意思堅固の初志貫徹

文字数 4,901文字

 もう寝ようかなと思っているときに、充電中のスマートフォンが震えた。
 着信画面を見れば「アイ子」の文字が光っている。
 なんと感がいいのだろう、私の親友は。
「はーい。おやすみー」
「ちょ、出てすぐに切るな切るな!」
 アイ子を焦らせることができたので、少しはつき合ってもいいかな、という心持ちになる。
「なあに、どうしたの?こんなに遅くに」
「遅くって、遅い?いつもはもっと起きて……。ははぁ~ん。さては明日デートだな?健全な高校生とのおデートは、日中じゃないとだめですもんねー」
「人聞きの悪い。健全でなかったことなんかないもん」
「あれ?萌黄(もえぎ)ってば、大学でカレシなんかいたっけ」
「……いないけど」
「市島とは健全ではなかったでしょ」
「あっちが不埒なこと考えてただけで、お付き合い自体はとっても健全でした。……アイ子

のおかげでね」
「なによー、文句がおあり?」
「いーえ?私の家族とずいぶん気が合うようですね、私の親友は。……でもね、本当に感謝してる。アイ子、いつもありがとう」
「なになになに。いきなり感謝されて、アタシ明日死ぬのかな?」
「失礼な。人をまるで一度も感謝したことがないみたいに。で、何の用事よ」
「明日、出かけない?」
「出かけない」
「きゃー、即答?!やっぱりおデートなのねっ。どこに?」
「……教える必要ある?」
「ないねー、まったくないねー。ただの好奇心だねー。6歳年下のカレピとデートって、どこ行くのかなって」
「映画っ」
「ふぅーん?普通だね。何の映画?」
「今流行ってる……」
「あれかー。じゃあ、行くのはエキナカの映画館?」
「そう。一番席数が多いし」
「ああ、座れない回もあるらしいね。チケットは取ったの?」
「うん。

デートですから」
「デートって、やっと自ら認めたか」
「うぐぐ」
「ま、普通が一番だよねー。でもさ、普通なのにもう寝るの?早くない?待ち合わせ、そんなに早いの?早朝デート?始発で行くの?」
 尋問か!
「始発で行くわけないでしょっ」
「でも早いんだ。あの映画って昼からだよねぇ。エキナカ映画館だと」
 しまった……。
 なんでそんなことまで把握しているのか、我が親友は。
 やっぱり誘導尋問だった!
「アイ子キライ」
「えー、さっきの感謝はー?」
「取り消す」
 スマートフォンの向こうで、ニヨニヨしているアイ子の顔が見える。
 見えるぞ、はっきりと。
「どこで待ち合わせてんのさ」
「……ふぅ」
 もう諦めよう。
 この親友が本気を出したときに、勝てたことなどないのだから。
「高校の校門」
「は?なんでまた」
「話すと長い」
「かいつまんで」
羊介(ようすけ)くんにオシオキするため」
「くはっ、くぁっはははは!」
 この笑い方さえなければ、十全の美女なんだけどな、アイ子は。
「なにやらかしたのー、メーちゃん」
「そこまで踏み込むのはさすがに無礼じゃない?恋人同士の秘密です」
「ほぅ。言うようになったじゃん。ま、その程度のトラブルなんだね?」
「トラブルってほどのことでもないよ。だって、あの羊介(ようすけ)くんよ?」
「だよねー。萌黄(もえぎ)に嫌われるくらいなら、全世界を滅ぼすほうを選ぶよね、あの子は」
「なんの異世界転生ファンタジーよ、それ」
「いやいやいや。メーちゃんの執着、甘くみないほうがいいんじゃない?」
「みてないわよ。だから、オシオキするんだもん」
「えっ……。ホントにやらかした?」
「多分ね」
「ほぅほぅ。萌黄(もえぎ)も成長したなぁ。じゃ、ご武運を祈る!」
 プツリ。
 ……で、いったい何のために電話してきたんだろう、アイ子ってば。


「ごめんなさい……」
「もういいから」
 私のスマートフォンに、無許可で位置情報アプリを入れやがった、というトラブルを解決して(アンインストールさせて、説教して)、予定どおりの映画を見て。
 映画館を出たところで、大きな羊が背中を丸くして頭を下げてくる。
「あの、でもさ、俺」
「うん、わかってる。不安にさせてごめんね」
「もう怒ってない?」
「怒ってたらデートしないでしょ」
 そう言って、ペアリングをはめた手を目の前にかざしてあげれば。
「……うん」
 やっと笑顔になった羊介(ようすけ)くんが、ぱっと手をつかんで握りしめてくる。
 私たちの右手にあるのは、今日私がプレゼントしたペアリング。
 薬指にはめているのは「恋人がいます」というメッセージ。
 彼が高校を卒業する前に社会人になってしまう私に、焦った羊介(ようすけ)くんがしでかしたことは、よくないけれど。
 約束を果たせずに、三年間も孤独を抱えさせてしまったのだと思えば、その不安は私のせいだ。
 だから、ペアリングを贈った。
 いつも思っているよと、いつも心はあなたと共にと証明するために。
萌黄(もえぎ)さん、これからどうする?」
「お茶でもする?」
「したい!」
 ぱっと顔を輝かせた羊介(ようすけ)くんは、思いがけないお散歩につれていってもらえるとわかったときの、ラッキーみたい。
「海のほうにさ、新しいカフェがオープンしたんだって。こないだネットに上がってたんだけど、そこに行ってみない?」
「いいね。なら、ケーブルカーに乗ってみる?私、まだ乗ったことないんだ」
「うーん。できれば歩きたいかな」
「そう?」
「だってさ」
 握っていた手を口元に持っていったかと思ったら、そのままキスされてびっくりしてしまう。
「な、なにするのっ。……こんなところで」
「誰も俺らのことなんか気にしてないって」
 そのまま羊介(ようすけ)くんがしゃべるものだから、吐息が指先にかかって、くすぐったいやら恥ずかしいやら。
「ケーブルカーに乗ったら、ほかの人もいるだろ?萌黄(もえぎ)さんとの時間、誰にも邪魔されたくない。また、しばらく会えないんだから」
 握った手の向こうから見つめてくる瞳が切なそうで、私もずいぶん甘いなと思いながらもうなずいてしまう。
「お散歩がてら、歩いて行こうか」
「うん!」
 ブンブンと振るシッポが見えるような羊介(ようすけ)くんが、私の手を引いて歩き出した。

萌黄(もえぎ)さん、こっちこっち!こっち見て!」
 アフタヌーンティーでおなかがふくれた私たちは、海沿いを歩いて公園まで来ている。
 ちょうど秋バラが見ごろで、散歩をする家族連れや、写真を撮る人などで賑わっていた。
 そうして今、私が何をしているかというと。
「ねえ、そんなに写真撮る必要、ある?」
 違う品種のバラに出会うたび、羊介(ようすけ)くんが写真を撮りたがることに閉口している。
 毎回一緒に写真に撮られる、こっちの身にもなってほしい。
 それも、同じ構図で何枚も。
「ある!今日という日は二度と来ないっ」
「一枚でよくない?」
「ダメ。全部違うバラだし。それにさ、キレイなものって残したくなるじゃん?バラも萌黄(もえぎ)さんもキレイだから」
「あらあら、仲良しさんねぇ」
 通りすがりのご夫婦の奥さんのほうが、こっちを微笑ましそうに見て歩き去っていく。
羊介(ようすけ)くんっ」
「なに」
「は、恥ずかしい、からっ」
「なんで?」
「なんで?!」
 なんでとは。
 羊介(ようすけ)くんの「恥ずかしバロメーター」はどうなっているのか。
「だって、私そんなにきれいとかじゃないし」
「キレイだよ?なに言ってんの」
 それが「馬鹿にしてるの?」とでも言いたげな、ちょっと怒っているくらいの口調なものだから。
 もうまったく頭が痛い。
「きれいなのは羊介(ようすけ)くんでしょ!」
 よし、仕返しをしようと思い立って、スマートフォンを構える。
「ほらほらイケメン君、バラを背負った写真を撮るよ~」
「おっけー」
 あれ、あっさり了承されちゃった。
 ここは「やだよ、男がバラと一緒になんて」と言うところじゃない?
「その代わり、条件があるけど。いい?」
「条件?難しいのはダメだよ。あ、あと、また位置情報アプリ入れるとかもダメ」
「そんなことしねぇって。……ねえ」
 羊介(ようすけ)くんの腕が肩に伸びて、その胸に引き寄せられた。
「ふたりで撮ろう。俺、その写真お守りにする」
「お、お守り?」
 広くて温かい胸に抱かれて、場所も忘れてドキドキしてしまう。
「中坊のころはさ、会えない間のお守りは、萌黄(もえぎ)さんの手紙だったけど。せっかく恋人同士になったんだから、新しいお守りが欲しい」
 羊介(ようすけ)くんが自分のスマートフォンを掲げて、自撮りモードに設定した。
「もう俺は待たなくていいって、萌黄(もえぎ)さんは俺のものだって証拠を持っていたいんだ。……ダメ?」
 だから、そんな子犬のような目をしないでくれないかな。
「ダメじゃないよ。……撮ろうか」
「やった!ほら、萌黄(もえぎ)さん、もっとこっち来て。そんな離れてたら収まんないだろ。もっとほっぺた」
「ウソ、そんなくっつかなくったって」
「ダメ、絶対ダメ。ほら、動かないで。はい、1+1は?」
「「……にぃー」」
 パシャリと音がして、この瞬間がデータに閉じ込められていった。

「この写真、すっげぇいい。あ、これも。これも!」
 公園のベンチに座って、撮影した写真のひとり講評大会をしている羊介(ようすけ)くんは……、なんだろう。
 だんだんと残念なイケメン化しているようで、心配になる。
「ねえ、この写真、待ち受けにしていい?」
「え、だめ、絶対ダメ!」
「えぇ、なんで?かわいいじゃん」
 見せられたのは、大口を開けてケーキを頬張っている私。
 いつ撮ったの、こんな写真!
「じゃあ、これは?」
「きゃー、なにこれ!」
 今度はあの懐かしの原っぱで、ブルーシートに寝転んでいる私が画面いっぱいに映し出されている。
「ほら、二日酔いだーって言ってたときの」
「そんな写真、もう消してったら」
「やだ」
「やだじゃないっ」
「だめ」
「だめじゃないっ」
「著作権は俺にあります」
「肖像権は私にありますっ」
「待ち受けにする」
「絶交する!」
 とうっかり叫んでしまえば。
「え……、絶交?ほんとに?もう会ってくれない?」
 しゅーんと耳とシッポが垂れた大型犬のようになってしまった羊介(ようすけ)くんに、罪悪感が半端ない。
「う、ウソウソ、ごめんね。でも、それを待ち受けにされるのは、さすがにイヤかな」
「うん、わかった。じゃあしょうがないな、これならどう?」
 そうしてふたりで撮った写真を見せられれば、今までのアレコレよりもましな気がして。
 いつの間にか、待ち受けにすることを了解していた。

 どうしてそうなったのか、いくら考えてもわからないのだけれど。
 それから羊介(ようすけ)くんの待ち受けは、私との「ラブラブ写真」(アイ子曰く)になってしまったのだ。
 おかしいなあ。
 いつもだったら、絶対拒否する案件なのに。
 ……でも。
「そんなに幸せ?」
「うん、すっげぇ幸せ」
 ふたりの写真を目にするたび、嬉しそうに笑う可愛い人を見れば。
「……しょうがないなぁ」
 これが正解だったと思えてしまう。


「ねえ、メーちゃん」
「なんですか、アイ子さん」
「うまくやったぁねぇ、キミは」
「なんのことですか?」
「しらばっくれちゃって。どんな手を使ったのさ。あの萌黄(もえぎ)が、あんな待ち受けを許すとか、あり得ないんだけど」
「あり得たじゃないですか。愛ですよ、愛」
「うっそつけ、この腹黒羊」
「心外ですね。俺のおなかは真っ白ですよ。メリノ種なんで」
「それ、白いのは外側だけじゃん。ったくこの黒山羊め」
 アイ子さんと飲むという萌黄(もえぎ)さんに無理やりくっついてきた俺は、うっかりと捕まり、尋問を受けている。
 というのも、いつの間にか俺の待ち受けを見られてしまったから。
 誰にも見せる予定はなかったのに、ホントに油断がならない。
 黒山羊だと?それはアンタだろ、このバフォメットめ。
 とはいうものの、ちょっとズルをした自覚はあるので、あまり強くも出られない。
 俺の大事な人は、本当に心配になるくらいチョロいんだ。
 待ち受けだって、きっと萌黄(もえぎ)さんひとりで撮った写真なら、それなりに許してくれたと思う。
 でも、俺はふたりで撮った写真にしたかったんだ。
 俺と萌黄(もえぎ)さんが恋人同士だっていう証拠を、目に見える形で残したかったから。
 一番ダメそうな写真を見せて、ハードルを下げていって。
 最後はウルウルした瞳をすれば、これで完成。
 あまりに「マテ」をされた時間が長かったから、萌黄(もえぎ)さんを捕らえるためには、多少手段が強引になる自覚はある。
 けど、諦めて、萌黄(もえぎ)さん。
 だって、これが俺の人生をかけた「初志貫徹」なんだから。
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