12 ひとりじゃない
文字数 2,595文字
SS級魔族 アドラフレストを倒し、結 と葵 は空を見上げる。
魔族の創造主 、シノはいち早く空中へ逃れていた。
指で宙に魔法陣を描き、魔法を発動させようとしている。
「まさかアドラフレストまでやられるなンテ。でもまだわたしには膨大な数の魔族が残っていマス──」
だが結が素早くビルを垂直に駆け上がり、跳躍。
形成されかけた魔法陣を太刀で斬り裂く。
アドラフレストがやられ、動揺していたこともあり、シノはその衝撃で落下。
地面スレスレでかろうじて浮遊したが、その首筋には結の白刃が押し当てられる。
「ここまでです。降参して魔導書の力を解除しなさい。この世界から魔族をすべて消し去るのです。そうすれば命までは取りません」
結は言いながら太刀を持つ手にぐっと力を込める。
葵は少し距離を取った位置でシノ、もうやめろと呼びかけた。
シノはゆっくりと地面に足をつけ、両手をあげる。
「わたしは数えきれないほど多くの人間を死なせてしまった元凶でスヨ。すぐにでも殺してしまったほうがいいのデハ?」
「……たしかに。大事な仲間も失ってしまいました。でもあなたは葵様の御学友でもあります。ここでわたくしが激情に駆られて斬るわけにはいきません」
ここでシノは両手をあげたまま笑った。今、この場の状況に不自然なほど大きな声で。
「何が可笑しいのですか」
「アッハハハハハ! すいまセン。ああ、つい面白くテ。創作者の都合で作られたキャラクターが仲間だトカ……。わたしや葵サンのことを案じているなンテ。ただの人形が一生懸命、人間のフリをしているのが滑稽なんデス」
「わたくしは……わたくしたちは人形ではありません。ひとりひとりに創作者の想いが込められているんです。その物語を読んでいる人達の中では確かに存在しているんです」
「そうでしタカ。それは失礼しましタネ。でも、読まれない作品のキャラクターなんていないのと同じなんデス。いくら書いても書いても見向きもされナイ。批評さえされナイ。そんな気持ちはあなたには分からないでショウ」
シノのあげた両手に黒い棒状のものが出現。同時に噴出する黒いオーラに結の太刀が弾かれた。
シノが握っているのは槍。結へ向かって穂先を突き出す。
「やめなさいっ! 今さら何を──」
結は太刀でそれを防いだ──はずだった。
だがシノの槍は太刀の刃をすり抜け、結の腹へ深々と突き刺さる。
「結ぃっ!」
葵が走るが、足元にシノの放った炎弾が炸裂。
転倒して足をくじいた。
痛みにうめきながら、這って結のほうへ進む。
槍に貫かれた結は、ズ、ズズ、と後ろに退がりながら槍を引き抜く。
完全に抜けたところでその場にヒザをついた。
シノは結の眉間へ槍の穂先を突きつける。
「だから殺したほうがいいといったでショウ。この魔槍ルヴァンシュに貫かれれば、いくら創作の人物であっても助からナイ」
「やめろ、シノ! 頼むからやめてくれ。もう……十分だろう。お前の勝ちだ。俺の創作力はお前に遠く及ばない」
葵は手を伸ばしながら懇願する。
事実その通りだった。S級魔族とSS級魔族は倒したが、まだ世界中には数千、数万……それ以上の魔族が散らばっている。
魔族の創造主 、シノを倒せない時点で勝ち目はなかった。
それにシノもある程度の目的は果たしたはずだった。シノ自身が選んだこの世界の創作者代表ともいえる葵は敗北を認め、この世界ではシノが創作者の頂点となった。
もはや他の創作者や読者もいない世界なのだが。
シノの視線が葵に向けられ、槍を下ろした時だった。
深手を負った結が最後の力を振り絞る。
「禍津祓極神明流奥義 ──」
ヒザをつき、太刀を引いた状態からの刺突。
結の破邪の気が込められた全身全霊の秘奥義。
「終式 、天穣無窮 の神勅 」
結の太刀は魔槍ルヴァンシュを砕き、その切っ先はシノの喉元へ。
だがそれが届くことはなかった。
寸前で結が止めたのだった。
シノはうわずった声でどうして、と問いかける。
結は白い光に包まれながら微笑んだ。
「葵様が望まぬからです。それに……わかったのです。あなたも葵様を本当に殺そうとは思っていない。いや、出来ないのでしょう」
「なにをバカなことヲ……。わたしハ……」
シノは言葉に詰まる。否定し、目の前の巫女にトドメを刺そうとしたが──すでに雛形結 は消えていた。
シノは頭を振り、気を取り直すように歩き出す。
そして倒れている葵の前で手をかざした。
手の平からは炎の球体が作られ、今にも葵に向けて発射されそうだった。
葵はそれを恐れもせず、真っ向から睨みつける。
「シノ……よくも結まで。俺は……お前を許さない。絶対に」
葵の位置からは先程のふたりの動きはよく見えてなかった。
そして会話もはっきりとは聞こえていなかった。
シノはそれに安堵しつつ、葵を挑発する。
「許さないならどうするのでスカ? もうあなたを守る戦神八姫 はいないのでスヨ。あなたがわたしを殺すのでスカ?」
「殺しはしない! でも、この世界を救う方法はまだある!」
葵が取り出したのは短剣エスパス・エトランジェ。
それをシノにではなく、自分の右手に突き立てた。
短剣の柄にはめられた青い宝石が輝きだし、葵の手の傷から渦を巻く空間が出現。
痛みをこらえながら葵はシノへ飛びかかった。
「シノッ! この短剣を俺に渡していたのがお前の失敗だ! この魔導具の本当の力は異世界への扉を開くものだった!」
渦を巻く空間は一気に広がり、葵とシノの身体を飲み込む。
「道連れだ、シノ。お前がこの世界からいなくなれば魔族も消える。さみしい思いはさせない。俺も一緒だ」
「…………」
シノは無言。抵抗もしない。抱きつかれたまま、ぼんやりとしていた。
短剣の力は知っていた。異世界オーグルリオンからこの世界に来たのも短剣の力を使ったのだ。
すべてを知っていて葵に渡していた。
ふたりは完全に渦に飲み込まれ、空間は閉じられた。
これからどこの世界へ向かうのか。それはシノにもわからなかった。
今度こそ自分の書いたものが認められる世界だろうか。
それとも今までと同じだろうか。書いても書いても読まれない。誰の目にも留まらない。記憶にさえ残らない。
それでも──。
シノは葵の背にそっと両手をまわす。
「今度はひとりじゃナイ。ふたりで探しまショウ。わたしたちの作品が読まれる世界を」
魔族の
指で宙に魔法陣を描き、魔法を発動させようとしている。
「まさかアドラフレストまでやられるなンテ。でもまだわたしには膨大な数の魔族が残っていマス──」
だが結が素早くビルを垂直に駆け上がり、跳躍。
形成されかけた魔法陣を太刀で斬り裂く。
アドラフレストがやられ、動揺していたこともあり、シノはその衝撃で落下。
地面スレスレでかろうじて浮遊したが、その首筋には結の白刃が押し当てられる。
「ここまでです。降参して魔導書の力を解除しなさい。この世界から魔族をすべて消し去るのです。そうすれば命までは取りません」
結は言いながら太刀を持つ手にぐっと力を込める。
葵は少し距離を取った位置でシノ、もうやめろと呼びかけた。
シノはゆっくりと地面に足をつけ、両手をあげる。
「わたしは数えきれないほど多くの人間を死なせてしまった元凶でスヨ。すぐにでも殺してしまったほうがいいのデハ?」
「……たしかに。大事な仲間も失ってしまいました。でもあなたは葵様の御学友でもあります。ここでわたくしが激情に駆られて斬るわけにはいきません」
ここでシノは両手をあげたまま笑った。今、この場の状況に不自然なほど大きな声で。
「何が可笑しいのですか」
「アッハハハハハ! すいまセン。ああ、つい面白くテ。創作者の都合で作られたキャラクターが仲間だトカ……。わたしや葵サンのことを案じているなンテ。ただの人形が一生懸命、人間のフリをしているのが滑稽なんデス」
「わたくしは……わたくしたちは人形ではありません。ひとりひとりに創作者の想いが込められているんです。その物語を読んでいる人達の中では確かに存在しているんです」
「そうでしタカ。それは失礼しましタネ。でも、読まれない作品のキャラクターなんていないのと同じなんデス。いくら書いても書いても見向きもされナイ。批評さえされナイ。そんな気持ちはあなたには分からないでショウ」
シノのあげた両手に黒い棒状のものが出現。同時に噴出する黒いオーラに結の太刀が弾かれた。
シノが握っているのは槍。結へ向かって穂先を突き出す。
「やめなさいっ! 今さら何を──」
結は太刀でそれを防いだ──はずだった。
だがシノの槍は太刀の刃をすり抜け、結の腹へ深々と突き刺さる。
「結ぃっ!」
葵が走るが、足元にシノの放った炎弾が炸裂。
転倒して足をくじいた。
痛みにうめきながら、這って結のほうへ進む。
槍に貫かれた結は、ズ、ズズ、と後ろに退がりながら槍を引き抜く。
完全に抜けたところでその場にヒザをついた。
シノは結の眉間へ槍の穂先を突きつける。
「だから殺したほうがいいといったでショウ。この魔槍ルヴァンシュに貫かれれば、いくら創作の人物であっても助からナイ」
「やめろ、シノ! 頼むからやめてくれ。もう……十分だろう。お前の勝ちだ。俺の創作力はお前に遠く及ばない」
葵は手を伸ばしながら懇願する。
事実その通りだった。S級魔族とSS級魔族は倒したが、まだ世界中には数千、数万……それ以上の魔族が散らばっている。
魔族の
それにシノもある程度の目的は果たしたはずだった。シノ自身が選んだこの世界の創作者代表ともいえる葵は敗北を認め、この世界ではシノが創作者の頂点となった。
もはや他の創作者や読者もいない世界なのだが。
シノの視線が葵に向けられ、槍を下ろした時だった。
深手を負った結が最後の力を振り絞る。
「
ヒザをつき、太刀を引いた状態からの刺突。
結の破邪の気が込められた全身全霊の秘奥義。
「
結の太刀は魔槍ルヴァンシュを砕き、その切っ先はシノの喉元へ。
だがそれが届くことはなかった。
寸前で結が止めたのだった。
シノはうわずった声でどうして、と問いかける。
結は白い光に包まれながら微笑んだ。
「葵様が望まぬからです。それに……わかったのです。あなたも葵様を本当に殺そうとは思っていない。いや、出来ないのでしょう」
「なにをバカなことヲ……。わたしハ……」
シノは言葉に詰まる。否定し、目の前の巫女にトドメを刺そうとしたが──すでに
シノは頭を振り、気を取り直すように歩き出す。
そして倒れている葵の前で手をかざした。
手の平からは炎の球体が作られ、今にも葵に向けて発射されそうだった。
葵はそれを恐れもせず、真っ向から睨みつける。
「シノ……よくも結まで。俺は……お前を許さない。絶対に」
葵の位置からは先程のふたりの動きはよく見えてなかった。
そして会話もはっきりとは聞こえていなかった。
シノはそれに安堵しつつ、葵を挑発する。
「許さないならどうするのでスカ? もうあなたを守る
「殺しはしない! でも、この世界を救う方法はまだある!」
葵が取り出したのは短剣エスパス・エトランジェ。
それをシノにではなく、自分の右手に突き立てた。
短剣の柄にはめられた青い宝石が輝きだし、葵の手の傷から渦を巻く空間が出現。
痛みをこらえながら葵はシノへ飛びかかった。
「シノッ! この短剣を俺に渡していたのがお前の失敗だ! この魔導具の本当の力は異世界への扉を開くものだった!」
渦を巻く空間は一気に広がり、葵とシノの身体を飲み込む。
「道連れだ、シノ。お前がこの世界からいなくなれば魔族も消える。さみしい思いはさせない。俺も一緒だ」
「…………」
シノは無言。抵抗もしない。抱きつかれたまま、ぼんやりとしていた。
短剣の力は知っていた。異世界オーグルリオンからこの世界に来たのも短剣の力を使ったのだ。
すべてを知っていて葵に渡していた。
ふたりは完全に渦に飲み込まれ、空間は閉じられた。
これからどこの世界へ向かうのか。それはシノにもわからなかった。
今度こそ自分の書いたものが認められる世界だろうか。
それとも今までと同じだろうか。書いても書いても読まれない。誰の目にも留まらない。記憶にさえ残らない。
それでも──。
シノは葵の背にそっと両手をまわす。
「今度はひとりじゃナイ。ふたりで探しまショウ。わたしたちの作品が読まれる世界を」