14 ホテル内の異変
文字数 2,102文字
葵はここまでの移動中に魔導書のマップでリッカとマルグリットの様子も確認していた。
合流したふたりは大きい赤のマーカー、敵のS級
ひとりも欠けることなくビジネスホテルに到着できたのは幸運──いや、奇跡に近い。
すっかり安心し、ロビーでそう話す葵とシノ、
ビジネスホテルの部屋数は十分にある。生存者には適当に部屋を選んでもらい、そこへ入ってもらった。
ホテルはオール電化で電力は大型発電機で供給できる。燃料は近くにスタンドがあるので当分心配はいらない。
魔族に対しても
崩壊した学校での避難生活に比べれば、格段に快適に生活できるはずだ。
連戦と多数の
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空腹で目を覚ました葵。
時計を見ると夜の21時。フラフラと部屋を出て、1階までエレベーターで降りる。
ロビーには誰もいなかった。そこから見える外の様子も変化はない。結界のおかげなのだろうか。魔族が近付いた形跡もなかった。
皆はもう部屋でのんびりしている頃かと葵はホールのほうへ移動。もちろん豪華な食事が並んでいるわけではないのだが、そこから厨房、食料庫へと行けば何かしら食材がある。
簡単な調理なら出来るのでそこで空腹を満たそうと葵は厨房へ足を踏み入れた。
「あっ、葵……」
ちょうど厨房から出ようとした瑞希とはち合わせる。
瑞希の持ってるトレーにはカレーやサラダが載せられていた。
「瑞希も夕食まだだったのか」
「ううん。みんながホールに降りて食事したとき、葵がいなくて部屋まで様子を見に行ったんだけど。ぐっすり寝てたから……そろそろ起きる頃だと思って」
わざわざ食事を用意して部屋まで持ってこようとしていたのか。
気恥ずかしそうに視線をそらす幼なじみに少しドキッとしながら、葵は礼を言ってトレーを受け取る。
ホールの席に座り、カレーをむさぼるように食べる。
瑞希は正面の席で頬杖つきながら美味しい? と聞いてきた。葵は水をがぶ飲みしながら何度もうなずく。瑞希は嬉しそうにそう、と笑った。
カレーをあっという間にたいらげ、さらにおかわりした葵。
さすがに満腹になり、腹をさすりながら葵は瑞希を褒めた。
「これ瑞希が作ったんだろ? いやあ、付き合い長いけど知らなかったよ。瑞希がこんな料理上手いなんてさ」
「カレーなんて誰が作ってもそう変わんないでしょ。それより疲れてるんじゃないの、葵。さっき声かけたけど全然起きなかったし」
「たしかにまだ眠いけど、腹はふくれたから大丈夫。この調子ならまだまだ戦姫を喚び出せそうだよ」
そう言いながら葵は魔導書を取り出そうと懐をまさぐる。
──だが、いつも肌身はなさず持っていたはずの魔導書がない。
「あれ、おかしいな。部屋に忘れてきたのか」
首をひねりながらも強固な結界が張ってあるホテル内だから探すのはあとでもいい、と葵はそう深刻に考えなかった。
瑞希とエレベーターに乗り、瑞希は3階で降りる。
葵の部屋は4階。エレベーターを降り、自分の部屋へ向かおうとしたその時──。
突然の女性の悲鳴。生存者のひとり。たしか同じ階の部屋に泊まっていた若い主婦。
急いで走り、4階の突き当たりの部屋──そのドアが破壊されている。
入口を真っ黒な塊が覆っており、主婦がその黒い塊に取り込まれながらこちらへ手を伸ばしている。
「たす……けてぇ」
魔族──! どうしてホテル内に。
桐生カエデの張った十八道の結界はたとえS級魔族でもやすやすとは破れない。
外部から音もなく魔族が侵入できるはずがなかった。
「クソッ、なんで魔族が!」
考えているヒマはない。葵はそのまま走って近づき、主婦の手をつかんだ。
だが主婦の顔はズブズブと黒い塊の中に埋もれていく。葵は足で塊を踏みつけながらふんばるが、今度は足自体が取り込まれそうになる。
「この──クソッ!」
腰から引き抜いたのは短剣。シノからもらったエスパス・エトランジェだ。
黒い塊に突き立てると、グエッ、とザラついた声とともにドロッと柔らかくなった。
ここで葵は一気につかんだ手を引く。創造力を込めた短剣は確実に魔族へダメージを与えることができた。これで助けることができる、と。
だが葵が引き抜いたのは──主婦の右腕だけだった。肩から先、胴体も頭部も魔族に喰われてしまっていた。
「うあっ、こんな……なんでっ!」
困惑しながら右腕を放り投げ、短剣を振り回す葵。
ドロォ、と液状化した魔族は消滅せず、壁を伝い逃げる。そのまま非常階段の下のほうへ。
ここで葵は選択を迫られる。このまま魔族を追って下へ降りるか。それとも部屋に魔導書を取りに行くか。
自分の部屋は十数メートルも走れば着く。戦姫を喚び出して戦ったほうが確実に魔族を倒せる。
葵は走った。まずは魔導書の確保を優先。短剣だけではやはり