4 橋上の戦い

文字数 2,394文字

 後方からの轟音、揺れ。そして吹きつける熱風。
 リッカとツァイシーが残っていた場所からだ。

 戦姫(せんき)に守られながら前進していた(あおい)は振り返り、そして魔導書を開いて確認。

 魔導書のマップは魔族(グリデモウス)を示す赤いマーカーでびっしり埋め尽くされていたのだが、それが一瞬で真っ白に。
 残されたのは青いマーカーがふたつ。
 これはリッカとツァイシーだ。
 だがそれも点滅しはじめ……消えた。

「リッカ……ツァイシー……」

 ふたりの消滅を意味する。葵は血が出るほど唇を噛みしめた。

「………………」

 葵を守りながら進む戦姫たちは無言。それぞれに察していた。もうあのふたりは戻ってこないと。

 大半の魔族はリッカとツァイシーが引きつけておいてくれたが、一部の魔族は追ってきている。
 市庁舎へ着く前にあれも片付けておかねばならない。

 前方に大きな橋が見えた。あれを越えれば市庁舎はすぐ近く。
 橋の中あたりに大柄な男の姿を確認。マルグリットが声をあげた。

「勇者様、ご用心を! あれもS級魔族です!」

 大柄な男は頭にバンダナ、袖無しのジャケット。4本腕を持ち、筋骨隆々。

「来た来た来た~っ! 俺の無双伝説がここからはじまるってわけだな! 今度こそ8人まとめてかかってきやがれ!」

 S級魔族シャバ。うしろからは追っ手の魔族が迫ってきている。このままでは橋の中で挟み撃ちになってしまう。

「数も数えられないのか、あの魔族は」

 マルグリットが真っ先に飛び出し、槍で先制攻撃。
 気合いとともに硬質化した腕でガードするシャバ。
 だがその足元からズオオッ、と黒い塊が現れた。
 醜い牛の頭に蜘蛛(くも)のような身体を持つ妖、牛鬼(ぎゅうき)
 妖狐、玉響(たまゆら)の鬼兵召喚によって喚び出された牛鬼は身体を上下に動かし、背の上のシャバを振り落とす。

「うおっ、なんだコイツ!」

 着地したシャバに牛鬼の2本角が迫る。 
 それを腕2本で掴み、串刺しになるのを防ぐ。
 しかし背後にはマルグリットが回り込んでいた。
 背に向けての刺突。だがこれもシャバは残る2本の腕で掴んだ。

「器用なヤツよのう」

 玉響が楽しそうに笑いながら葵と残る戦姫にうながす。

「ほれ、こやつは妾と金ピカ娘で相手をする。ヌシ様は早う先へ」

 他の戦姫も頷き、葵を囲みながら走り出そうとする。
 しかし葵はまた戦姫を残して進むことには納得できなかった。

「やめろっ、これ以上お前たちを失うわけにはいかない! ここは全員で戦うべきだっ」

「葵様、かなりの数の追っ手も迫ってきています。ここで足止めされるわけにはいかないのです」

 冷静な雛形結(ひながたゆい)の言葉。そんなことはわかっていた。時間もない。だがどうしても納得できない。

「オイオイオイ! 勝手に話進めてんじゃねえぞっ! ここは行かせねえっ」

 シャバの怒号。4本腕を振り回し、マルグリットは橋の欄干に激突。
 牛鬼は宙高く放り投げられ、憐れな鳴き声をあげながら橋の下へと落下していった。

 ウルルペクと違い、このシャバはひとりたりとも先へ行かせるつもりはなかった。
 だがすでに戦姫たちはふたりを残し、動きはじめる。ダメだと喚く葵は桐生カエデに引きずられながら。

 追おうとするシャバの前にはダメージを負ったが立ち上がって槍を構えるマルグリット。
 その横では玉響が新たに鬼兵召喚を行おうとしている。

「しゃらくせえ。お前らふたりで俺を止められるかよ」

 1体の魔族とふたりの戦姫が激突──する直前に空から轟音。
 隕石のように落ちてきた大剣が割って入り、橋に突き刺さる。
 ゴッ、と熱を帯びた圧力にシャバ、玉響、マルグリットはたまらず後退。

 砂埃の舞う中、その大剣を引き抜いて肩に担いだのは──赤黒のストライプスーツにヒールを履いた長身、赤髪の女性。

 竜討伐者(ドラゴンスレイヤー)、フレイア・グラムロック。

 幼女化して結と一緒にいたはずだが、いつの間にか元に戻り、橋の中央に。

「ここはアタシが引き受けたからサ。あんたらは先に行きなよ」

 玉響とマルグリットは困惑したが、さらにフレイアが闘気を発してふたりを弾き飛ばす。
 やむなくふたりは葵たちを追ってその場を離れることにした。

竜女(りゅうおんな)、今回は借りにしておくからの」

「我に対する不敬をあとで罰せねばならない。必ず生きて戻れ」

 玉響とマルグリットの言葉に、フレイアはフッ、と口の端で笑うだけで答えない。

 橋をもうすぐ渡り終える葵の叫び声が聞こえてきた。

「フレイアッ、お前はダメだっ! またいつ幼女化するかわからないんだぞ! それにたったひとりなんてっ!」

 フレイアは背を向けたままそれを無視。
 シャバはイラついたようにズンズン向かってくる。

「ったく、行かせねーっつってんだろ。俺の足ならまだ追いつけるぜ」

 地面を抉るほどの勢いでダッシュ。目にも止まらぬ速さでフレイアの脇を通り過ぎようとしたが──。

 ガシッ、と首を片手で掴まれ、シャバの動きは止められた。さらに足が地面から離れる。

「んなっ──」

 頭から地面に叩きつけられ、橋がグラグラと揺れた。
 意識が飛びそうになりながらも4本腕を支えにしてバク転。フレイアと距離を取る。

「クソがあ。テメー、マジで俺とひとりでやろうってのか? 見てみろよ、もう追っ手もそこまで来ているってのによ」

 シャバの背後には葵たちを追ってきた魔族の群れ。リッカとツァイシーに大部分はやられたとはいえ、まだ数千の規模はある。その大軍が橋を渡り始めた。

「関係ないね。敵がいくらいようと時間がなかろうと。アンタ、アタシ相手に1分もつかね」

 フレイアの挑発的な態度にシャバの表情が変わった。
 カアアア、と声を発しながら4本腕をバッと広げる。
 身体全身に血管が浮き出て肌の色が浅黒く変化。口や鼻、耳から煙が噴き出している。
 橋がゴゴゴゴと揺れ、足元には亀裂が入る。

「いつもなら遊んでから殺すんだがよ。ハナッからマジでいくぜ。肉弾戦じゃ魔族最強の俺が相手とはツイてねーな」
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