5 魔族
文字数 2,943文字
2週間があっという間に過ぎた。
あの夜以来、シノとは少しギクシャクしていたが、葵 は自分でも驚くほどの速さで小説を完成させた。
小説を完成させた夜──。
シノも葵の部屋にいた。
葵がラストシーンを書き終えたときだった。
本がボウッと白い光を放ち、浮かび上がったのだ。
葵もシノもあっ、と声をあげる。だが光ったのは一瞬で、浮いた本もすぐに落下した。
「なんだったんだ。いまの……光って浮いたよな」
「術が成功したのデス。この物語はもう消すことも書き加えることもできまセン。あ、内容を読ませてくだサイ」
シノがすごい速さでページをめくっていく。
葵が執筆途中のときは1文字も読みにこなかった。
なんでも完結前に他人が読むと効果が消えてしまうとかわけのわからない理由だった。
「【葵の戦神八姫 】……おもしろい……スゴいです、葵サン。よく短期間でここまでものを……わたし、感動しまシタ。でも気になるところがひとつダケ」
「えっ、なんかヘンなところがあった?」
シノのお題どおりに8人のキャラクターを出すのには問題なかったが、難しかったのは葵自身を登場させて皆で守る、というところだった。
そこでやむなく主人公である葵にモテ要素を持たせたのだが、自分で書いて自分がモテモテな内容って、なんかイタくてキモいんじゃないかと気になっていたのだ。
「この8人の戦姫 ですが、お互いの仲があまり良くなさそうでスネ。というか、作中で何度も仲間割れしてまスガ……」
「あ、そこか。いや、個性的な連中だからさ。簡単には協力できないっていうか。そのほうがおもしろくなると思って」
「……まあいいでショウ。いざというときはあなたがまとめているみたいダシ。これでヤツらに対抗できマス」
シノは本を閉じ、それを大事そうに胸へ抱いて目を閉じた。
よくわからないが満足したようで良かった、と葵は安心した。
✳ ✳ ✳
翌日の学校。
ここ数日、学校では海外の行方不明者やテロ、暴徒、はては戦争だという話題で持ちきりだった。
葵は家に帰ってからは執筆のために部屋に軟禁されていたので、テレビやネットの情報にほとんど触れていなかった。
内戦かなにかが勃発したにしろ、両親が旅行にいった国は関係なさそうだし、ましてやこの日本の地方ではまったくの影響はないだろうとそこまで興味を示さなかった。
だが、異変が起きたのは3時限目が終わった頃──。
『全校生徒に連絡です。重要なお知らせがあるので至急、現場の教師の指示に従って体育館に集まってください』
突然の校内放送。ざわざわと教室が騒がしくなった。社会科の教師が静かに、と注意。
教師自身も首をかしげている。隣のクラスの教師となにやら話したあとに、葵たちは席を立たされ、教師を先頭に体育館へ移動した。
「ったくなんだよ、ダリーな」
「さっき政府がなんか発表したらしいぜ。海外の騒ぎのヤツについてだって」
「え~、日本って関係ないんじゃないの?」
「わかんねーけど、早退とかできるんじゃね?」
移動しながら生徒たちはそんなことを言っていた。
全校集会のように体育館で整列。
違っているのは、壇上で複数の教師があわただしく行ったり来たりしていること。
演台の前にいる校長に青ざめた顔でなにか報告している。
校長の顔も心ここにあらず、といった感じで震える手でマイクをにぎった。
「え、え~、皆さん。緊急の集会ですが時間がありません。国と自治体から生徒たちをすぐに下校させるようにと指示が出ています。詳細はまだ不明ですが、最近海外で起きている行方不明やテロに関するものだと思われます。各自、先生の指示に従って慌てずに、速やかに帰宅するように。帰宅後は外に出ず自宅待機。学校も連絡があるまでは休校になります」
校長の言葉に生徒たちがブツブツ文句を言ったり、歓喜の声をあげている。
「なんだよ、ここにわざわざ集まらなくてもよかったじゃねーか」
「さっさと帰らせろっての。見ろよ、あの面 。海外の事件にビビりすぎだよな」
「でもラッキーだよな。明日から休校だってよ」
「どこ遊びにいこっか?」
集会は解散。再び教室へ戻ろうと生徒たちが並んで出口に向かう途中だった。
「おい、なんだよあの黒いの」
「デカイな。着ぐるみ……じゃないよな。出口ふさいでるぞ」
移動している途中でつっかえた。先頭のほうでなにかあったらしい。人混みでよく見えないが、次の瞬間──。
「キャアアアーーッッ!」
悲鳴。なにが起きた。前のほうから逆方向に生徒たちが押し寄せてくる。
さらに悲鳴、怒号。葵はもみくちゃにされ、床に倒れた。
ドタドタと大勢の生徒に踏まれ、うめく葵。だがその右手をつかみ、誰かがすごい力で引き起こす。
「葵サン、こっちデス」
シノだ。シノは葵の手をつかんだまま走り出した。
他の生徒たちを押しのけ、倉庫のほうへ。
倉庫に入ると急いで扉を閉める。その間にも体育館では生徒たちの悲鳴が響き渡っている。
「な、なにが起きてるんだ。シノ、いったいなにが……」
ガタガタと身体の震えが止まらない。なにが起きているのかわからない。だが、とてつもなく恐ろしいことが起きているのはたしかだ。
生徒たちの悲鳴と絶叫に混じり、獣のような咆哮。床や壁になにかが叩きつけられる音。
「いいですか、葵サン。とうとうヤツらが来てしまいまシタ。あなたがこれを使う必要がありマス」
シノの手にはいつの間にかあの分厚い本。葵の小説【葵の戦神八姫】が書かれたものがあった。
「この魔導書【アンカルネ・イストワール】に向かって精神を集中させてくだサイ。あなたの創造力をこの本に──」
だが葵はその本を払いのける。
「なに言ってんだ、こんなときに! いまは本どころじゃないだろっ! とにかくここから出て体育館の外へ……」
「あっ、葵サン。いまは出ないほうが……」
シノが止めるのも聞かず、倉庫の扉を開ける。
葵の眼前に広がる光景。多くの生徒が倒れている。
中央にいる黒いナニかが倒れているひとりの男子生徒を拾いあげた。
モゴモゴと黒いナニかの上部が変形。ガパアッと口のように開き、男子生徒をヘビのように飲み込みはじめた。
「あっ! うあっ、うわあああっ!」
恐怖に叫び、扉を閉めながら葵はすわりこむ。
腰が抜けてしまった。いまのバケモノはいったい──。
「あれが魔族 。異世界からの侵略者デス。ヤツらを倒すには強い魔力をぶつけるか、この本を使うしか方法がないのデス」
シノは再び本を葵へ渡す。葵は本を受け取り、シノを見つめた。
「よ、よくわからないけど、シノ、お前はなんでそんなこと知ってるんだよ」
「わたしも異世界から来たのデス。わたしのいた世界【オーグルリオン】はヤツらに滅ぼされてしまいまシタ。だから、この世界だけは救いタイ。この本を使ッテ」
「……わかったよ。まだ信じられないけど、あんなバケモノ見たらな。やってやるよ」
葵は本に向けて意識を集中。するとあの夜のようにボウッ、と光を放ちだした。
「そうデス。その調子です、葵サン。もっと集中シテ」
だが倉庫の外から女子生徒の悲鳴が聞こえ、葵の集中が途切れる。この声は──。
「瑞希 だ。瑞希が危ない!」
葵は反射的に起き上がり、扉を開けて飛び出した。
あの夜以来、シノとは少しギクシャクしていたが、
小説を完成させた夜──。
シノも葵の部屋にいた。
葵がラストシーンを書き終えたときだった。
本がボウッと白い光を放ち、浮かび上がったのだ。
葵もシノもあっ、と声をあげる。だが光ったのは一瞬で、浮いた本もすぐに落下した。
「なんだったんだ。いまの……光って浮いたよな」
「術が成功したのデス。この物語はもう消すことも書き加えることもできまセン。あ、内容を読ませてくだサイ」
シノがすごい速さでページをめくっていく。
葵が執筆途中のときは1文字も読みにこなかった。
なんでも完結前に他人が読むと効果が消えてしまうとかわけのわからない理由だった。
「【葵の
「えっ、なんかヘンなところがあった?」
シノのお題どおりに8人のキャラクターを出すのには問題なかったが、難しかったのは葵自身を登場させて皆で守る、というところだった。
そこでやむなく主人公である葵にモテ要素を持たせたのだが、自分で書いて自分がモテモテな内容って、なんかイタくてキモいんじゃないかと気になっていたのだ。
「この8人の
「あ、そこか。いや、個性的な連中だからさ。簡単には協力できないっていうか。そのほうがおもしろくなると思って」
「……まあいいでショウ。いざというときはあなたがまとめているみたいダシ。これでヤツらに対抗できマス」
シノは本を閉じ、それを大事そうに胸へ抱いて目を閉じた。
よくわからないが満足したようで良かった、と葵は安心した。
✳ ✳ ✳
翌日の学校。
ここ数日、学校では海外の行方不明者やテロ、暴徒、はては戦争だという話題で持ちきりだった。
葵は家に帰ってからは執筆のために部屋に軟禁されていたので、テレビやネットの情報にほとんど触れていなかった。
内戦かなにかが勃発したにしろ、両親が旅行にいった国は関係なさそうだし、ましてやこの日本の地方ではまったくの影響はないだろうとそこまで興味を示さなかった。
だが、異変が起きたのは3時限目が終わった頃──。
『全校生徒に連絡です。重要なお知らせがあるので至急、現場の教師の指示に従って体育館に集まってください』
突然の校内放送。ざわざわと教室が騒がしくなった。社会科の教師が静かに、と注意。
教師自身も首をかしげている。隣のクラスの教師となにやら話したあとに、葵たちは席を立たされ、教師を先頭に体育館へ移動した。
「ったくなんだよ、ダリーな」
「さっき政府がなんか発表したらしいぜ。海外の騒ぎのヤツについてだって」
「え~、日本って関係ないんじゃないの?」
「わかんねーけど、早退とかできるんじゃね?」
移動しながら生徒たちはそんなことを言っていた。
全校集会のように体育館で整列。
違っているのは、壇上で複数の教師があわただしく行ったり来たりしていること。
演台の前にいる校長に青ざめた顔でなにか報告している。
校長の顔も心ここにあらず、といった感じで震える手でマイクをにぎった。
「え、え~、皆さん。緊急の集会ですが時間がありません。国と自治体から生徒たちをすぐに下校させるようにと指示が出ています。詳細はまだ不明ですが、最近海外で起きている行方不明やテロに関するものだと思われます。各自、先生の指示に従って慌てずに、速やかに帰宅するように。帰宅後は外に出ず自宅待機。学校も連絡があるまでは休校になります」
校長の言葉に生徒たちがブツブツ文句を言ったり、歓喜の声をあげている。
「なんだよ、ここにわざわざ集まらなくてもよかったじゃねーか」
「さっさと帰らせろっての。見ろよ、あの
「でもラッキーだよな。明日から休校だってよ」
「どこ遊びにいこっか?」
集会は解散。再び教室へ戻ろうと生徒たちが並んで出口に向かう途中だった。
「おい、なんだよあの黒いの」
「デカイな。着ぐるみ……じゃないよな。出口ふさいでるぞ」
移動している途中でつっかえた。先頭のほうでなにかあったらしい。人混みでよく見えないが、次の瞬間──。
「キャアアアーーッッ!」
悲鳴。なにが起きた。前のほうから逆方向に生徒たちが押し寄せてくる。
さらに悲鳴、怒号。葵はもみくちゃにされ、床に倒れた。
ドタドタと大勢の生徒に踏まれ、うめく葵。だがその右手をつかみ、誰かがすごい力で引き起こす。
「葵サン、こっちデス」
シノだ。シノは葵の手をつかんだまま走り出した。
他の生徒たちを押しのけ、倉庫のほうへ。
倉庫に入ると急いで扉を閉める。その間にも体育館では生徒たちの悲鳴が響き渡っている。
「な、なにが起きてるんだ。シノ、いったいなにが……」
ガタガタと身体の震えが止まらない。なにが起きているのかわからない。だが、とてつもなく恐ろしいことが起きているのはたしかだ。
生徒たちの悲鳴と絶叫に混じり、獣のような咆哮。床や壁になにかが叩きつけられる音。
「いいですか、葵サン。とうとうヤツらが来てしまいまシタ。あなたがこれを使う必要がありマス」
シノの手にはいつの間にかあの分厚い本。葵の小説【葵の戦神八姫】が書かれたものがあった。
「この魔導書【アンカルネ・イストワール】に向かって精神を集中させてくだサイ。あなたの創造力をこの本に──」
だが葵はその本を払いのける。
「なに言ってんだ、こんなときに! いまは本どころじゃないだろっ! とにかくここから出て体育館の外へ……」
「あっ、葵サン。いまは出ないほうが……」
シノが止めるのも聞かず、倉庫の扉を開ける。
葵の眼前に広がる光景。多くの生徒が倒れている。
中央にいる黒いナニかが倒れているひとりの男子生徒を拾いあげた。
モゴモゴと黒いナニかの上部が変形。ガパアッと口のように開き、男子生徒をヘビのように飲み込みはじめた。
「あっ! うあっ、うわあああっ!」
恐怖に叫び、扉を閉めながら葵はすわりこむ。
腰が抜けてしまった。いまのバケモノはいったい──。
「あれが
シノは再び本を葵へ渡す。葵は本を受け取り、シノを見つめた。
「よ、よくわからないけど、シノ、お前はなんでそんなこと知ってるんだよ」
「わたしも異世界から来たのデス。わたしのいた世界【オーグルリオン】はヤツらに滅ぼされてしまいまシタ。だから、この世界だけは救いタイ。この本を使ッテ」
「……わかったよ。まだ信じられないけど、あんなバケモノ見たらな。やってやるよ」
葵は本に向けて意識を集中。するとあの夜のようにボウッ、と光を放ちだした。
「そうデス。その調子です、葵サン。もっと集中シテ」
だが倉庫の外から女子生徒の悲鳴が聞こえ、葵の集中が途切れる。この声は──。
「
葵は反射的に起き上がり、扉を開けて飛び出した。