第27話 自分にできること

文字数 3,697文字

 とっくに日は暮れていた。
 夕食を済ませ、風呂に来たのはいいけれど。
 脱衣所にて。

「ユウ、前世以来かな。一千年ぶりかも」

 豊満な裸体を手で隠して、幼なじみは言う。
 昨日までと決定的に異なるのは、穂乃花の存在だ。

 小夜さんと美紅ちゃんの裸にはだいぶ慣れてきた。
 というか、ふたりは最初から介護の相手だったので、僕の男子が荒ぶることがあったけど、あくまでも生理的なもの。

 しかし、穂乃花はちがう。いくら幼なじみでも異性として意識してしまう。

 生まれたままの姿を晒す穂乃花を前に、僕は激しく動揺していた。
 数年前まで一緒に入ってたよ。でも、あの頃はお互いに子どもだったんだ。

 それが今や食べごろに熟れた果実というか。
 束縛から解放された双山は、おいしそうに自己主張していた。
 頂点だけは手で隠されているけど、お肉が細い腕に押しつぶされている。たゆんと形が変わり、かえってエロいというか。
 下ろした銀髪も艶めかしさに拍車をかけているし。

 いつもの僕だったら、間違いなく子どもが暴動を起こしていただろう。
 けれど、美少女の裸体×3を前にしても、僕の血流が活発になることはなかった。
 むしろ、幼なじみがこの場にいることを思い知らされて、萎んでいく。

「なにをしておる。って、今日は元気がないようじゃのう。仕方がない。妾がご奉仕してやるとしよう」

 テンションが上がらなくて、注意する気も起こらない。
 僕は小夜さんの手を引いて、大浴場へ。

 惰性で小夜さんと美紅ちゃんの身体を洗った後、今度は穂乃花の番に。
 穂乃花はバスチェアに座り、僕は彼女の後ろで膝立ちになる。

「僕が洗っていいのかな」

 ふと声が漏れてしまう。

「うん。だって、あたしたち前世からの因縁だもん。現世(うつしよ)での記憶が失われても、絆は永遠よ」

 ちょっと中二病が入っているけど、なんとか会話は成り立っている。
 僕との思い出を忘れているだけで、日常生活に支障をきたすような記憶の混乱は起こしていない。着替えやトイレ、食事とかも普通だし。

「あたし、思い出したいの。ユウとのこと。だから、背中だけでもしてほしいかな」

「わかった」

 ふわふわ仕様のタオルにボディソープをつけて、肉づきの良い身体に触れる。

「ひゃうぅんんっ」

「ごめん、痛かった?」

「ううん、くすぐったいというか……。それに、懐かしい気がするの」

「あっ」

 そういえば、小学生の頃も洗いっこしていて、くすぐったそうにしてたんだった。
 僕にとっても懐かしいけれど、切なくなる。

 複雑な気分で仕事を続けるのだった。

 入浴後。三人が寝ることになった女子部屋にて。
 小夜さんの髪にドライヤーを当てながら、僕は考える。

 しょんぼりしていても、時間は流れるし、生理現象もある。
 普通に食事をして、お風呂に入って。トイレにも行って。

 ロリババア病の子たちと出会って、僕がしてきたことというと……。
 みんなが失敗しないように見守って。
 小夜さんが粗相したら笑って処理して。

 ただ、それだけ。
 日向先生ですら、現実を変えられなかったんだ。無力な僕にできることなど少ない。

 中途半端な自分の異能に希望も抱けず、無力感に襲われるばかり。

 熱風が乙女の髪を乾燥させていく。
 ドライヤーの方が僕よりも仕事をしているじゃないか。そんなことすら思えてくる。

 これから、どうなるんだろう?
 ロリババア病は治せない。
 穂乃花みたいに誰かが感染する恐れがある。だから、みんなは外に出られない。

 お先が真っ暗だ。
 おばあちゃんを介護していた時のように。
 病気になった老人は猛烈な速度で弱っていく。脳も筋肉も、内臓も。まるで、人生のラストスパートとでも言わんばかりに。
 おばあちゃんの場合は、最後はあっけなく終わったんだけどね。

 もちろん、ロリババア病の少女たちは肉体的には若い。ナノマシンが寿命を縮めていなければ、数十年は生きられるはず。
 その間に、治療法が見つかる可能性もある。希望はゼロではない。

 けれど、今の僕には見えないんだ。
 僕はなにをすればいいんだろうか。

 惰性で美少女の介護をすることに徒労感を抱いてしまう。小夜さんの黒髪に櫛を当てながら、虚しくなる。

 小夜さんが振り向く。幼女みたいに純粋な笑みを浮かべ、「ありがとう」とつぶやいた。

 激しい罪悪感に襲われ、胸が苦しくなる。礼を言われる資格なんてないのに。
 僕は。僕は……。
 答えが出ない問題に悶々としていた時だった。

「今宵は新月ぞ。妾が支配する世が来たのじゃ」

 美紅ちゃんは傲然と胸を張って、叫び。

「ユウ、今夜は一千年ぶりの月よ。あの時の誓いを今こそ果たす時なの」

 穂乃花は目を潤ませて、僕を上目遣いで見て。

「私、締まりのない身体ですいません。生まれてきて……ママーン」

 小夜さんはネガティブな人格が表に現れた。

「えっ? 三人とも発作?」

 ウソでしょ。入学式の日。日向先生がわざと発作を起こさせたことはある。けれど、それ以外は時間が重なることはなかった。
 どうして、狙ったように三人同時なんだよ?

 などと迷っていたら、首筋にゾクリと寒気を覚えた。
 振り向くと、美紅ちゃんが酷薄な笑みを浮かべていた。

「若い血を妾に与えよ」

 美少女の八重歯が当たる。チクリと痛い。
 風呂上がりの髪からレモンの芳香が漂っていた。吐息が近づいてくる。

 僕は動けない。
 真祖モードを発動させた彼女に呑み込まれそうになる。
 美紅ちゃんは顎に力を入れる。痛みが僕を叱咤した。

 なにを僕はやってんだ!
 考えていても埒が明かないだろ。

「ごめん、美紅ちゃん」

 僕は彼女の首裏に左手を回し、うなじを撫でる。
 ビクッ。
 彼女が震えた隙をつき、耳たぶをさする。僕の手から暖かい光が出て、患者を包み込む。

 まずは、ひとり。
 が、その間に事態は悪化していた。

「私、赤ちゃん転生すれば、クズな人生から抜け出せますかね」

 小夜さん。ドアノブにヒモを結ぼうとしていた。

「な、なにを?」

「なにって決まってる。私、これから異世界に行くの」

 アカン。すぐに止めないと。僕は後ろから小夜さんの胴を掴む。女の子の柔らかい感触が伝わってくる。
 左手を胸のすぐ下に添え、パジャマの上着をめくり上げる。

 小夜さんは動きを止めた。
 僕は下から右手で彼女を撫でていく。

「はぅあぁぁん」

 甘ったるい声が桜色の口から漏れる。乾いたばかりの黒髪がなびいた。
 僕がお臍を愛撫すると、メンタルを病んでいた少女は穏やかな顔に戻っていく。

 これで、ふたり。残るは穂乃花。
 が、こっちもヒドいことになっていた。

「ユウ。あたしたちって千年の恋人だよね。なんで、他の女を愛してるの?」

「ち、ちがうんだ」

 とりあえず、部屋に包丁がなくて救われたというか。
 とはいえ、幼なじみは僕を殺してから自分も死にそうな顔をしている。目が据わっていて、禍々しい気配を放っていた。

 さて、どうやって、太ももを触るか。
 迷ったすえに。

「ごめん。僕はずっと君を見ているから」

「……う、うん」

 そのひと言で、幼なじみはルビーの瞳をとろけさせる。完全に恋する乙女だった。
 今だ。

「ごめん。穂乃花、大事にするから」

 僕が右手を伸ばすと、穂乃花は僕の方に倒れ込んできた。左手と胸で僕は彼女を受け止める。
 胸と胸が重なり合う。

「ユウ、愛して」

「うん、だから、良い子にしててね」

 僕は屈み込む。頭で幼なじみの胸を支える形になる。
 暴力的な感触が額に当たり、やがて視界は水色に染まった。彼女のパジャマだ。

 ふにゅんとした物体に顔の上半分が埋まる。
 慌てて、右手を斜め下へ。

「ひゃぅぅん!」

 モフンモフン。顔がふたつの膨らみにビンタされる。
 すさまじいまでの破壊力。でも、僕は治療を優先する。
 視界が閉ざされたまま、右手の中指を曲げる。なにかの割れ目に食い込んだ。

「しょこおぉぉっつ!」

 あ、あかん。その正体に気づいた僕は目的地を目がけて、膝をカクッと折り曲げる。
 その瞬間に手が光り、僕は成功したことを悟る。

 穂乃花はぐたっと脱力する。身を起こした僕は彼女を支えた。

 お姫様抱っこでベッドへ運んだ。
 これで三人とも発作から回復したのだが……。

 いつもは来るはずの正常モードにならず。
 三人とも寝息を立てていた。

 どうしたんだろう?
 床で寝ている小夜さんと美紅ちゃんを運びながら、僕は首をかしげる。

 ほっとしたら急に眠気が押し寄せてきた。
 隣の自室にすら移動する気力がなく、僕はカーペットの床に寝そべった。
 あっという間に意識が薄れていく。
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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