豆鉄砲は鳩の好物

文字数 1,952文字

 俺と別れたあとで、そんな会話が交わされていたと清水が教えてくれたものだから。
 入学早々にして、気をつけるべきことがわかった。
 清水よ、情報ありがとう。
 「五十肩フグ女子カエルに進化」連中には二度と近寄るまい。
 けど、ファンクラブってなんだよ……。 
 「キモイ」って言われ続けていたせいか、自分の顔のことがよくわからない。
 そりゃあ、ぽっちゃりは解消されたとは思うけど、いつ見たっておんなじ顔をしてるのに。
 ほんと、あほくさい言葉だと思う。
 小学生のときに、そう言ってもらったとおり。
 キモイもイケメンも、どっちも外見でしか判断していない雑音だ。
 だから、うん。
 あの人がいないなら、「ゲジゲジ界のイケメンモテ男」でしかないんだよ、俺は。
 
 いったん校舎に戻った俺は、もちろん教室などには戻らず、まっすぐに音楽室を目指した。
 場所は南棟一階の一番奥。
 この高校は、各棟がそれぞれ中庭に面してコの字型に配置されている。
 だから、音楽室からあぶれたパートは中庭で練習をするのだと、あの人は笑いながら言っていた。
 たどり着いてみると、今もちらほら、何人かの生徒が譜面台を前に楽器を演奏している。
 入学式で校歌を演奏してくれたけど、そのまま帰らず、残って自主練する人もいるんだな。
 きっとあの人も、こんなふうに……。
 それ以上考えないように思い出にフタをして、その場を素通りする。
 新入生がこんなところで涙ぐんでいたら、絶対おかしいし。
 渡り廊下を抜けて北棟に入り、ぐるっと校舎を一周するころには、入学式の今日、生徒の姿はほとんど消えていた。
 ……よし、そろそろ行くか。

 中学生だった三年間、俺は一度も高校の敷地内には入っていない。
 だから、少し心配だったんだ。
 だけど……。
「全然、変わらないんだな」
 目の前には、あのころのままの原っぱが広がっていた。
 まだ靴先を覆うほどにしか伸びてない草を踏みしめて、やっぱり変わらない雑木林を目指して歩く。
「うわぁ……」
 「アウトドア用品の墓場」はボリュームアップしていて、なんだか不法投棄現場みたい。
 でも、ほっとした。
 もし、この場所がきれいさっぱりとしていたら、今度こそ諦めようと思っていたから。
 手帳にしまっていた、萌黄(もえぎ)色の手紙を捨てようって。
「これ、男子も使えるようになったのかな」
 そう独り言が出るくらい、「アウトドア用品の墓場」は雑然としていた。
 ウレタンマットも防寒シートも広げっぱなしで、テントもパラソルもごちゃっと置かれている。
 ほかには……、ホワイトボード?
 太い雑木の枝に吊り下げられたホワイトボードには、「〇月△日、2年××、テント使います」「□月〇日、1年××、トランプ大会するので、ローテーブルとシート借ります」なんて書き込みがある。
 右下には「終わった予約は各自消すこと!」なんて注意書きのメモが貼ってあるけど、指示が守られている様子はない。
「へーえ、こんな使い方するようになったんだ。えっと”授業は出ること。サボりが目立つ生徒は使用禁止”?……はは~ん」
 そういえばあの人も、たまにサボるようなことを言っていたな。
 ホント、そんなふうには見えないのに。
 フワフワ優し気なのに、まっすぐな芯が通っていて。
 真面目そうなのにうっかり屋さんで、サボることもあって。
 意外性の(かたまり)のような人だったけれど、その最たるものが、演奏会で聞いたトランペットだ。
 パンチのある音で、俺と過ごした日々を「私の幸せでした」と伝えてくれた。
 もう何回、脳内で再生したかわからないあの音、あの姿。
 鼻がツンと痛み出したから、思い出に溺れてしまう前に、注意事項が書かれたメモに再び目を落としていく。
「ん?なんだこれ」
 ルールが箇条書きされた紙切れの一番下。
 その隅っこに、カーブした矢印が書かれている。
「⤵?……もしかして」
 ホワイトボードをひっくり返してみると予想は当たっていて、裏板のはしっこに、ちょっとかすれている書き込みを見つけた。
羊介(ようすけ)くんへ』
「!!」
 見慣れた文字が心臓を打ち抜く。
 見間違えるはずがない。
 目をつぶったって思い出せる、あの手紙の文字だ。
『まだ覚えてくれているなら、吹奏楽部の顧問、田之上先生を訪ねてください。顧問が変わっていたら、それまでの縁なのかな。もしそうだとしても、心からのありがとうは伝えたい。ありがとう、羊介(ようすけ)くん』
 心臓がドクドクとうるさくて、文字をなぞる指先がブルブルと震える。
 萌黄(もえぎ)色の手紙をもらった、あのときと同じように。
「な、んで、こんなとこに?田之上先生って?」
 脳みそがいっぺんに沸騰して蒸発したみたいに、考えるということができなくなった俺は……。
 気がついたときには、職員室のドアを乱暴なほどの力で叩いていたんだ。
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