過ごす 1

文字数 2,678文字

 創生の大悪魔であるところのゾルデフォンの屋敷に可愛らしい中天使が増えて、しばらくの時間が過ぎた。
 人間のように齢を数える習慣のない天使悪魔にとってすれば、過ぎていく日々は然程大きなものではなく(基本何もなければ寿命など存在しないが故に、時間感覚は結構適当なのだ)、しかし彼にとってその日々は今まで感じた事のなかった充足感を齎した。
 今迄が「ただ何となく存在していた」とするなら、まさに今が「望んで存在している」状態なのだろう。
 片時も離さずに側に置いているというのに、飽きるような事もなく(まして面倒になる事もなく)ただそこにいるというだけで彼に様々な感情を教えてくれる。中天使エルダはそういう存在だった。
 その間、天界や魔界から何かあるかと思いきや、全く何もない。
 もしかするとあの軍団長が何か手回しをしたのかもしれなかったが、正直あれにこれ以上貸しを作りたくもない気がする彼である。今まで基本的には戦闘しか能のないものと思っていたが(実際普段の振る舞いからしてあの天使は本当に抜けまくっているのだ)、この事態において最初から今までの行動を思うと、その認識は少々改めなければならないだろう。
 あれは、周りが思うほど、愚鈍ではない。
 それはともかく、彼は非常に、当初考えていたよりも、平穏な日々を過ごしていた。いやある意味では刺激的、ではあったが。
 相手が大悪魔で、中天使しかも自分は力などほぼ無くしているのに、彼女は何ら卑屈になる事もなく、そして最初の宣言の通りに、彼のことを知ろうと頑張るようになった。基本あまり自ら会話をしない彼に色々と話しかけてきては、いろんなことを聞きだそうとする。それは本当に些細な事が多くて、けれどその行為が好ましくて、彼は別に鬱陶しいとも思わず(他の誰かならば間違いなく鬱陶しいで終わっただろうが)都度答えていく。会話が上手くないので話が盛り上がることもないが、多分彼を知る悪魔ならば全員が驚くだろう程に、彼は律儀にその会話に反応していた。
 偶に、彼女は問う。
「話すの辛ければ、言ってくださいね?」
「そなたとの会話で辛いなど発生する筈もない」
 即答すれば桃色の目をきょと、っと見開いた後にさっと頬を染めて恥ずかしそうな素振りなどするものだから、これが刺激的、と言えなくもなかった(刺激されて湧き上がる欲を抑える必要がある、という点で)。
 色んなことを聞かれた。
 好きなものや嫌いなもの。魔界において何をしているのか。今までどんな風に過ごしてきたのか。天使をその手にかけたことがあるのか。多分、普通なら話辛いようなものもあるのだろうが、彼はとりあえず全部正直に話した。嘘をつくような理由もなかったし、悪魔ではあったが意外と悪魔らしいことはしてきてない彼をして、天使である彼女が引くようなことは案外してきてないのだ(むしろ何もしてなさすぎて引かれた)。
 何しろ本当に今までこれといって欲を持ち合わせてなかった彼なので、例えば何かを壊すとか騙すとか、まぁそういう悪魔らしい行為は逆にほぼしていない。故に彼が天界への使者の一体に選ばれてる訳で。
 色々聞いた彼女をして
「貴方は本当に何も興味がなかったんですね」
 と言わしめる程には、長く存在してきた彼には、何もなかった。
 それに彼はうっすら微笑んで彼女の髪を撫でる。
「そなたが初めてだ。そしてそなた以上に興味を持つものは恐らくないだろう」
 長く存在して初めてなのだ。魂が惹かれるものが常に単一の存在であることを加味すれば、今後彼女を超えるようなものが新たに現れることもないだろう。そんな確信を持って言う彼に、うつむいて彼女は小さく呟く。
「あなたは変な悪魔です」
「よく言われる」
 うつむいても尚見える部分が赤くなっていて、この天使は本当にわかりやすいな、と。
 そんな部分も可愛らしいと、彼は思う。
 時々彼女は自分のことを話した。その中には、あの軍団長も出てきた。
「私はあの場所でずっと魂の巡りの番をしてて、だから、あの方の大事なお方が来た時には、いつも伝える役目をしていたんです」
 役職上、本来ならあまり関わりがないはずの戦天使のその最上位と、それ故に関わりが多かったのだと。
「私自身は恋とかわかりませんが、でもあの方がずっと恋をしてるのを、その相手と束の間の邂逅をとても大事にしているのを、私はずっと見てきたんです」
 恋をした天使や悪魔を傍で長く見る機会は案外、無い。
 長く見ようにも、あの軍団長が言っていたように、とにかく破滅する可能性が高すぎて長くあること自体が稀なので、結果として長くそれを見続ける機会は無いのだ。
 だが彼女は創生の天使で、つまりあの軍団長が存在する前からいて、そしてあの軍団長が恋をして以降もずっと、その相手の魂との邂逅という、ある種最も恋が見られる場面を、何度も見たのだろう。
「だからこそ、貴方に恋をしてると言われた時、真っ先にあの方が浮かびました」
 知っている実例、としてそれが出てくるのは最早仕方のないことかもしれない。
 ただ天使と悪魔の本質の違いからして、悪魔の方がより欲に忠実で狂ってる事は、多分悪魔のことをあまり知らない彼女はまだよくわかってなさそうであったが。自分以外の悪魔に会わせるつもりもない彼には、それを教える必要もなかった。彼自身も欲に忠実ではあるが、その欲は現在「彼女が最も彼女らしく側に存在してくれること」が最優先であったため、それに忠実に従えば彼が天使である彼女を大切にする行為自体、非常に悪魔的な行動で、そして他の悪魔の多くが持つ潜在的な天使への攻撃本能などに、この存在を晒す気など一切ない。
 だから彼女が他の悪魔にその存在を見せることは、多分今後も無いだろう。
 それはそのまま、永遠のような時間この屋敷に幽閉される事でもあったが。
「私は、あの方を見てて、時々思ってたんです。ああいう風に恋をされたら、自分はどう思うんだろうなって」
 思うに、未だ相手の魂を束縛せずに耐えられているあれと、会ってすぐに魔界まで誘拐し、その力を奪って幽閉している彼では、同じ恋という現象であっても状態にかなり差はあるような気がしたが。そこには当然何も言わない彼だ。
「でも、実はそんなことは自分には絶対起こらないだろうなって、どっかで思ってて」
 そう言っている彼女は現在、とても可愛らしい服を着ている。力がないのでもう自分では作れない分、本人が着たいものを彼に言って、彼が都度作っていた。とりあえず自分が考えるより可愛い服を着ているので満足している。
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