第7話 幼なじみとロリババア

文字数 4,107文字

「ユウ、帰るわよ」

 突然、教室に侵入してきた幼なじみ。さりげなく僕の腕に身体を押しつける。発達が激しい膨らみの威力は半端なく、思わず前屈みになりそうになった。
 先生が興味津々に見ている。アカン。

「ちょっ……穂乃花どうしたの?」

「それは、こっちのセリフ」

 穂乃花はため息を吐きながら、僕を引っ張る。右腕が谷間に埋没し、僕の血流が高速モードに突入した。

「入学初日から女子とイチャイチャするなんて、中学までのユウだったらありえないわ」

 まあ、僕は目立たないけどさ、はっきり言われると傷つくよ。文句をつけたいのに。

「とにかく、ユウ。事情を教えてくれる?」

 幼なじみは青筋を浮かび上がらせている。僕の負けだ。

「どういうって……まあ、成り行きで」
「はぁっ⁉」

 穂乃花は素っ頓狂な声を上げた。幼なじみは珍しく荒ぶっておられる。

「『成り行き』でって……もういい。お昼ご飯は自白剤にするから」

 穂乃花さん。物騒なことを言い出して、僕の手を思いっきり引っ張る。

「痛い。僕が悪かった。帰るから」

 静かな場所に行き、事情を説明して許してもらおう。
 ところが。

「おい、授業妨害をすんなし!」

 九十九先生がドアの前に立ち、出口を塞ぐ。身体が小さいので、ドアの大きさが目立っていた。
 そんな我が担任に対し、幼なじみは。

「なに、君。小学生だよね。お姉ちゃんの学校に遊びに来たの?」

 禁句をぶつけてしまった。

「なっ、なんんんやっややややっととおとっとおとと!!!!!!!!!!!」

 教室中に絶叫が鳴り響く。オペラ歌手にもなれそうな声量である。

「おま、たかがJKで、爆乳だからって舐めんなよ。おまえの母ちゃん、貧乳♪」

 自称二十代の先生は子どもの喧嘩を始めてしまう。
 残念すぎて、穂乃花は呆れている。

「というわけで、ユウ。帰るよ」

 幼なじみが僕の担任を無視すると。

「待て。ボクは立派な教師なんだぞ」

 先生は両手を横に広げ、薄い胸を張る。意地でも通さないつもりらしい。
 キリがないので、僕が前に出る。

「九十九先生。僕、もう帰っていいですよね?」

「えっ、ウソ。ホントに先生だったの……?」

 穂乃花は手で口を隠している。根は真面目なので、立場が上の人に対してマズいと思ったのだろう。
 一方、九十九先生は得意げな顔をして。

「ダメだ。ムッツリ星人は誰にも渡さん」

 反対側から僕の腕を掴んでくる。
 左右に女の子の温もりが……。胸囲の格差社会を痛感させられた。

 いや、そうじゃなく。

「僕を渡さないってどういうこと?」

 つい、ため口になってしまった。
 すると、担任教師は薄い胸を、いっそう強く僕に押し当て。

「文字通り。今日から童貞君はボクのもの。寝る時も、お風呂も」

 とんでもないことを口走った。

「ふぁあっっっぁっつ!」「うぎゃあlじゃっぁじょdsfふじこdさ」

 僕は叫び、幼なじみは言葉にならない悲鳴を発した。
 とりあえず、穂乃花がヤバい。僕は彼女を近くの椅子に座らせる。

 それから、九十九先生に向き直り。

「どういうことですか?」

「今日から君は、寮で生活してもらう。彼女たちと」

 担任は小夜さんたちを指さした。

「入学式の間に引っ越しを済ませておいたから」

 とんでもない言葉とともに、スマホを差し出してくる。

 カメラアプリが立ち上がっていて、見慣れた部屋が映し出されていた。

 僕の部屋じゃん。しかも、空っぽである。本棚にあった本はなく。服も、ノーパソも、AIスピーカーも。ベッドや本棚、机といった大型家具を除いて、すべてが消えている。

「これが証拠なんだけど」

 担任教師が笑顔を向けてくる。

「えええぇえぇえっつっっつっ!」「”!$#%%RF|~==`***’&&%$%%I+JIお7いp」

 再び僕は叫び、穂乃花は言語回路を崩壊させた。
 いよいよ、マズい。穂乃花って、まれに変になって。
 いつものアレをするしかないか……。

「ほのか、いい子、いい子」

 僕は膝立ちし、穂乃花の髪を撫でつける。白銀の髪はサラサラとした手触りだ。オレンジの芳香が鼻腔をくすぐる。
 昔から幼なじみは僕がこうすると落ち着くのだった。

 ただ以前と大きくちがうのは……。
 僕の胸に当たっている部位の成長が想像以上というか。暴力的なまでに自己主張する膨らみが、僕が目の前に。

「ユウ、ありがと」

 幼なじみが回復したので、僕は立ち上がった。

「なにがあったか説明するね」

 朝からの一連の出来事について打ち明ける。なお、小夜さんの粗相は黙っておいた。いろんな方面に配慮して。

「ユウ……ホントに優しいんだから」

 穂乃花は軽くため息を吐きながら、胸をなで下ろす。

「けど、言いたいことはある。なんで、ユウが寮で暮らさないといけないのよ。しかも、あの子たちを介護するんでしょ」

 幼なじみは小夜さんと美紅ちゃんを一瞥すると、顔が青ざめていく。

「トイレとか……お風呂まで?」

 あっ。彼女の言葉で意識してしまった。

「ユウがおばあちゃんにしていた……みたいなことを、あんなかわいい子たちに……やっぱり、幼なじみだから敗北する運命なのかしら。しかも、介護プレイが敗因という。そこまで残念な幼なじみって過去にいたの? いや、いない」

 穂乃花はぶつくさと意味不明なことを言っている。
 ともかく、穂乃花は介護がどんなものか知っている。僕とおばあちゃんを見ているから。手伝ってもらったこともあるし。

「やっぱダメ。お年寄りだったら許すけど、ユウは彼女たちに触っちゃダメ」

 幼なじみはチラッとロリババアの子たちへ顔を向ける。

「まったく、厄介なことになったわね」

「厄介とは失敬なり。我が眷属の昔なじみよ」

 美紅ちゃんが傲然と胸を張って、穂乃花に文句を言う。

「なによ、あなたは?」

「妾か。妾は悠久の刻を生きし者。また、少年を眷属として使役しておるのじゃ」

 のじゃロリ全開で美紅ちゃんが応じると、幼なじみはピクピクと眉を動かす。

「眷属って……あたしのユウになんてことを」

 今にも一触即発状態になった時である。

「あっ、メイドさん。お着替えを用意してくださいませんか?」

 小夜さんが制服のボタンを外していく。
 白い清楚な下着が露わになった。想像以上に膨らみは豊かだった。

「ちょっと、ユウ」

 すかさず幼なじみに怒られる。

「あなたもなんて格好をしてんのよ!」

「待ってよ、穂乃花。小夜さんは病気だから……」

「ふーん。ロリババア病って、そんなことまでするんだ?」

 穂乃花は不審げな顔を小夜さんに向けている。

「僕もロリババア病については知ったばかりで……」

 これ以上の説明をするんだったら、あの事件にも触れた方がいいかも。でも、デリケートなことだし。迷っていると。

「童貞君。さっきJK聖水を飲――」

「飲んでないですって! 拭いただけで」

 横から先生が誇張する。とっさに自爆してしまい。案の定。

「『JK聖水』『拭いただけ』へー、なにかな? なにかな?」

 穂乃花さん、顔が引きつってるんですけど。包丁を僕に向けてもおかしくない雰囲気である。
 結局、すべての出来事を自白させられ。

「ふーん。よくわかった。ごめんなさいね、小夜さん」

 ようやく事情を呑み込んだ穂乃花が頭を下げる。

「けど、寮はやりすぎ。ブラック企業じゃん」

 穂乃花さんの怒りは幼女先生に向いていた。

「プロに頼めばいいような……」

「うっせえ」

 かわいい顔の先生から不釣り合いな言葉が飛び出した。

「寮での生活も単位に入っているんだ。つまり、従わなければ、彼は卒業できん」

「ぷはっ」

 大事なことなのに初めて聞いたんですけど。

「うわっ。強引すぎ」

 穂乃花も引いている。

「ちゃんと意図があるんだ。ムッツリ君には言ったが、B組は実務を重視してんだよ。特に、介護と日常生活は切っても切り離せない。発作のこともあるし、彼にも一緒に住んでもらった方がいいんだ」

「わかりました。そういうことでしたら、僕は大丈夫です」

「うっ」

 僕は決意を伝え、穂乃花は言葉に詰まる。

 九十九先生が教壇に登る。幼女先生専用なのか踏み台が置かれていた。右足を踏み台にかけ、おもむろに口を開く。演説口調である。

「知ってのとおり、日本は少子高齢化社会だ。数年後には、団塊世代が七五歳以上の後期高齢者になる。

 また、医療が発達した時代。なかなか人は死ねなくなっている。近いうちに百歳の老人が当たり前になるだろう。

 いくら元気とはいえ、社会を支えるほどの労働力を提供できるわけではない。
 どうしても世の中には、若い力が求められるのだよ。

 だから、未来ある少年には練度を上げてほしいのだ。来るべき、老人社会に備えて。
 特に、結人(ゆうと)君は将来が有望。指でイカせる達人になれるやもしれぬ。

 童貞君よ、未来をつかみ取るがいい!」

 担任教師は僕を指さして、無邪気に笑う。完全に小学生である。
 ノリとテンションだけの演説に、我が幼なじみはピクリと反応する。

「ユウって有望なんですね?」

「当たり前だ」

「わかりました」

 あれ? 穂乃花さん。

「そういうことでしたら、旦那を預けます。……私たちの将来に関わることですし」

 あれだけ文句を言ってたのに、幼なじみは簡単に引き下がった。しかも、旦那って……。

「じゃあ、ユウ。淋しくなったら、遊びに来てね」

 穂乃花は教室を出て行く。
 こうして、僕は寮で生活をすることになったのだが……。

『ロリババア・ハウス・東京』

 学園から徒歩三分の場所にあるアパート風の建物。表札に意味不明な単語が出ていた。
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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