4 ファイブカース・リベンジガール

文字数 2,428文字

「許してっ……! お願い、なんでもするから! まさかこんなことになるなんて……!」

 学校の廊下で這いつくばって謝っているのは髪をカールした派手な女生徒。

 その前に立っているのは同じセーラー服だが、地味でおとなしめな黒髪おかっぱボブの少女。
 赤いカチューシャ、左目に眼帯。手足には包帯が巻きつけられている。

 眼帯と包帯には血がにじんでいた。
 包帯の少女──鴫野(しぎの)みさきは苦痛に顔を歪めながらヒザをつき、カール髪の少女と同じ目線に。

「痛い……痛い痛い痛い……。この腕も足も胴体も、もうボクのものじゃないから。5体の悪魔に奪われたものを借りてるだけだから──」

 ボゴッ、ボゴボゴッ、とみさきの両手足がいびつな形に変化していく。
 カール髪の少女はひっ、と飛び退き、ごめんなさいごめんなさいと這ったまま逃げようとする。

「篠原さん、逃げないでよ。悪魔の召喚術でボクを呪殺して、学校まで異空間に引きずりこんでさ。ちゃんと責任取らなきゃ」

「こっ、殺すつもりなんてなかったの! まさか本当に悪魔を召喚できるなんて思うわけないじゃない! ちょっと驚かせるつもりだったのに──」

 篠原の涙を流しながらの弁明に、みさきはギリギリと奥歯をかみしめながら自身の両腕に爪を立てる。
 両手足の変化は収まっていた。

「どっちにしろ、もう逃げるところなんてないよ。あんたの取り巻きども──っていうか、学校にいたほとんどの人はもう食べられちゃったんじゃないかな、悪魔に」

 ズルッ、ズルズルと何かを引きずる音。
 カール髪の篠原の動きが止まる。

 通路の奥から現れたのは、黒いスーツ姿の人物。だが頭部は白い骨がむき出し。
 スーツ姿のガイコツ男──。
 両手には男子生徒ふたりの足をつかみ、引きずっていた。ふたりとも首がない。

「あひっ、ひいぃっ」

 篠原は今度はみさきのほうへ逃げる。
 すがるようにみさきのスカートをつかみ、助けて、助けてと繰り返す。

「また出てきたねー、悪魔。條原さん、ジャマ」

 みさきは條原の髪をつかみ、乱暴に引き離す。
 そして右腕をさすりながら言った。

「約束は守るよ。人間だろうが悪魔だろうが、魂を捧げ続ければボクの身体は借り続けられる。ボクは生きていられる」

 ガイコツの悪魔は首なしの生徒を放し、カタカタと歯を打ち鳴らしながら走り出した。まっすぐにみさきのほうへと。

 ドルン、ドルン、ドルルルルッ、と腹に響くエンジン音。
 みさきの右腕が血塗られたチェーンソーへと変化。

 凶刃デッドエンドチェーンソー。
 
 死後に悪魔化した元人間。
 48人を殺害したといわれる実在した殺人鬼。

 ガイコツの悪魔が骨むき出しの手刀を繰り出す。
 みさきはそれをかわし、チェーンソーを振り上げた。
 ギャアァンッッ、と凶悪な回転刃がガイコツ悪魔の右腕を切断。

 よろめいたガイコツ悪魔。その眉間に回転刃を振り下ろす。
 チェーンソーが硬い頭蓋骨をギャギャギャと削り、深く食い込んでいく。

「ああっ、いいね、この感触。クセになりそう」

 みさきは恍惚の顔でチェーンソを引き抜きながらガイコツ悪魔を蹴り飛ばした。
 ガシャン、と悪魔は廊下の壁にぶつかり動かなくなった。

「さて、と」

 右腕を通常の腕へと戻し、みさきはフラフラと條原へ近づく。
 條原はガタガタと震え、完全に腰を抜かしていた。

「こ、殺さないで。お願い、許して。鴫野さん、お願いだから……」

 懇願する條原をみさきは冷たく見下ろす。

「それさ……その言葉。あんたらにイジメられた人たちも同じように言ってたよね、ボクも含めてさ。お願い、許して、もうヤメてっ、てさ。でもあんたはそれを聞いたのかな」

「ご、ごめんなさい。本当に……。わたし、死にたくないっ、こんなところで」

 條原が再び泣き出したとき──倒れていたガイコツ悪魔がガバッ、と起き上がり、みさきへつかみかかる。

 みさきはかわさず、左腕を突き出してガイコツ悪魔の胴体を打った。その形は白銀の体毛を持つ狼の頭部に。

 魔狼マーナガルム。

 死者を食らい、月を捕らえ、空を血に染めて太陽の光を奪うといわれる暴虐の狼。

 マーナガルムの牙がガイコツ悪魔の胴体に突き立てられる。
 そして口からギュオオオ、と球体のエネルギーが回転しながら収束。
 ゴバアッ、と咆哮とともに吐き出されたエネルギー弾にガイコツ悪魔の身体は木っ端みじんに吹き飛ばされた。

「ハハッ、すごい威力。ガイコツ悪魔の魂ゲッート」

 ゲームでも楽しむような声でみさきは左腕を元の腕に戻す。

「とりあえず一回は助けたからさ。あとはひとりでがんばって生き残ってよ。多分ムリだと思うけど」
 
 條原を横目で見ながらみさきはガイコツ悪魔の現れた通路のほうへ歩いていく。

「待って、置いてかないでっ! ひとりにしないで! ここから出してようっ!」

 條原の必死な叫びにみさきは両耳をふさぎながら目をそらす。

「ああ~、うるさい。そんな叫んだら悪魔が寄ってきちゃうよ。ここから出る方法なんてボクが知りたいくらいだよ」

 通路の先。T字に別れた廊下をとりあえず左に。
 その先は薄暗く、先がよく見えない。無限に続いているようにも見える。
 さっきこの階は一周したのはずだがまた構造が変わっている。階段も消失していた。
 窓ガラスの外に見える風景も油絵の具をぐちゃぐちゃにしたようなもので、長く見ていると目眩がする。

「ただの一般生徒が黒魔術の真似事でこんな事象を起こせるわけないと思うんだよね。黒幕は他にいるはず」

 異空間に閉じ込められた学校。
 どこからともなく出現するおぞましい悪魔。
 こんな状況でみさきに恐怖心はなかった。

 どこかでこんな事を望んでいた。
 毎日続くイジメや孤独、劣等感や絶望に比べればどうということはなかった。

 置き去りにした條原の泣き声が悲鳴に。お母さん、お母さんっ、と繰り返している。
 そして屠殺される前の家畜のような絶叫。
 
 みさきはそれを聞きながら鼻歌まじりに軽くステップを踏んでいた。
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