第21話 天才
文字数 3,220文字
「どうして、ボクが隠し事をしてると、童貞の分際で思った?」
「茶化さないでください」
僕は先生の目をじっと見すえる。
「悪かった。童貞について、無駄に傷つけてしま――」
「だから、そういうことじゃなくって」
僕は苛立ちをぶつける。相手が目上だろうが構わない。
「すまぬ、君の推理を聞かせてくれないか」
先生の目は泳いでいる。なにかに迷っているようだ。
なら、僕が正解にたどり着けば、解決する。
「わかりました。単刀直入にいきます」
ライトブルーの目が僕の口元に向く。
「あなたに疑いを持ったことについてですが」
「うん」
「穂乃花がロリババア病の可能性が高いって会話の流れで、彼女が『天才』か訊ねてきた」
「ああ。君の言いたいことはわかる」
日向先生は小さな顔で何度かうなずく。
「ボクの質問の仕方だと……ロリババア病と天才に関係がありそうな匂いがするし。しかも、そんな情報は今まで出してない」
「ええ。率直に答えていただき、助かります」
僕は先生に頭を下げながらも。
「たまたまかもしれませんが、僕の知るロリババア病患者は天才なんです」
日向先生の眉が動いた。
「美紅ちゃんはテニスでプロに勝てるほどの選手。小夜さんは中学時代に経営者として成果を上げています。ふたりとも天才と呼んでも差し支えないでしょう」
「だな。飛び級でアメリカの大学を卒業したボクほどじゃないけど」
日向先生は薄い胸を張る。
「先生も天才なら、ロリババア病じゃないですか?」
「君、ボクがガキって言いたいのか? 大人のレディなのに」
そう言いながら、先生はスカートを持ち上げ、パンツを見せてくる。イチゴだから説得力がない。
「話を進めます。小夜さんたち発病前に接点があったんですよね?」
「……」
無反応。肯定も否定もせず、表情も変わらない。
ならば、この単語を出すまで。
「高齢化社会対策センター」
先生は一瞬だけ目を見開く。が、やがて納得したのか、うなずいた。
「やはり、その質問に来たか」
「やはり?」
「ああ。君、小夜に質問したろ?」
「どうして、それを?」
連休前のこと。僕が小夜さんたちを入浴させていたら、小夜さんがお風呂で発作を起こす。
おなかを撫でて、僕はケアラーの力で鎮める。
その後、湯船に浸かりながら、正常な彼女と話をした。
その時に、僕は小夜さんに高齢化社会対策センターのことを訊ねたんだよね。
どうして、高齢化社会に取り組む機関が、中学生経営者をパーティーに招いたのかについて。
結局、時間切れで答えは聞けなかったけど。
あの場にいたのは、僕たちだけ。なんで、先生が?
「決まってるだろ。盗撮してたから」
あっけらかんと言い放ったよ。この人は。
半眼を向けたら。
「安全のためだ。けっして君をおかずにしたのは……二日に一回だから」
「なにを自白してんの⁉」
思わず股間を手で隠してしまった。が、そんな場合じゃない。
「話を戻します。聞いた話だと……」
僕は日向先生から距離を取るが、先生は僕に抱きついてくる。子どもの身体は温かかった。
「高齢化社会対策センターが主催したらしきパーティ。他にもロリババア病患者がいたそうじゃないですか。入院中の人が。偶然にしては怪しすぎます」
「ふーん」
日向先生はすっとぼける。
さすがに、むっときた。
「いいかげん、話してくださいよ」
「……君、大人を舐めんな。世の中には子どもが知ってはいけない世界があるんだよ」
普段とは打って変わり、異様な威圧感にあふれていた。まるで、裏社会に近づくなとでも言いたそう。
顔は幼いのに、雰囲気は百戦錬磨の戦士のようだった。
僕はすっかり気圧される。
「今度はボクの番だ。幼なじみちゃんは天才なんだろ?」
「で、でも」
「いいから言え。ボクを疑うなら、疑えばいい。だが、ボクがロリババア病の権威であることも事実。幼なじみを救いたくば、ボクに従え」
そう言われても、この人を信じていいの?
とぼけて隠し事をしていた人を。
破天荒だけど、時々優しくて。そこは感謝してるんだけどさ。
大切な幼なじみのことを話していいものか。
ボクはつぶらな目をじっと見る。澄んだ水色の瞳からは誠実さが感じられた。
僕は決めた。この人に賭けるしかないから。
「穂乃花は天才です。ですが、元天才といった方がよいかもしれません」
僕は穂乃花のことを話し始める。
まずは、僕たちが子どもの頃、おじいさんとおばあさんが食料品店を営んでいたことについて。
「五歳の時には暗算でお会計をしてたんですよね」
「ふーん」
僕や近所の人にしてみたら、普通に天才なんだけど。自称飛び級した人には当たり前みたい。
「あと商品のことも。幼稚園ぐらいの時なんですけど、おじいさんが誤発注して、大量のホウボウが届いたんです」
「ホウボウとな?」
「カサゴ目の魚なんですけど、脚みたいな軟条がついてて……砂の上を歩き回るんですよ。ちな、青森では『キミオ』と呼ばれているようです」
「へー、あいかわらず風景とか年寄りじみた趣味をしてんな」
僕の好きなものをdisられたし。
「ともかく、マニアックな魚を売らないといけなくなって……そこで穂乃花の出番が来たんです。
幼稚園児が自分で刺し身や煮付け、唐揚げを作って、試食できるようにしたんですよ。
レシピも添えて。
それが近所でも大評判で、口コミ効果もあって無事に売り切れたんですね」
日向先生は涎を垂らしていた。
「そりゃ天才だな。一家に一台ほしいかも。おっぱい料理ロボの天才として認めよう」
「……ちがいます」
この人はどうして変な方向に話を進めるんだろう。
「穂乃花。テレビで一度見ただけでレシピを覚えていて、自分で再現してみせたんですよ」
「うわっ、マジか。やはり、《Gの遺伝子》を持つ存在だったか」
日向先生はオーバーに驚いてから、眉根を寄せる。
《Gの遺伝子》なる言葉が飛び出した。訊こうとしたところ、先に先生が口を開く。
「元天才ってどういうことだ?」
「うっ」
僕は言いよどんだ。穂乃花が憐れだから。でも、今の彼女を救うには言った方がよくて。
「僕たちが小学校一年の時、おじいさんが癌になったんです。おばあさんは付き添いですし、穂乃花の両親は共働き。店を畳みました。数ヶ月後、おじいさんが亡くなって……。あとを追うように、おばあさんも」
「……」
「僕は一緒にいることしかできなくて」
当時のことを思うと胸が痛む。思えば、僕たちが身近な人の死を意識したのは、あの時が初めてだった。
「気づいたら、穂乃花の力はなくなっていたんです。記憶力の良かった子が、学校のテストでは平均点しかとれなかったですし。むしろ算数は苦手になって」
「いや、でも」
日向先生は不満げに言う。
「あの料理の腕は? 執事さんと互角だろ?」
「ええ。でも、それは才能でなく努力というか。レシピ通りにやって、覚えて、自分なりにアレンジして。相当な鍛錬を積んで、ああなったんです」
キッチンから心地よい芳香が漏れてくる。
「そういうことか。そのまま成長していれば、究極の料理人として……」
日向先生は独りごちる。
「我が組織の……おっ、それ以上は危ない」
さすがに気になった。
「今、なにか言いかけませんでした?」
「げっ」
露骨に顔をしかめる。
「話してもらいますよ」
詰め寄った時だった――。
「!dさ$れあf&gkぽw@」
意味不明な叫び声が食堂の方から聞こえた。幼なじみの声だった。
「茶化さないでください」
僕は先生の目をじっと見すえる。
「悪かった。童貞について、無駄に傷つけてしま――」
「だから、そういうことじゃなくって」
僕は苛立ちをぶつける。相手が目上だろうが構わない。
「すまぬ、君の推理を聞かせてくれないか」
先生の目は泳いでいる。なにかに迷っているようだ。
なら、僕が正解にたどり着けば、解決する。
「わかりました。単刀直入にいきます」
ライトブルーの目が僕の口元に向く。
「あなたに疑いを持ったことについてですが」
「うん」
「穂乃花がロリババア病の可能性が高いって会話の流れで、彼女が『天才』か訊ねてきた」
「ああ。君の言いたいことはわかる」
日向先生は小さな顔で何度かうなずく。
「ボクの質問の仕方だと……ロリババア病と天才に関係がありそうな匂いがするし。しかも、そんな情報は今まで出してない」
「ええ。率直に答えていただき、助かります」
僕は先生に頭を下げながらも。
「たまたまかもしれませんが、僕の知るロリババア病患者は天才なんです」
日向先生の眉が動いた。
「美紅ちゃんはテニスでプロに勝てるほどの選手。小夜さんは中学時代に経営者として成果を上げています。ふたりとも天才と呼んでも差し支えないでしょう」
「だな。飛び級でアメリカの大学を卒業したボクほどじゃないけど」
日向先生は薄い胸を張る。
「先生も天才なら、ロリババア病じゃないですか?」
「君、ボクがガキって言いたいのか? 大人のレディなのに」
そう言いながら、先生はスカートを持ち上げ、パンツを見せてくる。イチゴだから説得力がない。
「話を進めます。小夜さんたち発病前に接点があったんですよね?」
「……」
無反応。肯定も否定もせず、表情も変わらない。
ならば、この単語を出すまで。
「高齢化社会対策センター」
先生は一瞬だけ目を見開く。が、やがて納得したのか、うなずいた。
「やはり、その質問に来たか」
「やはり?」
「ああ。君、小夜に質問したろ?」
「どうして、それを?」
連休前のこと。僕が小夜さんたちを入浴させていたら、小夜さんがお風呂で発作を起こす。
おなかを撫でて、僕はケアラーの力で鎮める。
その後、湯船に浸かりながら、正常な彼女と話をした。
その時に、僕は小夜さんに高齢化社会対策センターのことを訊ねたんだよね。
どうして、高齢化社会に取り組む機関が、中学生経営者をパーティーに招いたのかについて。
結局、時間切れで答えは聞けなかったけど。
あの場にいたのは、僕たちだけ。なんで、先生が?
「決まってるだろ。盗撮してたから」
あっけらかんと言い放ったよ。この人は。
半眼を向けたら。
「安全のためだ。けっして君をおかずにしたのは……二日に一回だから」
「なにを自白してんの⁉」
思わず股間を手で隠してしまった。が、そんな場合じゃない。
「話を戻します。聞いた話だと……」
僕は日向先生から距離を取るが、先生は僕に抱きついてくる。子どもの身体は温かかった。
「高齢化社会対策センターが主催したらしきパーティ。他にもロリババア病患者がいたそうじゃないですか。入院中の人が。偶然にしては怪しすぎます」
「ふーん」
日向先生はすっとぼける。
さすがに、むっときた。
「いいかげん、話してくださいよ」
「……君、大人を舐めんな。世の中には子どもが知ってはいけない世界があるんだよ」
普段とは打って変わり、異様な威圧感にあふれていた。まるで、裏社会に近づくなとでも言いたそう。
顔は幼いのに、雰囲気は百戦錬磨の戦士のようだった。
僕はすっかり気圧される。
「今度はボクの番だ。幼なじみちゃんは天才なんだろ?」
「で、でも」
「いいから言え。ボクを疑うなら、疑えばいい。だが、ボクがロリババア病の権威であることも事実。幼なじみを救いたくば、ボクに従え」
そう言われても、この人を信じていいの?
とぼけて隠し事をしていた人を。
破天荒だけど、時々優しくて。そこは感謝してるんだけどさ。
大切な幼なじみのことを話していいものか。
ボクはつぶらな目をじっと見る。澄んだ水色の瞳からは誠実さが感じられた。
僕は決めた。この人に賭けるしかないから。
「穂乃花は天才です。ですが、元天才といった方がよいかもしれません」
僕は穂乃花のことを話し始める。
まずは、僕たちが子どもの頃、おじいさんとおばあさんが食料品店を営んでいたことについて。
「五歳の時には暗算でお会計をしてたんですよね」
「ふーん」
僕や近所の人にしてみたら、普通に天才なんだけど。自称飛び級した人には当たり前みたい。
「あと商品のことも。幼稚園ぐらいの時なんですけど、おじいさんが誤発注して、大量のホウボウが届いたんです」
「ホウボウとな?」
「カサゴ目の魚なんですけど、脚みたいな軟条がついてて……砂の上を歩き回るんですよ。ちな、青森では『キミオ』と呼ばれているようです」
「へー、あいかわらず風景とか年寄りじみた趣味をしてんな」
僕の好きなものをdisられたし。
「ともかく、マニアックな魚を売らないといけなくなって……そこで穂乃花の出番が来たんです。
幼稚園児が自分で刺し身や煮付け、唐揚げを作って、試食できるようにしたんですよ。
レシピも添えて。
それが近所でも大評判で、口コミ効果もあって無事に売り切れたんですね」
日向先生は涎を垂らしていた。
「そりゃ天才だな。一家に一台ほしいかも。おっぱい料理ロボの天才として認めよう」
「……ちがいます」
この人はどうして変な方向に話を進めるんだろう。
「穂乃花。テレビで一度見ただけでレシピを覚えていて、自分で再現してみせたんですよ」
「うわっ、マジか。やはり、《Gの遺伝子》を持つ存在だったか」
日向先生はオーバーに驚いてから、眉根を寄せる。
《Gの遺伝子》なる言葉が飛び出した。訊こうとしたところ、先に先生が口を開く。
「元天才ってどういうことだ?」
「うっ」
僕は言いよどんだ。穂乃花が憐れだから。でも、今の彼女を救うには言った方がよくて。
「僕たちが小学校一年の時、おじいさんが癌になったんです。おばあさんは付き添いですし、穂乃花の両親は共働き。店を畳みました。数ヶ月後、おじいさんが亡くなって……。あとを追うように、おばあさんも」
「……」
「僕は一緒にいることしかできなくて」
当時のことを思うと胸が痛む。思えば、僕たちが身近な人の死を意識したのは、あの時が初めてだった。
「気づいたら、穂乃花の力はなくなっていたんです。記憶力の良かった子が、学校のテストでは平均点しかとれなかったですし。むしろ算数は苦手になって」
「いや、でも」
日向先生は不満げに言う。
「あの料理の腕は? 執事さんと互角だろ?」
「ええ。でも、それは才能でなく努力というか。レシピ通りにやって、覚えて、自分なりにアレンジして。相当な鍛錬を積んで、ああなったんです」
キッチンから心地よい芳香が漏れてくる。
「そういうことか。そのまま成長していれば、究極の料理人として……」
日向先生は独りごちる。
「我が組織の……おっ、それ以上は危ない」
さすがに気になった。
「今、なにか言いかけませんでした?」
「げっ」
露骨に顔をしかめる。
「話してもらいますよ」
詰め寄った時だった――。
「!dさ$れあf&gkぽw@」
意味不明な叫び声が食堂の方から聞こえた。幼なじみの声だった。