2 文芸部
文字数 2,714文字
天パの立山が早足でシノへ近づいていく。
シノはまだ本棚の本を漁っていて気がついていない。
「あ、あのっ! キミは我が文芸部に入りたいと聞いたのたが、本当かね?」
うわずった声で立山が聞き、ようやくシノは振り向いた。
きょとんとした顔で立山を見ている。
「ぼ、僕は文芸部部長の立山文雄 だ。部員になるというなら歓迎するよ。えっと、キミの名は──」
「………………」
シノは答えない。眉間にシワを寄せ、本を抱えたまま固まっている。
仕方なさそうに代わりに葵 が答えた。
「シノさんです。言葉は通じてるはずなんですけどね。シノさん、この人が部長の立山先輩。で、こっちが部員の瑞希 」
「シノでいいデス、葵サン。わたしのことはシノと呼んでくだサイ」
葵の声には反応し、テーブルに本をドサドサ置いてから葵の側まで走っていく。
そしてその腕をギュッとつかんだ。
「ちょ、いきなり呼び捨てっいうのもなあ。あ、外国じゃ当たり前なのか……じゃあ、シノ……ちょっとはなれて。近いから」
だがシノはつかんだ手をはなさない。それどころかさらにくっついて柔らかい感触を腕に押しつけてくる。
「フ、フ~ン。ずいぶんと仲がいいんだね。なんか付き合ってるみたい」
瑞希が自分の三つ編みの髪をいじりだした。
ヤバい、イラついているときの仕草だ。
瑞希がこうなったあと、ロクな目にあったことがない。
葵はシノを無理に引きはがし、瑞希の機嫌を取ることにした。
「ああ~、そういえば瑞希。文化祭のときのお前のイラスト、すごい好評だったよ。今度の部誌も楽しみにしてるってクラスのヤツらが言ってた」
「……へえ。じゃあ、がんばって仕上げないとね。入部するならその子も手伝うんでしょ? ほら、部長。ぼうっとしてないで指示出して」
「あ、ああ。わかっているよ、赤星さん。それじゃあミーティングをはじめるから全員席について」
部長の立山も基本、瑞希には逆らえない。一見清楚な文学少女に見える赤星瑞希は気が強く、曲がったことがキライですぐ口に出すタイプだ。
自分の女子が苦手なのもこの幼なじみのせいではないか、と葵は思いながらもシノとともに席についた。
✳ ✳ ✳
「わあ~、このイラストも瑞希サンが描いたのでスカ? すごい上手でスネ!」
「えへへ……ありがと。シノも描いてみたらいいよ。あ、こっちには詩を載せてるの。なんだか恥ずかしいなあ」
前季の部誌を見ながらもう女子ふたりは打ち解けている。瑞希の機嫌もすっかり直ったようで、葵は胸をなでおろす。
「シノ、こっちには僕の短編小説が載ってあるんだ。ぜひ読んでみたまえ」
部長の立山がふたりの間に入り、勝手にページをめくると、シノはあからさまに不機嫌な声を出した。
「結構デス。それにあなたはわたしを馴れ馴れしく呼ばないでくだサイ。シノと呼んでいいのは葵サンと瑞希サンだけデス」
「ぐっ……! どうして僕だけ! 僕は部長だし、書籍化作家なんだぞ。もう少し敬意というものを……」
そう、この文芸部部長の立山文雄はweb小説投稿サイト【小説家は餓狼 】でデビューした書籍化作家である。
本の売れ行きも好調で、すでに続刊に向けての話も出ているとか。コミカライズも時間の問題だと、この学校でも話題になっている。
「知ってまスヨ。webではよく小説を読んでマス。でもあなたの作品には興味ないデス。わたしが好きなのは葵サンの作品なんデス」
「なんだって……佐賀野 くんの?」
立山にジロリと見られ、葵は焦る。webで投稿しているのはみんなに内緒にしているからだ。
ペンネームだって知られてないはずなのに……当てずっぽうで言ってるんじゃないのか。
「葵サンの【巫女の鬼斬り物語】とか【サイバーメタルナックル】とか【桐生カエデの妖奇譚】。webで出しているのは全部で8作品。どれも素晴らしい作品デス」
葵はひっくり返りそうになる。間違いなく自分の投稿作品だ。しかしなぜこの留学生がそこまで知っているのか。
「ほう、佐賀野くん。キミもネットで書いていたとは知らなかったな。彼女が言うからには相当面白いのだろう。この僕の【Sランク冒険者パーティーから追放された外れスキルの持ち主が辺境でスローライフを送っているうちに隠しダンジョン見つけて無限レベルアップして無双最強、いつの間にかハーレム作っちゃいました】よりも!」
「なんでわたしが知らないことまで今日来たばかりのシノが知ってんのよ……なんかムカつく」
あわわ……と葵は立山と瑞希につめよられ、席を立つ。
「あ……あっ! そういえば大事な用があったの忘れてた! 俺もう帰んなきゃ……ゴメン!」
大慌てでバッグをつかみ、図書室を飛び出す。
「佐賀野くん、逃げるのかね!」
「ちょっと待ちなさいよ、葵!」
✳ ✳ ✳
ハアハアと肩で息をし、額の汗をぬぐう。
面倒なことになった……。webで投稿した作品が知られたからには部誌に載せろと言われるかもしれないし、あの面倒な立山部長のことだ。
ここはああしろ、こうしろ、流行りを取り入れろ、と上から目線であれこれ言ってくるに違いない。
それがイヤだから内緒にしていたのだ。ウケるとかウケないとか関係なく、webでは好きなものを好きなように書きたい。
「葵サン」
「ふおっ!」
いきなり背後から声をかけられ、葵は飛び上がるほど驚く。
「シノ……いつの間に。な、なんだよその荷物の量は」
うしろから声をかけてきたのはシノであった。
ここまで走ってきた自分にもう追いついてきたのか。しかもその荷物の量で。
「あ、ハイ。これはさっきの図書室から借りてきた本なのデス」
背中には学校のバッグを背負い、両手にはギチギチに本をつめこんだ手提げ袋。相当重そうなのだが、シノは平気な顔でニコニコ笑っている。
「ホントに本が好きなんだな。ネット以外でもけっこう読むんだ」
「いえ、ネットで読むようになったのもつい最近なのでスヨ。わたしの世界……じゃなかッタ。わたしの家では娯楽目的の本を読むことは禁じられていたノデ」
テレビとかゲームとかなら聞いたことあるが、エンタメ系の小説がダメなんてえらく厳しい家庭なんだなと葵は気の毒に思った。
「へえ、じゃあシノは結構イイトコのお嬢様だったりするのかな。あ、荷物持つよ。家はこの辺なのか?」
「ありがとうございマス……そうでスネ。この近くデス。一緒に帰りまショウ」
他愛ない話をしながらふたりで歩く。とうとう葵の家の前まで来たがシノはそのまま立ち止まる。
「ど、どうした? ここは俺ん家 なんだけど……」
「ハイ、問題ありませンヨ。ここがわたしのホームステイ先ですカラ」
「え……はあああァァーーッ!?」
シノはまだ本棚の本を漁っていて気がついていない。
「あ、あのっ! キミは我が文芸部に入りたいと聞いたのたが、本当かね?」
うわずった声で立山が聞き、ようやくシノは振り向いた。
きょとんとした顔で立山を見ている。
「ぼ、僕は文芸部部長の
「………………」
シノは答えない。眉間にシワを寄せ、本を抱えたまま固まっている。
仕方なさそうに代わりに
「シノさんです。言葉は通じてるはずなんですけどね。シノさん、この人が部長の立山先輩。で、こっちが部員の
「シノでいいデス、葵サン。わたしのことはシノと呼んでくだサイ」
葵の声には反応し、テーブルに本をドサドサ置いてから葵の側まで走っていく。
そしてその腕をギュッとつかんだ。
「ちょ、いきなり呼び捨てっいうのもなあ。あ、外国じゃ当たり前なのか……じゃあ、シノ……ちょっとはなれて。近いから」
だがシノはつかんだ手をはなさない。それどころかさらにくっついて柔らかい感触を腕に押しつけてくる。
「フ、フ~ン。ずいぶんと仲がいいんだね。なんか付き合ってるみたい」
瑞希が自分の三つ編みの髪をいじりだした。
ヤバい、イラついているときの仕草だ。
瑞希がこうなったあと、ロクな目にあったことがない。
葵はシノを無理に引きはがし、瑞希の機嫌を取ることにした。
「ああ~、そういえば瑞希。文化祭のときのお前のイラスト、すごい好評だったよ。今度の部誌も楽しみにしてるってクラスのヤツらが言ってた」
「……へえ。じゃあ、がんばって仕上げないとね。入部するならその子も手伝うんでしょ? ほら、部長。ぼうっとしてないで指示出して」
「あ、ああ。わかっているよ、赤星さん。それじゃあミーティングをはじめるから全員席について」
部長の立山も基本、瑞希には逆らえない。一見清楚な文学少女に見える赤星瑞希は気が強く、曲がったことがキライですぐ口に出すタイプだ。
自分の女子が苦手なのもこの幼なじみのせいではないか、と葵は思いながらもシノとともに席についた。
✳ ✳ ✳
「わあ~、このイラストも瑞希サンが描いたのでスカ? すごい上手でスネ!」
「えへへ……ありがと。シノも描いてみたらいいよ。あ、こっちには詩を載せてるの。なんだか恥ずかしいなあ」
前季の部誌を見ながらもう女子ふたりは打ち解けている。瑞希の機嫌もすっかり直ったようで、葵は胸をなでおろす。
「シノ、こっちには僕の短編小説が載ってあるんだ。ぜひ読んでみたまえ」
部長の立山がふたりの間に入り、勝手にページをめくると、シノはあからさまに不機嫌な声を出した。
「結構デス。それにあなたはわたしを馴れ馴れしく呼ばないでくだサイ。シノと呼んでいいのは葵サンと瑞希サンだけデス」
「ぐっ……! どうして僕だけ! 僕は部長だし、書籍化作家なんだぞ。もう少し敬意というものを……」
そう、この文芸部部長の立山文雄はweb小説投稿サイト【小説家は
本の売れ行きも好調で、すでに続刊に向けての話も出ているとか。コミカライズも時間の問題だと、この学校でも話題になっている。
「知ってまスヨ。webではよく小説を読んでマス。でもあなたの作品には興味ないデス。わたしが好きなのは葵サンの作品なんデス」
「なんだって……
立山にジロリと見られ、葵は焦る。webで投稿しているのはみんなに内緒にしているからだ。
ペンネームだって知られてないはずなのに……当てずっぽうで言ってるんじゃないのか。
「葵サンの【巫女の鬼斬り物語】とか【サイバーメタルナックル】とか【桐生カエデの妖奇譚】。webで出しているのは全部で8作品。どれも素晴らしい作品デス」
葵はひっくり返りそうになる。間違いなく自分の投稿作品だ。しかしなぜこの留学生がそこまで知っているのか。
「ほう、佐賀野くん。キミもネットで書いていたとは知らなかったな。彼女が言うからには相当面白いのだろう。この僕の【Sランク冒険者パーティーから追放された外れスキルの持ち主が辺境でスローライフを送っているうちに隠しダンジョン見つけて無限レベルアップして無双最強、いつの間にかハーレム作っちゃいました】よりも!」
「なんでわたしが知らないことまで今日来たばかりのシノが知ってんのよ……なんかムカつく」
あわわ……と葵は立山と瑞希につめよられ、席を立つ。
「あ……あっ! そういえば大事な用があったの忘れてた! 俺もう帰んなきゃ……ゴメン!」
大慌てでバッグをつかみ、図書室を飛び出す。
「佐賀野くん、逃げるのかね!」
「ちょっと待ちなさいよ、葵!」
✳ ✳ ✳
ハアハアと肩で息をし、額の汗をぬぐう。
面倒なことになった……。webで投稿した作品が知られたからには部誌に載せろと言われるかもしれないし、あの面倒な立山部長のことだ。
ここはああしろ、こうしろ、流行りを取り入れろ、と上から目線であれこれ言ってくるに違いない。
それがイヤだから内緒にしていたのだ。ウケるとかウケないとか関係なく、webでは好きなものを好きなように書きたい。
「葵サン」
「ふおっ!」
いきなり背後から声をかけられ、葵は飛び上がるほど驚く。
「シノ……いつの間に。な、なんだよその荷物の量は」
うしろから声をかけてきたのはシノであった。
ここまで走ってきた自分にもう追いついてきたのか。しかもその荷物の量で。
「あ、ハイ。これはさっきの図書室から借りてきた本なのデス」
背中には学校のバッグを背負い、両手にはギチギチに本をつめこんだ手提げ袋。相当重そうなのだが、シノは平気な顔でニコニコ笑っている。
「ホントに本が好きなんだな。ネット以外でもけっこう読むんだ」
「いえ、ネットで読むようになったのもつい最近なのでスヨ。わたしの世界……じゃなかッタ。わたしの家では娯楽目的の本を読むことは禁じられていたノデ」
テレビとかゲームとかなら聞いたことあるが、エンタメ系の小説がダメなんてえらく厳しい家庭なんだなと葵は気の毒に思った。
「へえ、じゃあシノは結構イイトコのお嬢様だったりするのかな。あ、荷物持つよ。家はこの辺なのか?」
「ありがとうございマス……そうでスネ。この近くデス。一緒に帰りまショウ」
他愛ない話をしながらふたりで歩く。とうとう葵の家の前まで来たがシノはそのまま立ち止まる。
「ど、どうした? ここは俺ん
「ハイ、問題ありませンヨ。ここがわたしのホームステイ先ですカラ」
「え……はあああァァーーッ!?」