第22話 僕の幼なじみがおかしいのだが
文字数 1,802文字
「穂乃花、どうした!」
僕は叫びながら日向先生の部屋を飛び出した。木の床が鈍い音を立てる。もどかしい。走る。滑る。スリッパが脱げた。靴下のまま足を動かしたのが失敗だった。
転倒しそうになり、手をバタつかせて、バランスを取る。食堂の入り口だった。
「焦っちゃダメでしょ」
自分に言い聞かせていたら、食堂に隣接するキッチンから幼なじみが歩いてくる。
弛緩しきった顔で、涎を垂らして。
包丁とまな板を持って。
「おにいさん、だれ?」
僕を見て、信じられない言葉を口にする。
僕は悟った。
詳しい検査をするまでもなく。
僕の幼なじみがロリババア病になってしまったことを。
涙がこぼれ落ちそうになる。
しかし、僕は現実を見続けないといけなくて。
なぜなら、数分の居眠りが、おばあちゃんの死に繋がったから。
おばあちゃんとの思い出が脳裏をよぎる。小さい頃から、両親は仕事の関係で海外にいた。年に一回会えればいい方。僕にとって、おばあちゃんは母親代わりだったんだ。
なのに、僕は自分の弱さのせいで、手離してしまった。
もう嫌だ。
二度と大切な人を失いたってなるものか。
幼なじみのルビーの瞳に訴えかける。
「ずっと僕たちは一緒じゃないか。幼なじみなんだから」
すると。
「幼なじみって……ユウ?」
僕の存在は消えていなかったらしい。少しだけ胸をなで下ろしたところ。
「でも、あたしの知ってるユウと違う。小学生にしては大人すぎるし」
どうやら数年前の僕を見ているみたい。今の記憶を思い出せないのは、記憶障害の典型的なケースだ。
幼なじみは包丁やまな板を近くのテーブルに置くと、僕に近づいてくる。
前後左右から僕を舐め回すように見る。イチゴの匂いが漂っていた。デザートでも作っていたのかもしれない。
「わかった。あなた……前世のユウね」
「前世?」
「なにをとぼけているの?」
穂乃花は小首をかしげたかと思えば、ポンと手を叩く。
「無理もないわね」
「……」
「一千年ぶりの再会だもん」
「一千年?」
なんかノリが美紅ちゃんなんだけど。
「一千年の刻を越えて、幼なじみのあたしを、現実という檻から解き放つために来てくれたのね」
穂乃花は目を輝かせている。
「長かったわ、一千年は。いくら別の身体に依り代を移せるとはいっても」
そういう設定か……。
対応に迷うけど、話を合わせておこう。
僕が口を開きかけた時である。
日向先生が僕たちの間に割り込んできて。
「やはり黒だったか。だが、どうして、ナノマシン」
穂乃花を見て、意味不明なことをつぶやく。
ナノマシン? また、新たなキーワードが出てきたよ。
日向先生との話が途中だったことを思い出す。
「先生、教えてください。ナノマシンって?」
「後だ。先にすることがあるぞ」
「えっ?」
聞き返す間もなく、異変が起きた。
「あなた、誰よ? あたしとユウの間に割り込むなんて泥棒猫めっ!」
穂乃花が日向先生を思いっきり睨みつけている。
「ち、ちがう。別に君の男を寝取ろうってわけじゃない」
さすがの日向先生も後ずさりする。
ところが、変異した幼なじみは追及を緩めず。
「ユウもユウよ。前世で愛し合ったこと忘れちゃったのね」
「……」
なぜか僕も悪者に。
「もう許さない。みんな死んじゃえばいいのよ」
物騒なことを言い出したと思えば。
料理が大好きな幼なじみは、そばにあった包丁を持ち、僕たちの方に向けてくる。
「なっ、ヤンデレか。前世系からのヤンデレ来たか!」
「先生、そんな状況なんですか」
ワンサイドアップに結ばれていた髪はほどかれている。美しいはずの銀髪は、振り回される包丁とともにパサリと舞う。
目も据わっていて、十日ぐらい寝ていないみたいな顔になっていた。
「完全にイッてるな。ナイスボートになりかねんぞ」
「ナイスボート?」
「……十年前のネタだ。ガキが知らなくても無理はない」
わからないけど、腹をかっさばかれそうな気がする。
「安心して。痛くないように解体してあげるから。それに、あたしも後を追いかけるわ。ユウ、来世こそは結ばれようね」
っていうか、まんまだった。
僕は叫びながら日向先生の部屋を飛び出した。木の床が鈍い音を立てる。もどかしい。走る。滑る。スリッパが脱げた。靴下のまま足を動かしたのが失敗だった。
転倒しそうになり、手をバタつかせて、バランスを取る。食堂の入り口だった。
「焦っちゃダメでしょ」
自分に言い聞かせていたら、食堂に隣接するキッチンから幼なじみが歩いてくる。
弛緩しきった顔で、涎を垂らして。
包丁とまな板を持って。
「おにいさん、だれ?」
僕を見て、信じられない言葉を口にする。
僕は悟った。
詳しい検査をするまでもなく。
僕の幼なじみがロリババア病になってしまったことを。
涙がこぼれ落ちそうになる。
しかし、僕は現実を見続けないといけなくて。
なぜなら、数分の居眠りが、おばあちゃんの死に繋がったから。
おばあちゃんとの思い出が脳裏をよぎる。小さい頃から、両親は仕事の関係で海外にいた。年に一回会えればいい方。僕にとって、おばあちゃんは母親代わりだったんだ。
なのに、僕は自分の弱さのせいで、手離してしまった。
もう嫌だ。
二度と大切な人を失いたってなるものか。
幼なじみのルビーの瞳に訴えかける。
「ずっと僕たちは一緒じゃないか。幼なじみなんだから」
すると。
「幼なじみって……ユウ?」
僕の存在は消えていなかったらしい。少しだけ胸をなで下ろしたところ。
「でも、あたしの知ってるユウと違う。小学生にしては大人すぎるし」
どうやら数年前の僕を見ているみたい。今の記憶を思い出せないのは、記憶障害の典型的なケースだ。
幼なじみは包丁やまな板を近くのテーブルに置くと、僕に近づいてくる。
前後左右から僕を舐め回すように見る。イチゴの匂いが漂っていた。デザートでも作っていたのかもしれない。
「わかった。あなた……前世のユウね」
「前世?」
「なにをとぼけているの?」
穂乃花は小首をかしげたかと思えば、ポンと手を叩く。
「無理もないわね」
「……」
「一千年ぶりの再会だもん」
「一千年?」
なんかノリが美紅ちゃんなんだけど。
「一千年の刻を越えて、幼なじみのあたしを、現実という檻から解き放つために来てくれたのね」
穂乃花は目を輝かせている。
「長かったわ、一千年は。いくら別の身体に依り代を移せるとはいっても」
そういう設定か……。
対応に迷うけど、話を合わせておこう。
僕が口を開きかけた時である。
日向先生が僕たちの間に割り込んできて。
「やはり黒だったか。だが、どうして、ナノマシン」
穂乃花を見て、意味不明なことをつぶやく。
ナノマシン? また、新たなキーワードが出てきたよ。
日向先生との話が途中だったことを思い出す。
「先生、教えてください。ナノマシンって?」
「後だ。先にすることがあるぞ」
「えっ?」
聞き返す間もなく、異変が起きた。
「あなた、誰よ? あたしとユウの間に割り込むなんて泥棒猫めっ!」
穂乃花が日向先生を思いっきり睨みつけている。
「ち、ちがう。別に君の男を寝取ろうってわけじゃない」
さすがの日向先生も後ずさりする。
ところが、変異した幼なじみは追及を緩めず。
「ユウもユウよ。前世で愛し合ったこと忘れちゃったのね」
「……」
なぜか僕も悪者に。
「もう許さない。みんな死んじゃえばいいのよ」
物騒なことを言い出したと思えば。
料理が大好きな幼なじみは、そばにあった包丁を持ち、僕たちの方に向けてくる。
「なっ、ヤンデレか。前世系からのヤンデレ来たか!」
「先生、そんな状況なんですか」
ワンサイドアップに結ばれていた髪はほどかれている。美しいはずの銀髪は、振り回される包丁とともにパサリと舞う。
目も据わっていて、十日ぐらい寝ていないみたいな顔になっていた。
「完全にイッてるな。ナイスボートになりかねんぞ」
「ナイスボート?」
「……十年前のネタだ。ガキが知らなくても無理はない」
わからないけど、腹をかっさばかれそうな気がする。
「安心して。痛くないように解体してあげるから。それに、あたしも後を追いかけるわ。ユウ、来世こそは結ばれようね」
っていうか、まんまだった。