8 ドラゴンズヘヴン

文字数 3,037文字

「太平洋上の裂け目より出現した大型の(ドラゴン)はまっすぐにこの本部へと向かっています」

 モニターを睨みながらオペレーターの女性が司令官に報告する。

「どれぐらいで着く」
 
「あと30分ほどで到達すると思われます」

「洋上に展開している空母艦隊に攻撃を命じろ。進路上にある沿岸防衛軍も早急に迎撃準備」

「はっ」

 若き司令官、香坂は冷静に指示を出し、大型のモニターを凝視する。
 この事態を想定し、何百回と訓練をしてきた。軍の規模も装備も以前の比ではない。

──(ドラゴン)

 強大な力と人間以上の知能を持つ、異次元からの来訪者。
 その目的は不明。5年前、突如として現れた1体の大型と複数の中型、小型の(ドラゴン)

 なんの前触れもなく(ドラゴン)の一方的な破壊活動が開始された。
 無論、各国の軍が最新の兵器を投入して攻撃を加えたが倒せるのは中型、小型の(ドラゴン)のみ。

 大型の(ドラゴン)にはまったく通用せず、人類はその天災ともいえる蹂躙になすすべがなかった。

 大型の(ドラゴン)が飽きたように次元の裂け目に消えたのは一週間後。
 幾多の都市が破壊され、死者の数は100万人を超えた。

「よりによって大型か。だが1体のみ。(ドラゴン)め。我々人類もこの5年間、手をこまねいていただけではないぞ」
 
 対(ドラゴン)用の兵器開発、特殊部隊編成。生体の調査、研究、竜言語の解読。
 極めつけは倒した中型、小型の(ドラゴン)より採取した細胞を用いた生物兵器。

 目には目を、(ドラゴン)には(ドラゴン)というわけだ。

「念には念を入れる。試作体のコンディションはどうか」

 香坂の質問に、複数のオペレーターが生唾をごくりと飲み込む。

「問題ありませんが……まさか今回の実戦に投入されるのですか。まだデータ不足ですし、投入にはもっと上の許可が……」

 オペレーターの不安げな声に、香坂は椅子の肘掛けをダン、と叩き、叫ぶ。

「全ての責任は俺が取る! 核も通じないバケモノ相手に悠長な事を言ってられるか! 政府のお偉方は非人道的な研究がバレるのを恐れてるんだろうが」
 
「いじんろうってなに? うまいもんか?」

 突然の幼い声に香坂は椅子から転げ落ちそうになる。

 指令席の横にちょこんと立って見上げているとは3、4歳ぐらいの赤髪の少女。
 手には自分の顔と同じ大きさのペロペロキャンディーを握りしめ、香坂の驚いた顔に首を傾げている。

「お、お、お前っ! なんで試作体がここにっ! まだ地下の研究所に隔離されているはずだろ!」

 竜の細胞を移植した受精卵から生み出された生物兵器。
 このたったひとつの成功例のために数千万もの被検体の犠牲があった。
 今回の実戦投入を決断したのは香坂自身だが、それにはいくつものセキュリティを解除しなければならない。
 大型の(ドラゴン)が襲来する前に間に合うかと懸念していたところだった。

 試作体──フレイア・グラムロックはキャンディーをベロベロ舐めながらその疑問に答える。

「あー、あんか呼ばえた気がしたかやさ。下から天井(てんよう)突き破ってここまで来たの。ほや、また遠いところかや呼んえる」

「突き破ったって……対(ドラゴン)用の迎撃施設だぞ。そんなこと物理的に不可能……っ、て呼ばれているだと!? まさか大型の(ドラゴン)からか!?

 ここでオペレーターの女性が動揺しながら香坂に新たな報告をする。

「し、司令! 各国の支部より報告がっ! 各地で次々に(ドラゴン)が現れているそうです!」

「そんなものは大型が現れてから想定済みだっ! 中型、小型なら通常兵器で事足りる。脅威ではない!」

 うろたえるな、と香坂はオペレーターを叱りつける。
 しかし、とオペレーターは絶望的な言葉を口にした。

「しゅ、出現した(ドラゴン)はいずれも大型とのこと。各支部や基地を無視してこちらに向かってるようです」

「全て大型だとっ! そんなバカな! かっ、数は!」

「──最初に現れたものを含め、全部で6体です!」

 6体──。
 そう聞いた香坂は立ち上がり、口をパクパクさせていた。
 全世界の対(ドラゴン)兵器を投入しても足りない。いや、実際に効果があるのかはまだ不明だった。しかも6体全てがこちらに向かっているという。

 ドスッ、と力なく座る香坂。
 その眼前にペロペロキャンディーが差し出される。

「これ預かっといて。そんな顔しなくたってさあ、大丈夫。アタシがなんとかするよ」

 隣にいた幼女。その姿は長身、ストレートボブの女性の姿へと変わっていた。
 真っ赤な色に黒のストライプのパンツスーツ。胸元から見える黒いシャツに足元には黒のハイヒール。
 
「それじゃあ行ってくるよ。時間ないからまた天井ぶち破るけど、ヨロシク」

「まてっ、フレイア! 1体ならともかく、6体もの(ドラゴン)の相手なんて無理だ! それにお前の身体は──」

 香坂が呼び止める間もなく、フレイアは司令室の天井を突き破って外へ。
 香坂たちはその光景を茫然と眺めていることしかできなかった。
 

 ✳ ✳ ✳


 とある荒野に降り立ったフレイア。
 いや、数分前までは建造物や緑に溢れていたのかもしれない。

 至るところで黒煙が上がり、機械の残骸が転がっている。
 (ドラゴン)に撃墜された戦闘機や破壊された戦車のものだ。

 6体の(ドラゴン)はすでに集結し、フレイアを取り囲む。

「………………」

 テレパシーのような、頭に直接響く竜言語。
 多くは語らない。すでにお互い相手を倒すべき敵だと認識している。

 ゴアッ、と双首(ふたくび)(ドラゴン)がいきなりの攻撃。
 片方は頭部の角で突き、片方が鋭い牙で噛みつき──。

 ゴシャッ、ゴンッ、と鈍い音とともに双首がはね上がる。
 フレイアの素手の打拳で角も牙も打ち砕かれていた。

 蛇のような長大な体躯を持つ(ドラゴン)。尾の先でフレイアのいる地点を打ちすえる。
 地面が陥没し、大地が震えるほどの衝撃。
 だがフレイアは片手で尾の先を支え、なおかつ勢いをつけて押し返す。

 左右から黒い翼を持つ(ドラゴン)が迫る。
 羽ばたきながら首をもたげ、口から炎の息吹(ブレス)
 左右から炎の渦に巻き込まれたフレイア。
 だが一瞬だった。内側から吹きつける突風によって炎はかき消される。
 フレイアの手にはいつの間にか背丈ほどもある大剣が握られていた。

 正面から肉食恐竜のような姿の(ドラゴン)が地を揺るがしながら突進。
 さらに後方からトカゲに似た(ドラゴン)が地を這うように接近。
 2体がその巨大なアゴでフレイアを噛み砕こうとしたが──一撃。

 フレイアが回転しながら振り上げた大剣によってふたつの巨体が宙に浮く。

 フレイアは狙いを定め、跳躍。
 トカゲの(ドラゴン)のどてっ腹を貫き、空中で縦回転。
 その勢いのまま、恐竜の(ドラゴン)の首を叩き落とす。

 着地したフレイアに残る4体の(ドラゴン)が一斉に襲いかかる。

「へえ、2体やられたのにビビらないで向かってくるなんて勇気あるねぇ。でも感心はしないかな」

 フレイアは竜殺剣バルムンクを肩に担ぎながら不敵な笑みを浮かべた。


 ✳ ✳ ✳


「信じられません。試作体フレイア・グラムロック。実戦初投入にして大型の(ドラゴン)6体を撃破。しかも5分以内に」

 オペレーターの報告に、司令室では驚愕、感嘆、歓喜の声にあふれかえる。

 ただひとり、司令官の香坂だけは神妙な顔でモニターを見つめていた。

「強すぎる……いつ幼女化するか分からない不安定さがあるが、それを差し引いても恐ろしい強さだ。もしこの強さが人類に牙をむいたのなら、(ドラゴン)以上の脅威となるのでは……」

 モニターには幼女化したフレイアが鼻水垂らしながら無邪気な顔でVサインを送っていた。

 彼らはまだ知らない。これがまだ終焉に向けた序章であることを。
 
 後に【ドラゴンズヘヴン】と呼ばれる(ドラゴン)の大襲来があることを──。
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