2 サイバーメタルナックル
文字数 2,378文字
「おいっ、頼りのアレはまだかよ! ったく、なんでこんなときによ!」
「愚痴言ってるヒマがあったら撃ち続けろ! ヤツらに捕まったら生きたまま血を吸われるぞ! 干からびるまでな!」
若い兵士のぼやきに年配の兵士が怒鳴りつける。
吸血機械生物 が自動迎撃装置を突破し、防壁へ攻撃を加えはじめてから30分ほど。
防衛部隊が防壁上から機銃や砲で必死に食い止めてはいるが、それも時間の問題。
今回の襲撃は今までと比較にならないほど数が多い。
この防壁を突破されれば基地。そして地下には生産区画や研究施設。
さらにその下には一般人の居住区が広がる。
おぞましい吸血機械生物 の目的はそこ。人間の血が大量に得られるその場所に向かって、雲霞 のごとく押し寄せてきていた。
地を這うようなタイプはまだなんとか対応できるが、やっかいなのは飛行タイプ。
攻撃力や耐久力は低いが、とにかく素早い。
今もバスケットボール大のハエの吸血機械生物 、D・フライがあたりをブンブンと飛び交い、隙あらば首筋に食いつこうとしている。
「おいおいおい、なんだありゃあ! あんなんが突っ込んできたらひとたまりもねえぞ!」
防壁下を覗きこんだ兵士が悲鳴に近い声を出した。
砲の直撃を喰らってもなお前進してくる大型の吸血機械生物。
ブ厚い装甲と巨大な角を持つG・ビートル。
他の吸血機械生物 を踏み潰しながら進むさまはまるで重戦車のようだった。
「やべえぞっ、待避! ここは捨てるしかねえ!」
「でもここが落ちれば基地内に敵が!」
「言ってる場合か! 壁が崩れれば兵士百人以上がバケモノどもの中に放り出される! その前にひとりでも多く退くしかねえだろ!」
怒号が飛び交うなか、兵士たちのいる防壁下の鋼鉄製の扉が開く音。
車両が出入りする大きな扉。当然、そちらのほうに吸血機械生物 が殺到する。
「誰だっ、勝手に開けやがったのは!」
「わからねえっ! あっ──」
ゴゥンッ、と中から飛び出したのは大型のトレーラー。
物資を運ぶためのものだが……吸血機械生物 を次々とはね飛ばしながらトレーラーはG・ビートルへとまっすぐに向かう。
G・ビートルは真っ向からそれを迎え撃つ。
強靭な角でしゃくり上げ、トレーラーは空中へ投げ出されてバラバラに。
そこへさらに扉から飛び出したひとつの影。
ギャアアアン、とローラーダッシュで突進し、腹部がむき出しになった体勢のG・ビートルに拳を打ち込む。
ボッ、と巨体が宙に浮き、拳の衝撃が背部へ貫通。
吸血機械生物の体液や臓物、機械の部品が撒き散らされる。
「す、すげえ……」
「やった……これでもう安心だ」
「やっとおでましかよ。あのじゃじゃ馬が」
兵士たちから感嘆、安堵、親しみを込めたからかいの言葉が次々と漏れる。
壁の扉は閉められた。敵中にひとり残されたのは、たったひとりの少女。
褐色の肌にコバルトバイオレットのベリーショート髪。
全身黒のボディースーツ。前腕部とヒザから下にゴツい装甲。
「やっと幻鋼強化駆動装甲 のメンテが終わったぜ。あとはオレに任せときなよ」
少女の名はリッカ・ステアボルト。
滅却轟拳格闘術 の使い手で、残された人類の最終兵器とも呼べる幻鋼強化駆動装甲 の唯一の適性者。
事実、リッカはいくつもの吸血機械生物 の巣穴を壊滅させていた。
今回の規格外の攻勢の前にも不敵な笑みを浮かべて腕をぐるぐる回している。
「リッカ! 囲まれるぞっ!」
防壁上から兵士が呼びかける。
ガシャガシャガシャッ、と不気味な足音を響かせる無数のクモ。
F・スパイダーが次々とリッカへと飛びかかる。
「わかってんよ! うらあぁっ!」
拳の連打。大型犬ほどの大きさのあるクモたちが一撃で破壊されていく。
ブウゥンッ、と羽音を鳴らして近付くのは蜂の吸血機械生物 、V・ビーの群れ。
尻の部分から短槍ほどもある針を飛ばしてきた。
リッカは手甲 でそれを全て叩き落とす。そしてガシャッ、と拳の先をV・ビーの群れへと向ける。
「吹っ飛べ、クソ虫ども」
ドンッ、ドンッ、と両腕から発射された手甲 は密集したV・ビーをまとめて破壊していく。
「お前ら、ボサッとするな! リッカを援護するぞ!」
防壁上の兵士たちが喚声をあげ、機銃で援護射撃。リッカに近付く吸血機械生物 にダメージを与えていく。
「援護はいいけど、誤射はゴメンだぜー」
防壁に向かって手を振り、リッカが次の標的と睨んだのは──。
3メートル以上はある大型のカマキリ。
両腕のカマには高熱切断刃 が取り付けられている新型の吸血機械生物 、H・マンティス。
「へえ、おもしろそーじゃん。ブッ潰してやる」
脚部装甲の下から車輪を出し、リッカはローラーダッシュ。
他の小型の吸血機械生物 を蹴散らしながらH・マンティスと激突した。
✳ ✳ ✳
至るところから立ち昇る黒煙。
足の踏み場もないほど散らばっている吸血機械生物 の残骸。
それを踏み砕きながらリッカは笑顔で防壁のほうへ拳を高々と突き上げた。
防壁上の兵士たちは勝利の歓声をあげ、下の扉からもリッカを出迎えるために兵士や整備員が飛び出してくる。
リッカも兵士たちもわかっていた。これは一時的な勝利に過ぎないことを。
この先、終わりの見えない戦いが待ち受けていることも。
吸血機械生物 ──。
旧時代のバイオテクノロジーが産み出した、虫の繁殖力や攻撃性に着目した生物兵器。
暴走の危険性はわかっていたが誰にも止められなかった。
国の野心、企業の利権、個人の欲望……。
それらが複雑にからみ、起こされた戦争。激減した人口。すべては因果応報。どこかで止まるはずだった。止められるはずだった。
果てのない消耗戦。人類は敗北するかもしれない。
でも今は、今だけは家族や仲間と無事に過ごせる時間を大事にしようと、口にはしないが誰もがそう思った。
「愚痴言ってるヒマがあったら撃ち続けろ! ヤツらに捕まったら生きたまま血を吸われるぞ! 干からびるまでな!」
若い兵士のぼやきに年配の兵士が怒鳴りつける。
防衛部隊が防壁上から機銃や砲で必死に食い止めてはいるが、それも時間の問題。
今回の襲撃は今までと比較にならないほど数が多い。
この防壁を突破されれば基地。そして地下には生産区画や研究施設。
さらにその下には一般人の居住区が広がる。
おぞましい
地を這うようなタイプはまだなんとか対応できるが、やっかいなのは飛行タイプ。
攻撃力や耐久力は低いが、とにかく素早い。
今もバスケットボール大のハエの
「おいおいおい、なんだありゃあ! あんなんが突っ込んできたらひとたまりもねえぞ!」
防壁下を覗きこんだ兵士が悲鳴に近い声を出した。
砲の直撃を喰らってもなお前進してくる大型の吸血機械生物。
ブ厚い装甲と巨大な角を持つG・ビートル。
他の
「やべえぞっ、待避! ここは捨てるしかねえ!」
「でもここが落ちれば基地内に敵が!」
「言ってる場合か! 壁が崩れれば兵士百人以上がバケモノどもの中に放り出される! その前にひとりでも多く退くしかねえだろ!」
怒号が飛び交うなか、兵士たちのいる防壁下の鋼鉄製の扉が開く音。
車両が出入りする大きな扉。当然、そちらのほうに
「誰だっ、勝手に開けやがったのは!」
「わからねえっ! あっ──」
ゴゥンッ、と中から飛び出したのは大型のトレーラー。
物資を運ぶためのものだが……
G・ビートルは真っ向からそれを迎え撃つ。
強靭な角でしゃくり上げ、トレーラーは空中へ投げ出されてバラバラに。
そこへさらに扉から飛び出したひとつの影。
ギャアアアン、とローラーダッシュで突進し、腹部がむき出しになった体勢のG・ビートルに拳を打ち込む。
ボッ、と巨体が宙に浮き、拳の衝撃が背部へ貫通。
吸血機械生物の体液や臓物、機械の部品が撒き散らされる。
「す、すげえ……」
「やった……これでもう安心だ」
「やっとおでましかよ。あのじゃじゃ馬が」
兵士たちから感嘆、安堵、親しみを込めたからかいの言葉が次々と漏れる。
壁の扉は閉められた。敵中にひとり残されたのは、たったひとりの少女。
褐色の肌にコバルトバイオレットのベリーショート髪。
全身黒のボディースーツ。前腕部とヒザから下にゴツい装甲。
「やっと
少女の名はリッカ・ステアボルト。
事実、リッカはいくつもの
今回の規格外の攻勢の前にも不敵な笑みを浮かべて腕をぐるぐる回している。
「リッカ! 囲まれるぞっ!」
防壁上から兵士が呼びかける。
ガシャガシャガシャッ、と不気味な足音を響かせる無数のクモ。
F・スパイダーが次々とリッカへと飛びかかる。
「わかってんよ! うらあぁっ!」
拳の連打。大型犬ほどの大きさのあるクモたちが一撃で破壊されていく。
ブウゥンッ、と羽音を鳴らして近付くのは蜂の
尻の部分から短槍ほどもある針を飛ばしてきた。
リッカは
「吹っ飛べ、クソ虫ども」
ドンッ、ドンッ、と両腕から発射された
「お前ら、ボサッとするな! リッカを援護するぞ!」
防壁上の兵士たちが喚声をあげ、機銃で援護射撃。リッカに近付く
「援護はいいけど、誤射はゴメンだぜー」
防壁に向かって手を振り、リッカが次の標的と睨んだのは──。
3メートル以上はある大型のカマキリ。
両腕のカマには
「へえ、おもしろそーじゃん。ブッ潰してやる」
脚部装甲の下から車輪を出し、リッカはローラーダッシュ。
他の小型の
✳ ✳ ✳
至るところから立ち昇る黒煙。
足の踏み場もないほど散らばっている
それを踏み砕きながらリッカは笑顔で防壁のほうへ拳を高々と突き上げた。
防壁上の兵士たちは勝利の歓声をあげ、下の扉からもリッカを出迎えるために兵士や整備員が飛び出してくる。
リッカも兵士たちもわかっていた。これは一時的な勝利に過ぎないことを。
この先、終わりの見えない戦いが待ち受けていることも。
旧時代のバイオテクノロジーが産み出した、虫の繁殖力や攻撃性に着目した生物兵器。
暴走の危険性はわかっていたが誰にも止められなかった。
国の野心、企業の利権、個人の欲望……。
それらが複雑にからみ、起こされた戦争。激減した人口。すべては因果応報。どこかで止まるはずだった。止められるはずだった。
果てのない消耗戦。人類は敗北するかもしれない。
でも今は、今だけは家族や仲間と無事に過ごせる時間を大事にしようと、口にはしないが誰もがそう思った。