男子、毎日会ってても刮目して見よ
文字数 4,497文字
吹奏楽部の合宿場所は、冬はスキー宿になるという、周囲を田んぼに囲まれた民宿だった。
お世話になって20年以上になるそうで、先代からオーナー業を引き継いだという息子さんが、俺たちを迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。今年は1年生もOBも多くて嬉しいねぇ。演奏聞かせてもらうの、楽しみにしてるよ」
「はい、頑張ります。では、宿の注意点をオーナーからお願いします」
深く頭を下げたサエちゃん部長が、場所をオーナーさんに譲る。
「毎年きれいに使ってもらってるから、1年生は先輩が指導してくれたらいいよ。ひとつ特別にお願いしたいのは、蛍のこと。ここは蛍がたくさん生息しているところなんだ。でもね」
青空の下に広がる緑の稲田を、オーナーさんがぐるりと見渡した。
「決してつかまえようとはしないでね。蛍ってすっごく小さくて、地上に出てからは、2週間くらいしか生きられないんだ。村のみんなで守っている財産だから、手につかむのではなく、記憶に残して帰ってください」
「知ってたか?ヨースケ」
「全然」
隣に並ぶリョータに俺は首を横に振る。
今まで見たこともなかったし、蛍がそんな儚い存在だとは知らなかった。
「蛍がたくさんいて星もきれい。合宿中、1回は蛍狩りと星見をする」と聞いてたから、なんならホタルブクロでも見つけて閉じ込めようと思ってたけど、ダメらしい。
どさくさに紛れて萌黄 さんにプレゼントしたら、喜んでくれるかと思ったけど。
ほかのものだったら何がいいだろう。
野花なんかを摘んで、そっと渡したら……。
いや、どんなシチュエーションでだよ。
キザすぎて自分がいたたまれない。
せっかく会えたというのに告白できずにいる俺は、それならせめて何かプレゼントでもと、アイ子さんにアドバイスを求めたんだけど。
「花束は?小学生の分際 で、すってきなのあげてたじゃん」
にんまりと笑うアイ子さんは、やっぱりバフォメット。
「あれは演奏会だったじゃないですか。今は理由がないです」
「コクるときに渡せば?」
「ぶほっ」
合宿前のOB訪問中。
休み時間にアイ子さんを呼び出したら、自動販売機でコーヒーを奢 らされた。
しかも、一番高い”贅沢 ミルク”を。
「やだぁ~。メーちゃんったら、きったなぁ~い」
思わず飲んでいたコーヒーを吹きだして、慌ててあごを手の平で拭 う俺の横で、アイ子さんはニヨニヨ笑っている。
「こ、コクるとか、それはそんな、あの……」
「萌黄 以外みーんなわかってんだから、さっさと突撃しなさいよ」
「……肝心の萌黄 さんがわかってなかったら、意味ないじゃないですか」
「それな」
飲み干したペットボトルをゴミ箱に入れながら、アイ子さんは片頬を上げた。
「自分に向けられる好意には、無自覚で壁を作りがちだからねぇ、あの子は。ま、メーちゃんがあげるなら、おもちゃの指輪でも何でも喜ぶだろうけど」
「そんなもんですか?」
「と思うよ。メーちゃんは萌黄 のトクベツだし」
「!」
「トクベツ」のワードが俺の心拍数を爆上げしたけれど。
「ほら、息子からのプレゼントって、図工の作品だろうと絵だろうと、お母さんは何でも喜ぶじゃない?」
「……もういいです」
「くぁっはははは!」
からかわれたとわかってるけど、プライドがズタズタだ。
息子って。
「小さな男の子」よりも後退している。
もちろん、「本物の指輪」を用意できるわけはないんだけれど。
早く大人になりたい。
どうして俺は、あと6年早く生まれなかったのかな。
なんて、うだうだ考えていたのも遠い思い出。
「なんだ、その気の抜けた音はっ。クジラの屁じゃないんだぞ!腹が減って音が出ないんなら、昼飯後もう一度やるかっ」
俺たちが今いるのは、美しい青田に囲まれた村営体育館。
その窓という窓が開け放たれていて、二重人格顧問とスイブ部員たちの間を、爽やかな風が吹き抜けていく。
けれど、熱血指導に冷汗脂汗をかいて演奏する俺たちは、その心地よさを感じる余裕もなかった。
「クジラの屁ってなんだ、ヨースケ」
「しらねーよ」
息も絶え絶えなリョータに、俺は青息吐息で返事をする。
合宿のスケジュールはだいたい決まっていて、午前中は筋トレとパート練習が中心。
昼前には全部員がそろって、二重人格顧問からご指導をちょうだいする。
みんなが青ざめるのはこの時間。
昼食後、午後3時くらいまでは自由時間。
オーナーさんが車を出してくれて、村営運動場でパート対抗のゲームをやったり、交流のある農家さんの畑で、野菜の収穫体験なんかもする。
自由時間終了から夕飯までは、最終日のライブコンテストに向けたグループ練習。
それが早めに切り上がった場合は自主練。
そして、夕飯後の1時間は、サエちゃん部長の指揮での曲合わせ。
そのあと消灯までは各自の自由で、風呂に入るのも、OB部屋でトランプ大会をやるのもこの時間。
もう、一日目からめちゃくちゃ楽しくて「ヨースケ顔がだらしない。口閉じとけよ」なんて、リョータから突っ込まれるくらいだった。
でも、24時間「おはよう」から「おやすみ」まで萌黄 さんと一緒なんだよ?
浮かれるなって言うほうが無理。
◇
「雪下 先輩ってさぁ」
二日目午後のグループ練習時間。
トランペットの森本は、同じグループになったクラリネットの同級生に口を尖らせていた。
「木場野 君のこと構い過ぎじゃない?根っからのショタコン疑惑ありありだよ。ゆるふわ女子典型の可愛い顔してさあ」
「あんた、ナニ言い出した?」
クラリネットを抱きしめた同級生が、大げさなほど体を引く。
「木場野 君に怒鳴られたいの?」
クラリネット女子がブルリと震えるのも無理はない。
市島を怒鳴った羊介 の声は、南棟はもとより、全校舎に響いたとか響かなかったとか。
いずれにしても、同じ日に校内にいたかなりの数の人間から「吹奏楽部は猛獣でも飼っているのか」、「派閥抗争でもあったのか」と問い合わせがあったという。
「だってさぁ、あのふたりのトランペットって、おそろなんだよ」
「え、そうなんだ!」
1年女子二人組が目を向けたのは、村営体育館の掃き出し窓の向こう側。
そこから見える民宿の広い駐車場では、同じグループの羊介 と萌黄 が、向かい合ってトランペットを演奏している。
「どうりで、ふたりのハモリってきれいだと思った」
「木場野 君にはお古あげてさ、自分はちゃっかり新しいの買ってるんだよ。しかも、おそろの」
「え、べつによくない?」
「だって、それって匂わせじゃん。ずっと自分が吹いてたトランペットを押し付けてさ。マーキングしてんのかっての」
「モリ―、それ言いすぎ、」
クラリネット女子がたしなめようとした、そのとき。
「楽器が古いとダメっていうのは、どんな価値観?ストラディバリウスに泣いて謝れ」
「うぇ?」
「き、鬼龍院 先輩」
油の切れたゼンマイ人形のように一年女子たちが振り返ると、そこには魅惑の悪魔な微笑みが待ち構えていた。
「確かに、あのふたりの演奏には嫉妬を覚えるよね。でも、それが楽器のおかげだって、本気で思ってんのかい?新人少女」
「あの、えっと」
森本の目が、狭い生簀 に閉じ込められた小魚のように泳ぎ出す。
「あれは心が重なり合ってる音だよ。同じ曲を、同じ気持ちで奏でている。だから、これほどまでに聴く者をとらえて離さない。あれ以上の演奏ができる自信があるなら、奪っておいで。そういう度胸は嫌いじゃないよ。……ふふん、匂わせだって?じゃあ寝取ってくれば?」
高校生に向けるには際どいセリフで、アイ子が挑発的に笑った。
「お手並み拝見といくよ。……おい、サエちゃん!」
体育館の反対側で固まっているグループに放たれたアイ子の声に、森本の体が跳ね上がる。
「最終日の曲目、変更したいんだけど」
「えぇ?いきなり何を言い出すんですか、鬼龍院 先輩。オレの選曲にご不満が?」
「不満はないけど、城っちんとこと同じ曲をやりたい」
アイ子が言う「城っち」とは城田副部長のことで、1年女子たちのグループリーダーだ。
「や、ヤバいヤバいヤバい。……モリぃぃ」
「だってだって」
クラリネット片手にツカツカと歩き去っていくアイ子の背中を見送り、縮こまって顔を突き合わせて。
震えあがる1年女子たちの隣を、副部長城田が大慌てで走り抜けていった。
そうしてその後、森本とクラリネット女子は……。
城田と自分たちのパートリーダーに呼び出されて、「心無い言葉で仲間を貶 めない」と誓った末に、やっとアイ子の怒りを鎮めることに成功したのだった。
もちろん、クラリネット女子にとっては、とばっちりでしかない。
「おいモリー。帰ったらパンケーキごちそうしなさいよ」
「……うん、ほんとゴメン……」
なんでうちの部には顧問を筆頭に、アンタッチャブルな人物がこんなにいるのかと森本はうなだれる。
「でもさ、雪下 先輩のことをあんなふうに言ったのは、やっぱりダメだったよ。木場野 君がどれほど先輩のことを大切に思ってるかは、あんただって、ホントはわかってるんでしょ?」
クラリネット女子が森本の肩をぽんぽんと叩いた。
「うん……」
「気持ちはわかるよ。木場野 君、まるで別人だもの。うらやましいくらい、ぞっこんだよねぇ」
「……うん」
ほとんど笑わず、会話することさえ面倒そうだった木場野 はどこへ行ったのだろうと思いながら、森本が目を上げれば。
「ひでぇよ萌黄 さ、先輩、ズルだぞっ。そんなデカい水鉄砲!」
自主練習を終えたらしいふたりは、トランペットを水鉄砲に持ち替えて遊んでいる。
羊介 も片手の水鉄砲を突き出して狙うが、ひと抱 えもある大きな水鉄砲を操る萌黄 を前に為す術もなく、集中放水を浴びて濡れぼそっている。
「んふふふ。ちゃんと探さないからだよー。発射~!」
「どこに隠してたんだよ、そんなん!くそっ、プールならアザラシ萌黄 に負けたりしねぇのにっ、ぶぁっ!」
「このぉ、メーちゃんめっ!」
「わ、ギブギブ!萌黄 さん、降参降参っ」
「こら、先輩って呼ばなきゃダメでしょ!」
「げ、ゲホゲホ」
「反省した?」
「うん、ごめんね、萌黄 さん」
「わざとだな?教育的指導~!」
「違うって!ちが、ちがいますぅ~。……どんだけ水入ってんの?その水鉄砲!」
萌黄 は至極真面目に怒っているらしいのだが、どう見たってただの「仲良し」だ。
いや、どちらかと言えばただのいちゃついているカップルに過ぎないし、羊介 にいたっては、尻に敷かれて喜んでいるカレシでしかない。
「モリ―。先にジュースおごっとくわ。泣き言なら聞くよ」
「ありがと。なんか、もういいって感じがしてきた」
「だろうねぇ。不戦敗ですな、どう見ても」
「あんなの、寝取れるわけないじゃんね」
「うげぇ。あんた、あれ本気にしてんの」
「してないけどさ。それに、そんなことしようとしたら、木場野 君に軽蔑されると思う」
「軽蔑も何も、返り討ちにあっておしまいじゃない?」
「……ね」
嫉妬するのもバカバカしいほど、仲良くじゃれ合うふたりを眺めながら。
1年女子ふたりは、民宿の自動販売機で買った炭酸飲料を傾け、同時に盛大な息を吐いたのだった。
お世話になって20年以上になるそうで、先代からオーナー業を引き継いだという息子さんが、俺たちを迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。今年は1年生もOBも多くて嬉しいねぇ。演奏聞かせてもらうの、楽しみにしてるよ」
「はい、頑張ります。では、宿の注意点をオーナーからお願いします」
深く頭を下げたサエちゃん部長が、場所をオーナーさんに譲る。
「毎年きれいに使ってもらってるから、1年生は先輩が指導してくれたらいいよ。ひとつ特別にお願いしたいのは、蛍のこと。ここは蛍がたくさん生息しているところなんだ。でもね」
青空の下に広がる緑の稲田を、オーナーさんがぐるりと見渡した。
「決してつかまえようとはしないでね。蛍ってすっごく小さくて、地上に出てからは、2週間くらいしか生きられないんだ。村のみんなで守っている財産だから、手につかむのではなく、記憶に残して帰ってください」
「知ってたか?ヨースケ」
「全然」
隣に並ぶリョータに俺は首を横に振る。
今まで見たこともなかったし、蛍がそんな儚い存在だとは知らなかった。
「蛍がたくさんいて星もきれい。合宿中、1回は蛍狩りと星見をする」と聞いてたから、なんならホタルブクロでも見つけて閉じ込めようと思ってたけど、ダメらしい。
どさくさに紛れて
ほかのものだったら何がいいだろう。
野花なんかを摘んで、そっと渡したら……。
いや、どんなシチュエーションでだよ。
キザすぎて自分がいたたまれない。
せっかく会えたというのに告白できずにいる俺は、それならせめて何かプレゼントでもと、アイ子さんにアドバイスを求めたんだけど。
「花束は?小学生の
にんまりと笑うアイ子さんは、やっぱりバフォメット。
「あれは演奏会だったじゃないですか。今は理由がないです」
「コクるときに渡せば?」
「ぶほっ」
合宿前のOB訪問中。
休み時間にアイ子さんを呼び出したら、自動販売機でコーヒーを
しかも、一番高い”
「やだぁ~。メーちゃんったら、きったなぁ~い」
思わず飲んでいたコーヒーを吹きだして、慌ててあごを手の平で
「こ、コクるとか、それはそんな、あの……」
「
「……肝心の
「それな」
飲み干したペットボトルをゴミ箱に入れながら、アイ子さんは片頬を上げた。
「自分に向けられる好意には、無自覚で壁を作りがちだからねぇ、あの子は。ま、メーちゃんがあげるなら、おもちゃの指輪でも何でも喜ぶだろうけど」
「そんなもんですか?」
「と思うよ。メーちゃんは
「!」
「トクベツ」のワードが俺の心拍数を爆上げしたけれど。
「ほら、息子からのプレゼントって、図工の作品だろうと絵だろうと、お母さんは何でも喜ぶじゃない?」
「……もういいです」
「くぁっはははは!」
からかわれたとわかってるけど、プライドがズタズタだ。
息子って。
「小さな男の子」よりも後退している。
もちろん、「本物の指輪」を用意できるわけはないんだけれど。
早く大人になりたい。
どうして俺は、あと6年早く生まれなかったのかな。
なんて、うだうだ考えていたのも遠い思い出。
「なんだ、その気の抜けた音はっ。クジラの屁じゃないんだぞ!腹が減って音が出ないんなら、昼飯後もう一度やるかっ」
俺たちが今いるのは、美しい青田に囲まれた村営体育館。
その窓という窓が開け放たれていて、二重人格顧問とスイブ部員たちの間を、爽やかな風が吹き抜けていく。
けれど、熱血指導に冷汗脂汗をかいて演奏する俺たちは、その心地よさを感じる余裕もなかった。
「クジラの屁ってなんだ、ヨースケ」
「しらねーよ」
息も絶え絶えなリョータに、俺は青息吐息で返事をする。
合宿のスケジュールはだいたい決まっていて、午前中は筋トレとパート練習が中心。
昼前には全部員がそろって、二重人格顧問からご指導をちょうだいする。
みんなが青ざめるのはこの時間。
昼食後、午後3時くらいまでは自由時間。
オーナーさんが車を出してくれて、村営運動場でパート対抗のゲームをやったり、交流のある農家さんの畑で、野菜の収穫体験なんかもする。
自由時間終了から夕飯までは、最終日のライブコンテストに向けたグループ練習。
それが早めに切り上がった場合は自主練。
そして、夕飯後の1時間は、サエちゃん部長の指揮での曲合わせ。
そのあと消灯までは各自の自由で、風呂に入るのも、OB部屋でトランプ大会をやるのもこの時間。
もう、一日目からめちゃくちゃ楽しくて「ヨースケ顔がだらしない。口閉じとけよ」なんて、リョータから突っ込まれるくらいだった。
でも、24時間「おはよう」から「おやすみ」まで
浮かれるなって言うほうが無理。
◇
「
二日目午後のグループ練習時間。
トランペットの森本は、同じグループになったクラリネットの同級生に口を尖らせていた。
「
「あんた、ナニ言い出した?」
クラリネットを抱きしめた同級生が、大げさなほど体を引く。
「
クラリネット女子がブルリと震えるのも無理はない。
市島を怒鳴った
いずれにしても、同じ日に校内にいたかなりの数の人間から「吹奏楽部は猛獣でも飼っているのか」、「派閥抗争でもあったのか」と問い合わせがあったという。
「だってさぁ、あのふたりのトランペットって、おそろなんだよ」
「え、そうなんだ!」
1年女子二人組が目を向けたのは、村営体育館の掃き出し窓の向こう側。
そこから見える民宿の広い駐車場では、同じグループの
「どうりで、ふたりのハモリってきれいだと思った」
「
「え、べつによくない?」
「だって、それって匂わせじゃん。ずっと自分が吹いてたトランペットを押し付けてさ。マーキングしてんのかっての」
「モリ―、それ言いすぎ、」
クラリネット女子がたしなめようとした、そのとき。
「楽器が古いとダメっていうのは、どんな価値観?ストラディバリウスに泣いて謝れ」
「うぇ?」
「き、
油の切れたゼンマイ人形のように一年女子たちが振り返ると、そこには魅惑の悪魔な微笑みが待ち構えていた。
「確かに、あのふたりの演奏には嫉妬を覚えるよね。でも、それが楽器のおかげだって、本気で思ってんのかい?新人少女」
「あの、えっと」
森本の目が、狭い
「あれは心が重なり合ってる音だよ。同じ曲を、同じ気持ちで奏でている。だから、これほどまでに聴く者をとらえて離さない。あれ以上の演奏ができる自信があるなら、奪っておいで。そういう度胸は嫌いじゃないよ。……ふふん、匂わせだって?じゃあ寝取ってくれば?」
高校生に向けるには際どいセリフで、アイ子が挑発的に笑った。
「お手並み拝見といくよ。……おい、サエちゃん!」
体育館の反対側で固まっているグループに放たれたアイ子の声に、森本の体が跳ね上がる。
「最終日の曲目、変更したいんだけど」
「えぇ?いきなり何を言い出すんですか、
「不満はないけど、城っちんとこと同じ曲をやりたい」
アイ子が言う「城っち」とは城田副部長のことで、1年女子たちのグループリーダーだ。
「や、ヤバいヤバいヤバい。……モリぃぃ」
「だってだって」
クラリネット片手にツカツカと歩き去っていくアイ子の背中を見送り、縮こまって顔を突き合わせて。
震えあがる1年女子たちの隣を、副部長城田が大慌てで走り抜けていった。
そうしてその後、森本とクラリネット女子は……。
城田と自分たちのパートリーダーに呼び出されて、「心無い言葉で仲間を
もちろん、クラリネット女子にとっては、とばっちりでしかない。
「おいモリー。帰ったらパンケーキごちそうしなさいよ」
「……うん、ほんとゴメン……」
なんでうちの部には顧問を筆頭に、アンタッチャブルな人物がこんなにいるのかと森本はうなだれる。
「でもさ、
クラリネット女子が森本の肩をぽんぽんと叩いた。
「うん……」
「気持ちはわかるよ。
「……うん」
ほとんど笑わず、会話することさえ面倒そうだった
「ひでぇよ
自主練習を終えたらしいふたりは、トランペットを水鉄砲に持ち替えて遊んでいる。
「んふふふ。ちゃんと探さないからだよー。発射~!」
「どこに隠してたんだよ、そんなん!くそっ、プールならアザラシ
「このぉ、メーちゃんめっ!」
「わ、ギブギブ!
「こら、先輩って呼ばなきゃダメでしょ!」
「げ、ゲホゲホ」
「反省した?」
「うん、ごめんね、
「わざとだな?教育的指導~!」
「違うって!ちが、ちがいますぅ~。……どんだけ水入ってんの?その水鉄砲!」
いや、どちらかと言えばただのいちゃついているカップルに過ぎないし、
「モリ―。先にジュースおごっとくわ。泣き言なら聞くよ」
「ありがと。なんか、もういいって感じがしてきた」
「だろうねぇ。不戦敗ですな、どう見ても」
「あんなの、寝取れるわけないじゃんね」
「うげぇ。あんた、あれ本気にしてんの」
「してないけどさ。それに、そんなことしようとしたら、
「軽蔑も何も、返り討ちにあっておしまいじゃない?」
「……ね」
嫉妬するのもバカバカしいほど、仲良くじゃれ合うふたりを眺めながら。
1年女子ふたりは、民宿の自動販売機で買った炭酸飲料を傾け、同時に盛大な息を吐いたのだった。