出会う 3
文字数 1,552文字
おそらく彼女からすれば、誰もいない筈の部屋の中、突然に何かに腕を掴まれたのだから相当な驚きだったのだろう。小さな悲鳴のようなものをあげて、腕を掴んだ何かを振り返る。
そこにいるのは彼。
灼熱の炎の髪と、金の目を持つ、青年の姿をした、明らかに悪魔の羽を持った存在で。
想像もしていなかったのだろう。エルダの桃色の目は彼を映した瞬間に見開いて、言葉すら失ってしまったようだった。何を言っていいのかもわからない、というのがありありと伝わるその様子に、けれど彼の方はあまり気を使う余裕はなかった。
むしろ余裕のなさであれば、ゾルデフォンの方が上、かもしれなかったからだ。
触れる事ではっきりとわかる。
その存在に、魂ごととらわれるという事の恐ろしさと、それを遥かに上回る愉悦。成る程これでは確かに過去現在全く恋から逃れるものが現れなかっただろう。なにしろ全員が「自ら望んで」そこに落ちた、のだから。
むしろ現在はっきりと恋をしているとわかっているにも関わらず、そして相手の魂が留まらず巡り続けているとわかってて尚、それを追いかけず手に入れずにずっと天界に留まれているあの軍団長の方が「明らかに異常」なのだ。天使と悪魔は、その方向性こそ違えど魂の本質は同じで、故に恋においてそれに侵食されるのも同じにも関わらず。
あの存在は、ずっと相手を手に入れることもせず、ただ限りなく低い「いつか訪れるかもしれない高位存在への転生」を相手がするのを待っているのだ。
魂のみをそばに置くことだって、無理を言えば可能だろうに(今の天界においてそれほどにはあの存在は大きい)。
こんな狂気を抱えたままで、もう幾星霜も。
その間に何体もの天使や悪魔が恋で滅んでいく間も、ずっと。
あれの言っていた「幸せな結末」なんてものが自分にあるのかなど全くわからなかったけれど。
ただはっきりとわかるのは、ゾルデフォンはもう、目の前の存在無しに時間を過ごすなどという無為なことは絶対に出来そうにない、ということだ。意味や価値など関係ない。ただ、そこにいる天使が、自分の側にいない未来を許容出来そうもない。
ああなるほどこういう気持ちで自滅を選んだのだろうか、と思いながら表面上は顔色一つ変えないままに彼は見下ろす。そこにいるだけで自分を揺さぶる存在を。軍団長の話が本当ならば、この相手も創生の存在で、つまり彼とほぼ同じ時間を存在し、その間ずっと天界にいた訳だが、遭遇できなかった過去は最早どうでもいい。
問題はこの先だったから。
「あ、あの」
長き沈黙の果てに少し平静を取り戻したのか、けれども動揺は隠せない様子で口を開く中天使。
その桃色の目には、彼と同じ恋慕などは一切見えなかったが、そういうものだ。恋をした相手が自分に恋をするなら、早々に破滅など訪れる筈もない。そこが一致しないが故に、過去より多くの破滅があったのだ。
だが、ゾルデフォンからすれば、どうでも良かった。
元より同じものなど求めてはいなかったし、必要なのはその存在そのものだったから。
「どちら、の方でしょう?」
一応お互いの体格差によって地位を判断したのか、表向きは丁寧に、けれど訝しげに問いかけてくる。この場所に来る悪魔がいるなど、きっと想像もしてなかったのだろう。恐らく彼がここにきた最初の悪魔で、そして最後の悪魔になる。
天界は、二度は許さないだろう。
だから。
ほんの少し力を流し込んだだけで、その負荷に耐えられなかった彼女が意識を失い崩れ落ちる。互いに相殺しあい、彼をしてもそばにおけば間違いなく今より弱体する存在であるが、例え小悪魔程度の力しか残らなくなったとしても、そんなものはどうでも良かった。
床に崩れたその細身の体を抱き上げ。
彼は一気に魔界へと帰還した。
そこにいるのは彼。
灼熱の炎の髪と、金の目を持つ、青年の姿をした、明らかに悪魔の羽を持った存在で。
想像もしていなかったのだろう。エルダの桃色の目は彼を映した瞬間に見開いて、言葉すら失ってしまったようだった。何を言っていいのかもわからない、というのがありありと伝わるその様子に、けれど彼の方はあまり気を使う余裕はなかった。
むしろ余裕のなさであれば、ゾルデフォンの方が上、かもしれなかったからだ。
触れる事ではっきりとわかる。
その存在に、魂ごととらわれるという事の恐ろしさと、それを遥かに上回る愉悦。成る程これでは確かに過去現在全く恋から逃れるものが現れなかっただろう。なにしろ全員が「自ら望んで」そこに落ちた、のだから。
むしろ現在はっきりと恋をしているとわかっているにも関わらず、そして相手の魂が留まらず巡り続けているとわかってて尚、それを追いかけず手に入れずにずっと天界に留まれているあの軍団長の方が「明らかに異常」なのだ。天使と悪魔は、その方向性こそ違えど魂の本質は同じで、故に恋においてそれに侵食されるのも同じにも関わらず。
あの存在は、ずっと相手を手に入れることもせず、ただ限りなく低い「いつか訪れるかもしれない高位存在への転生」を相手がするのを待っているのだ。
魂のみをそばに置くことだって、無理を言えば可能だろうに(今の天界においてそれほどにはあの存在は大きい)。
こんな狂気を抱えたままで、もう幾星霜も。
その間に何体もの天使や悪魔が恋で滅んでいく間も、ずっと。
あれの言っていた「幸せな結末」なんてものが自分にあるのかなど全くわからなかったけれど。
ただはっきりとわかるのは、ゾルデフォンはもう、目の前の存在無しに時間を過ごすなどという無為なことは絶対に出来そうにない、ということだ。意味や価値など関係ない。ただ、そこにいる天使が、自分の側にいない未来を許容出来そうもない。
ああなるほどこういう気持ちで自滅を選んだのだろうか、と思いながら表面上は顔色一つ変えないままに彼は見下ろす。そこにいるだけで自分を揺さぶる存在を。軍団長の話が本当ならば、この相手も創生の存在で、つまり彼とほぼ同じ時間を存在し、その間ずっと天界にいた訳だが、遭遇できなかった過去は最早どうでもいい。
問題はこの先だったから。
「あ、あの」
長き沈黙の果てに少し平静を取り戻したのか、けれども動揺は隠せない様子で口を開く中天使。
その桃色の目には、彼と同じ恋慕などは一切見えなかったが、そういうものだ。恋をした相手が自分に恋をするなら、早々に破滅など訪れる筈もない。そこが一致しないが故に、過去より多くの破滅があったのだ。
だが、ゾルデフォンからすれば、どうでも良かった。
元より同じものなど求めてはいなかったし、必要なのはその存在そのものだったから。
「どちら、の方でしょう?」
一応お互いの体格差によって地位を判断したのか、表向きは丁寧に、けれど訝しげに問いかけてくる。この場所に来る悪魔がいるなど、きっと想像もしてなかったのだろう。恐らく彼がここにきた最初の悪魔で、そして最後の悪魔になる。
天界は、二度は許さないだろう。
だから。
ほんの少し力を流し込んだだけで、その負荷に耐えられなかった彼女が意識を失い崩れ落ちる。互いに相殺しあい、彼をしてもそばにおけば間違いなく今より弱体する存在であるが、例え小悪魔程度の力しか残らなくなったとしても、そんなものはどうでも良かった。
床に崩れたその細身の体を抱き上げ。
彼は一気に魔界へと帰還した。