感じる 2

文字数 1,968文字

 人間と異なり、天使や悪魔に生殖はない。そういう行為自体は可能であるが(元より人間自体が彼らを元として生み出された形であるので、その形や性別という境や認識が曖昧であっても、基本人間のような行為は可能なのだ)それ自体にはあまり意味はない。それこそ欲や快楽か、あるいはより互いの存在を近しくする為の行為でしかない。
 だからそういう欲を本質とする悪魔や、そういう嗜好を持つ者たちが行うだけで、別段その行為自体には大きな意味はないし、創生から存在するゾルデフォンからしてもそれは同じだった。
 同じだった、のだ。彼女を知るまでは。
 彼女はその行為を「感じる」と表現した。そこにどれだけの意味が込められているのかはわからない。が、確かにただ会話したり触れるだけでは得られない感覚が、その行為にはある。この行為でしか得られない感覚が、ある。
 今度は丁寧に脱がせた彼女は、今彼の動き全てに翻弄されて、その体を幾度も跳ねさせつつ時折声を上げている。
 比較すれば細く小さなその身で彼を受け入れる行為に、痛みが完全にないとも思えなかったけれど、そこを少しだけ気にした彼に恥ずかしそうに最後まで強請ったのは、そこに至るまでに敏感な場所の悉くを彼に弄られ、舐められ、吸われ、快楽の果てまで追い込まれて完全に蕩けた顔をした彼女だった。
 溢れる蜜を抑える事も出来ないままに、彼の下であられもない姿をした状態でその手を伸ばして。
「……欲しいんです」
 甘えた声で言いながら服の上から彼の猛りに触れるのが無意識の行為だというのだから、本当にこの存在はどこまでも彼を堕とすらしい。求められるまま、指先で十分にほぐれたと思われた箇所に、求められるままに自分をゆっくりと突き入れていけば、それでもきつく彼を迎えたそこだったけれど、酷く濡れてもいたから、一番奥まで行くのはそれ程難しくもなかった。
 最後まで入って動きを止めた彼を、とろんとした桃色の目が見上げる。おそらく少しは苦しかったのか、その小さな手は彼の半分はだけた上着の裾を握りしめていた。
「痛いか?」
 問いかければ、緩慢に否定。
「痛くは、ないです。ただ」
「ただ?」
「私の中、貴方でいっぱいだなって。こんなに誰かと深く繋がったの、貴方との最初の時から二度目、だけど、でも」
 服を掴んでいた手が、彼の頭に伸びて、寄せられるままに顔を近づければ、彼女の方から触れるだけの口づけが何度も繰り返される。まるで悪戯をする子供のような他愛なさで。
「今の方が、ずっと貴方を感じるから、好き」
 こんな風に簡単に、彼を堕とす。何度も。
 だからこうする他にない。
「———」
 嘘をつける悪魔にとって、ある意味唯一でもある誓約の手段。真の名を、彼女に。自分の存在でもって、全部を縛りつけて、同じ場所まで堕ちてもらう以外、方法がない。
 とけていた桃色の目が一瞬、冷静さを取り戻して彼を見た。魂に刻まれる真の名は、一度伝えてしまえばもう撤回はできない。これで、彼の全てを彼女は掌握した事になる。中天使が大悪魔の全部を握るなど、普通はありえないのだけれど。
 彼女は、すぐに、甘く笑った。
「———」
 そして彼女の口からこぼれたのは、間違いなく彼女の真名で。
 本当なら、真名を手に入れたその時点で、しようと思えば、彼女は手に入れた彼のその真名でもって、彼にあらゆる命令を下し、例えば羽を取り戻して天界に戻す、という要求すら出来たのだ。そんなことに気づかない訳はなかっただろうに、その一切の可能性を捨てて彼女が真っ先に示したのは、己の誠意で。
 真名の交換、という、ある意味最も互いの存在を深め合う、けれど最も高位存在においては成立するのが難しい関係を、彼女は選んだ。
 この瞬間、彼女はあらゆるものを捨てて彼を選んだ事を、はっきりと彼に教えたのだ。
 それが簡単なら、恋で滅んだ天使や悪魔が創生以来、数多に存在している筈もなく。彼らにとって恋の継続はそれだけ困難で。しかしその困難な道を、彼女はそれでも選んだ。
 彼の恋を、肯定して、受け入れた。
 不意に思い出すのは、天界での軍団長の言葉。
「最後まで絶対に真面目に向き合ってくれると思うよ。その結論がどんなものになるとしても」
 彼女の出した結論。色々と奪い失敗もし、けれど安易な噓偽りを選ばずに彼女に向き合った彼に、彼女が選んでくれたのは、恐らくこれ以上は無いだろう、最も彼に全てを与えるもの。彼を認め、自分のこの先を永遠に差し出した。彼の恋を破滅で終わらせない為に。
 言葉では言い表せない感情、というものを彼は初めて抱いた。
 行為でもきっと表現はし切れない。ただ、溢れるほどに強い感情。
 それを抑えきることなど出来ず、衝動的に激しくその唇を奪った彼に、応えたのは彼の頭を掻き抱くように回された彼女の両腕、だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み