16 書籍化作家

文字数 2,075文字

 階段を下り、通路へ。
 2階ではすでに生存者たちの悲鳴が響き渡っていた。

「最悪だ──」

 偶然通路で話していた男女3人が犠牲に。さらに何事かと部屋から出てきた中年の男性に魔族と化した立山(たてやま)が襲いかかる。

 シノが放った火球は立山の背中に命中。だが立山は今度は怯まない。
 ボトボトと小型の魔族(グリデモウス)を落としながら男性にのしかかる。
 
 男性の悲鳴──次は(あおい)が短剣を構えながら突進するが、小型の魔族に行く手を阻まれる。

「くそっ、ジャマするなっ」

 短剣エスパス・エトランジェに斬られた小型の魔族は次々と消滅。だが男性は救えなかった。振り返った立山の胴体からズリイッ、と下半身の残骸が落ちる。

 続けて放たれたシノの火球。3連発だが立山はいびつな黒い腕でそれらをはたき落とした。

「!……強くなっテル! 人を喰らって創造力を取り込んでいるせいデス!」

 シノの叫びに反応するように立山が動いた。
 
「み見たかっ、ぼ僕の力っ! この書籍化作家の立山文夫の力ををおおおぉぉっっ!」

 正面から突っ込んできた。シノと瑞希(みずき)をかばうように葵も踏み込む。

 大振りな立山の右腕をかわし、体当たりするように脇腹のあたりを刺した。

「きっ、きき効かないっ、書籍化作家ののの僕にはそんなももものっ、効かなぁぁいっ!」

 立山の身体からぼわっと大量の小型の魔族が飛び出した。
 葵は弾き飛ばされ、シノと瑞希は悲鳴をあげながら階段まで後退。そのとき何かの拍子で非常扉が作動した。

 階段への入口は封鎖され、小型の魔族がビタビタと扉に張りつく。
 シノと瑞希の声。葵を助けに扉を開けようとしているが小型の魔族がつっかえて開かなくなっている。扉を激しく叩く音だけがむなしく響いていた。

 葵にとってはシノと瑞希が無事なら好都合だ。魔導書は奪われ、短剣は立山の脇腹に刺さったままだが、戦意は失っていなかった。

「魔導書を──返せっ」

 戦神八姫(せんじんはっき)を喚ぶための魔導書は立山が持っている。
 あれに触れさえすれば、魔導書を発動させることができる。

 葵は再び突進。小型の魔族を飛び越え、立山へ接近する。
 ひとまわりデカくなった立山の動きは緩慢。液状化にさえ注意すれば、と葵は立山の懐に潜り込む。

 ぱっと見、立山が魔導書をどこに隠し持っているのかわからない。
 あのぐにぐにした黒い肉体の中だろうが、それにはまずダメージを与えなければならない。

 葵の狙いは脇腹に刺さったままの短剣。
 捕まえようとする両腕の動きをかわし、側面から飛び込む。
 
 短剣の柄を両手でつかむことができた。さっきはダメージを与えられなかったことで、立山も油断しているようだ。
 たが今度は──シノも瑞希も安全な場所にいる。集中して創造力を短剣に通すことができる。 
 
「立山先輩っ! これ以上犠牲者を出すわけにはいかないっ!」

 魔導書を発動させる要領で集中──。
 柄にはめられた青い宝石が輝きを増し、刺した脇腹の傷から青い光が洩れ出す。

「いいい痛いっ! 佐賀野君っ! 書籍化作家になんてことするんだだだっ、君はぁっ」

 暴れて両腕を振り回す立山。短剣を引き抜きながらそれをかわし、二撃目を加えようとさらに集中。

 ここで短剣に変化。柄の宝石がさらに輝き、光が渦状に回転しはじめる。

「これは……」

 そして立山に負わせた傷が大きく開き、そこから見える空間も渦を巻いている。
 
「なんんんだあっ、これはっ! 僕の身体がっ、書籍化作家の身体がああっ!」

 その渦に引き込まれるように立山の黒い身体が徐々に小さくなっていく。
 通路に散らばった小型の魔族たちもそれに吸い寄せられ、次々と空間の中へ──。

「この短剣の力なのか、これは」

 短剣の宝石と立山にできた空間は共鳴するようにさらに光を放つ。
 立山は苦しそうな呻き声をあげ、その手から何かが落ちてきた。

 魔導書アンカルネ・イストワールだ。
 葵はスライディングするようにそれをキャッチ。すぐさま魔導書を発動させる。

 本から飛び出してきたのは鬼斬りの巫女、雛形結(ひながたゆい)
 飛び出した勢いのまま、鞘付きの太刀で立山の眉間を殴打した。

 立山はギャッ、と叫び、その身体は一気に渦へと引き込まれる。
 残る上半身が引き込まれるのを必死に壁に爪を立てて抵抗しているが、これも鞘尻で突かれて爪を折られる。

「ああっあっ、あーーっ! こわいっ、こわいよよよっ、佐賀野(さがの)君っっ! 僕はっ、僕はどこに連れていかれるんだいっ!? 僕はまだやるべきことがっ、大勢いいの読者が待ってるるんだっっ! この僕の作品ををっっ、待ってるんだっ!」

 残すは首から上のみ。渦に飲み込まれまいと叫びながら手を伸ばす立山の顔面に向け、結は踏み込みながら柄頭を突き出す。

 ぶげえっ、と顔面を陥没させた立山は完全に渦の中へ。瞬間、その渦の空間も閉じた。

 葵の短剣の光も収まっている。
 呆然と短剣を握ったまま葵はその場にへたりこみ、結を見上げる。

禍々(まがまが)しい魂の行き先……魔に身を堕とした者の末路は言わずともわかるでしょう。そこでは誰も待ってなどいませんよ」

 結はそう言いながらひざまずき、葵の手を取った。
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