知れる 2

文字数 2,210文字

 確か、あの軍団長はこうも言っていた。
「もしゾルさんがエルダちゃんを滅ぼすような結末を選んだら、僕がゾルさんを真っ先に滅ぼしてあげる」
 普通には、誰かが誰かに滅ぼされても、すぐにわかるものではない。現に彼女を縛ったあの悪魔貴族が滅ぼされたのを未だ魔界の誰も知らないのが良い例だ。では何故あの軍団長が「彼女を滅ぼせば、彼を滅ぼしに来る」と、ああも言い切れたのか。
 天使に嘘はない。
 つまり、可能だから、ああ言ったのだ。彼女の真名を知っていて一方的な繋がりがある。現在、彼女の魂を一応、握っている片方である。それは、彼女が滅べばすぐにそれが分かる状態である、という事。そしてあの存在をして、単身魔界に乗り込み彼を滅ぼす事は難しくはないだろう。
「本当は、言うべきでなかったのかもしれませんが」
「いや、構わぬ。そなたは悪くない」
 多分、こうして言ったのは彼女の誠意なのだろう。本来なら唯一の誰かに捧げる真名を別の誰かも知っている状態であるのは、基本的に好まれるものではない。それでも彼に伝えたのは、隠しておくよりもその方が真摯であると彼女が判断した故で。
 彼を想ってしたその判断自体を、不快に思うなどある訳がない。
「あの方も、悪くないので、その」
「わかっている」
 許せないのは原因を作ったあの大悪魔であって、別段あの軍団長に腹をたてるような部分はない。ただ、思うにやはりあれは一筋縄ではいかないのだと、再認識しただけだ。戦いにしか能のない、他は常に部下に迷惑をかけているようなあの姿は、やはりほんの一面でしかないのだろう。
 あれは、周りが思う以上に厄介で、頭が回る。あの適当さは、全て何かを隠すためのものなのかもしれない。
 天使だって、嘘はつけなくとも、フリは出来るのだ。
 だが、今はそんなことよりも。
「それより、そなたは、平気か」
 過去に悪魔に酷い目に遭わされた天使が、その後悪魔への恐怖が消えなくなる、というのは珍しくない。
 故に彼女が悪魔そのものに潜在的な何かを抱えていても不思議ではなく、むしろ彼はそちらの方が不安だった。が。恐らく彼が何を言いたいのかはわかったのだろう、彼女は自分の髪を撫でる彼の手を取って、指を絡める。
「貴方は平気です。だってもう、貴方は私にとって大事な存在で、私も、貴方の大事なものでしょう?」
 怖い理由なんてない、と笑う。
 成る程、あの軍団長をして芯が強い、と言わせるだけあって、そこには本当に何の迷いもない。だからこそ、彼はもう二度と他の誰にもこの存在を害させない、と思う。
「この先のそなたの全ては、我が守る」
 他の誰にも害させないし、守らせない。この先は、自分が全部を守るから。
 言えば、彼女は嬉しそうに、笑った。
「じゃあ、ずっと一緒にいないとダメですね」
「本望だ」
 むしろそれを望んでいるのだから。





 しばらくの間は、平穏が続いた。
 破られたのは魔界中枢からの連絡。
 どうやら彼が天使を連れ帰ったことがようやく天界魔界双方に伝わったらしい。逆によくここまでわからなかったものだと彼などは思ったが、もしかしたら裏であの軍団長辺りが何かしているのかもしれない。とにかくその件で呼び出しを受けた彼に、彼女は不安げな顔を見せたけれど、しかしもう彼は何も怖いものなど無かったから、うっすら微笑んでその空色の頭を撫でた。
「最悪は追放かもしれぬが、そなたがいるならばどこに行こうと構わぬ」
 だから待っていてくれと言えば、こくっと彼女は頷いて、彼を送り出してくれた。

 そして彼は魔界中枢の城にまで来たのだが。
「あの堅物ゾルが天使誘拐とか、もう聞いた瞬間爆笑しちゃったんだけど!」
 彼を出迎えた、現在に於いて名目上魔界の主導者的な立場にある(本人の知能や適性、そして希望により長らくその地位にいる)悪魔貴族は、彼を見た瞬間にそう言い切った。悪魔には珍しい金の髪に、紫の目をした細身の美青年であるその相手、ソレーズは執務室の椅子に座ったまま、笑顔で訪れた彼を出迎えた。
「魔界史上初めてじゃないか? 天界からの天使誘拐に成功したの」
「それは知らぬが」
 立場上、天界から相当に責められ怒っててもおかしくない(実際何かあるとよく怒っている)ソレーズが笑っているのが逆に気持ち悪い、と思いつつ彼が答えれば、相手は金の髪をかきあげて言葉を続ける。
「しかも何。あのクセ者の軍団長がずっとお前を庇ったから魔界への連絡が遅れたみたいだよ? いつの間に君らそんなに仲良くなってたの」
 そう言われても、仲良くした記憶すら無いのだが。ただ、この相手からしてもあの軍団長は曲者だという認識はあるらしい。正直、あれにそこまでされるような関係はなかったと思うのだが。
「で、その天使は? その様子だと、もう安定した感じに見えるけど」
 この相手も創生の悪魔で、これまでに幾つもの恋で破滅した悪魔を見てきている。その経験からして、今の彼は明らかに破滅を歩んでない事くらいはわかるのだろう。
「真名を交わした」
 だから事実だけを端的に述べれば、更に相手は声を出して笑った。
「マジか! じゃあ本当にあの軍団長の言った通りになった訳か!! やっぱやばいなあいつ!」
 一体どこまで見抜いてたんだ、と爆笑しているソレーズ。胡乱な目を向ける彼に、しばらく笑った後で、相手は教えてくれた。
 曰く、あの軍団長は、そこまで断言した上で天界の動きを止めていたのだ、と。
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