エルダが微笑みながら見送っている。
 多分この機会を逃したらもう次はないだろう。
 いつまであの軍団長が眠っているのかだって、分からないのだから。
 与えられた機会は、一瞬だ。おそらくそこに二度目はないだろうし、失敗すれば二度と天界に来ることすら許されはしないだろう。その時には間違いなくあの軍団長は目の前に立ち塞がり、その全力をもってしてゾルデフォンを滅ぼしにかかるのだ。
 今与えられたこの時間は、完全にあの存在が与えた一時の恩赦でしかない。
 故に。
 部屋の中から、片方の天使が去っていく。
 その扉が閉まる音を確認した上で、彼は、部屋に幾重にも結界を張った上で、その姿を現した。
 部屋の奥、魂がたゆたうその中へと視線を移していたエルダは、背後に突然現れた悪魔の存在に気づかぬまま、その空色の髪を揺らしてそちらの方へと歩み寄っている。まだ何も気づいていないのは、彼がまだその存在の気配だけは完全に消していたからで、決してこの中天使の察しが悪いわけではない、のだが。
 自分のいる場所から離れていくという。
 ただそれだけの動きにすら、彼の心はひどく疼いて。
 気がつけば、手を伸ばして相手のその細い腕を掴んでいた。
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