第3話 奇病

文字数 4,135文字

「ちょ、誰ですか?」

 目隠しをされていた僕は振り返る。
 すると、小さな手はどかされ――。
 小学校高学年と思しき少女が立っていた。

 ピンクのミディアムヘアは、花柄のリボンで結ばれている。いわゆる、ワンサイドアップ。活発な印象を受ける。

 小さな身体に見合った小顔。目や鼻、口といったパーツは各々が激しく自己主張している。
 なかでも目を惹くのが、薄いブルーの瞳だ。
 目を中心にして、顔全体が調和を保っている感じだった。はっきり言うと、かなりかわいい。僕がロのつく趣味を持っていたら、心を鷲掴みにされていたはず。

 そういえば、この子……。
 思い出した。会ったことあるじゃないか。

「学校説明会の時には、お世話になりました。先輩」

 若く見える先輩に頭を下げたところ。

「誰が先輩だ、あほんだらめ」

 なぜか怒られた。小さな頬をぷくりと膨らませていて、微笑ましいけど。

「えっ? てっきり在校生だと思っていたのに」

 半年ほど前の出来事を脳裏に浮かべる。

 僕と穂乃花はヴァージニア記念高校の学校説明会を申し込んだ。
 校長や生徒会の話を聞いた後、福祉科の紹介になる。
 出てきたのは、小学生ぐらいの女の子だった。高校生にしては幼いが、遠目だし童顔の子だと思っていた。また、ピンク髪も印象に残っている。

 全体での説明会の後。個別の質問タイムがあった。福祉科志望の僕は、先輩のところに質問に行く。近くで見ても、小学生みたいだった。

 僕の進路上の迷いも親身になって聞いてくれる。ひと通りの疑問も解決して、振り返ろうとした時だ。

『おにいちゃんって呼ばれたかったら、ぜひ入学してね。あに様』

 って、意味不明な返しが来る。学校説明会に僕より年下の人が出てくるはずないし。

 その時、ちょっとした事故で、彼女の手に触れたんだよね。高校生の肌にしてはスベスベ感がハンパなかった。

 そして、半年後の今日。
 彼女と再会したところ、女子高生であることを否定したのだ。

 まさか、ホントに女子小学生だったとは……?
 いちおう、付属小はあるけど、どうして高校にいるのかな?

 などと思っていたら。

「ちがうわい。ボク女子小学生(JS)なんかじゃねえっての!」

 頭をスポンジハリセンで叩かれた。派手な音の割りに痛くなかった。

「ほい、さっさと行くぞ」

「へっ?」

「おにいちゃんの担任として話しておきたいことがある」

「えぇえぇぇええっっつっつ!」

 思わず絶叫してしまった。

「今なんて?」

「だから、担任だと。ボクはこう見えて大人だぞ」

「……」

「ロリババアだと言いたそうな目をしてるな」

「だって……」

「ほい。これ見てみ」

 スマホを差し出してくる。大手のエロ動画やゲームを販売しているサイトだった。

「僕は十八歳以上だから、会員なんだぞ。堂々とエロゲも買ってるもん」

 買った商品の一覧も見せられて、反応に困る。朝から性欲を刺激する物を食べたし。

「ともかく、ホンモノの教師だ。九十九(つくも)日向(ひなた)大先生である」

 自称大先生はドヤ顔で言うと、勝手に歩き始める。
 教師だとしたら、余計に問題なんじゃ。僕の戸惑いも気にせず、自称教師は話を続けた。

伊藤結人(ゆうと)。童貞君には特別な力がある」

 名前を出されて恥ずかしいので、後を追いかけるしかなく。

 いつしか他の生徒がいない場所に来ていた。
 ひっそりと木々が茂っている、いわゆる裏庭だった。数十メートル右には、テニスコートがある。その反対側には桜並木があった。散った桜の葉が道を作っている。昨日の嵐がなければなー。

「君はロリババア病って知ってるか?」

「はっ?」

「知らないの? プークスクス」

「えっ?」

 僕が情弱みたいな言い方なんだけど。とりあえず、思いついたことを口にする。

「中二病の親戚的なスラングですか?」

「ちがう。現実に存在する病気だ」

「うそ。そんなギャグみたいな病名、聞いたことも――」

「まあ、全世界で患者は十数人しかいないし。普通は知らねえぞ。君アホだね」

 なんだ、この人……?
 思わず呆れていると。

「特別授業を始めるぞーん★」

 軽い。

「なお、入学式前につき授業料は実費でもらいます。重病の説明だけに十秒ごとに課金するから」

 メチャクチャすぎる。

「ロリババア病。ふざけた名前とは裏腹に、怖ろしい病気である」

 いきなり真面目な声で話し出した。あまりに教師らしい顔だったので、僕もつられて態度を改めてしまう。

「認知症と同じように、脳細胞が死滅することで起こるのだ」

 認知症。僕にとっては身近な問題だ。一年半前に看取ったおばあちゃんが患っていたのだから。

「認知症の一種に、若年性認知症というものがある」

「聞いたことがあります」

「別に、認知症は老人に限った話でないのだ。65歳未満の人が発症した認知症を、若年性認知症と呼んで区別しているだけで。このあたりのデータは、高齢化社会対策センターなる独立行政法人が発表している」

 聞いたことがある。『福祉のおしごと』的な本に出てきた。たしか、内閣府傘下の機関だったか。

「若年といっても、平均発症年齢は51歳。ボクたちから見ると年寄りなんだけど、突っ込みはなしで。もちろん、本当に若い子も認知症になるからな。レアケースだが」

 そういえば、どん底の時に見た映画を思い出す。四十代後半の女性が若年性認知症になって、夫が介護する実話ベースの話だった。妻が自分のうんちを食べようとして、夫が必死に止めるエピソードまであった。ひたすら壮絶としか言うほかなく。

 エンディングが流れた時、僕は自分とおばあちゃんを映画に重ねてしまい、号泣してしまった。
 一緒に見ていた幼なじみが抱きしめてくれて、僕は少しだけ立ち直ることができたんだ。胸の感触は反則だったけど。

 回想している間にも特別授業は続いていく。

「若年性認知症とロリババア病。脳細胞が壊れるという原因や、目に現れる症状は似ている」

 僕は九十九先生のつぶらな瞳を見つめる。

「だが、まったく別の病気だ」

「そうなんですか?」

「ロリババア病は特定の条件下にある十代少女のみが発症する病気だ」

「特定の条件?」

「うん、詳しいことが言えんが」

 九十九先生は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
 それだけでは、ロリババア病と若年性認知症の違いはわからない。
 首をかしげていたら。

「ロリババア病の最大の特徴は……アニメみたいなロリババアになる患者が多いことだ」

 小学生にしか見えない大人が言う。
 想像を働かせようと九十九先生を観察する。

「『地獄よりの使者よ、我が漆黒の刃を喰らうのじゃ』ってな感じで、テンプレなロリババアもいるぞ。怖ろしいことに」

 たしかに、リアルでいたら軽く引くけど。やっぱり、ギャグなんじゃ……。

「ほう。ちょうどええ。アレを見るのじゃ」

 のじゃロリを続ける九十九先生。指した先には、美少女がいた。

 散ったばかりの桜の木の下。黒服のお爺さんに手を引かれて、制服姿の美少女が歩いている。
 薄幸そうな和風美人だ。春のそよ風に黒髪がなびく。しゃんと背筋を伸ばしていて、凜々しい。

「むっつり君。小夜(さよ)が美人なのは認めるが、相応の覚悟がいるぞ」

 九十九先生が僕を見定めんとばかりに覗き込んでくる。
 いつのまにか先生が顔を僕に寄せていて、甘い吐息が胸に当たる。
 見た目のこともあり、犯罪者になりたくない僕は距離を置いた。

 その時、テニスコートが視界にちらつく。

 ひとりの金髪少女がラケットを持ち、サーブの練習をしていた。
 百メートル近く離れていてもわかるほど、豪快なキレだった。

「まあ、いいや。そっちは美紅(みく)か。彼女も見ておけ」

 九十九先生の知っている生徒らしい。
 教師の指示なので、他意なく言われたとおりにする。

 テニス少女は素人目にも上手い。せっかくだし、楽しませてもらおう。
 ボールが空を舞う。一瞬ののち、ラケットが空を切る。サーブは失敗し、ボールが地面を転がった。
 次のサーブも。また、次も。

 少女は大振りしたり、転んだり。最初とは別人みたいだった。

「っち、妾は自分に負けんのじゃ」

 ボールに向かって吠える少女が輝いていた。
 心の中で応援していたら、黒髪の美少女が僕たちの近くを歩いていて。

「ねえー、じいや。今朝のスコーン、実に美味でした」

 少女と執事さんの会話が聞こえてきた。

「はっ、光栄至極に存じます」

「執事さん。朝ご飯まだですわよね。私、アップルパイがほしくなりました」

 えっ? 僕の聞き間違え? それとも、清純派少女に見えて、悪質な嫌がらせ?
 僕は会話の流れに唖然とするが、初老の執事さんは淋しそうな顔をしていた。

「……お嬢様。新鮮な林檎を青森まで買いにいかせております。しばしご猶予をいただきたく」

 なにか事情があるのだろう。僕は少女を変な目で見たことを反省した。

 バツが悪くなったが、九十九先生に救われる。

「あっ、マズい! 入学式の時間だ」

「えっ?」

 慌てて時計を見る。あと五分しかない。
 九十九先生は執事さんに話しかける。知り合いらしい。

「執事さん、嬢ちゃんは頼んだ」

 執事さんは僕たちに恭しく頭を下げる。

「童貞君、なにしてる。のじゃロリを連れて移動だ」

 意味がわからないまま、僕はテニス少女のところに連れて行かれ。

「後は任せた。彼女をつれて講堂に来い」

 九十九先生は走って消えてしまい。
 取り残された僕は担任教師の指示に従うほかなく。

 駄々をこねるテニス少女を講堂まで案内するハメに。
 テニスウェア姿の子と一緒に入学式へ。しかも、三十分も遅刻という。

 受付の先生に怒られる。軽くめまいがした。
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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