第28話 異変

文字数 2,584文字

 枕元におばあちゃんが立っていた。
 人に踏まれた雪のような色の髪。皺が目立つ額。顔にいくつもできた染み。

結人(ゆうと)かい。立派になったのう』

 明瞭な言葉遣いだ。認知症を患っているとは思えない。だから、すぐにわかった。夢だと。

『おばあちゃん』

 夢でも構わない。また話せるのなら。

「ごめんね、痛い思いをさせちゃって。僕が弱いから」

 僕は謝ろうと身体を起こす。
 夢の中の僕はパジャマ姿だった。寝汗でぐっしょりである。

 ハンカチでおばあちゃんが額を拭いてくれた。シワシワの指には血が通っている。
 僕は我慢できなくて。

「だから、僕は女の子たちも守れなくて……」

 おばあちゃんに弱音を吐く。
 それだけで、重荷を抱え、疲れ切っていた心が軽くなっていく。

『結人。おばあちゃんは感謝しているんだよ。結人がいてくれるだけで、おばあちゃんは嬉しいんだから』

「ウソでしょ……?」

『あんたは変なところで頑固なんだから』

 ありがとう。そう言おうと思ったところ、蘇った温もりが非情にも遠ざかっていく。

 慌てて顔を上げる。
 おばあちゃんの姿は消えていて、代わりに三人の美少女がいた。

『結人さん。いつも面倒かけて、すいません』

 小夜さんが丁寧にお辞儀をする。たおやかな笑みが、清純派美少女らしい。

『それから、結人さん』

「ん?」

『結人さんの手は大きくて、温かくて……おなかを触られると、身体の奥からじんじんすると言いますか』

『妾もじゃ』

 美紅ちゃんが割り込んでくる。

『耳でイキかけたことがあるのじゃ』

 のじゃロリ中学生は、胸を張って大胆なことを言う。
 しかも、美紅ちゃんは僕の腕に抱きついてきて、リアルかと思えるほど弾力に満ちている。

『ユウ、今の話、詳しく教えて』

 今度は穂乃花である。一昨日までの幼なじみだった。

『みんな、うらやましい』

 美紅ちゃんを複雑な目で見た穂乃花は、反対側から僕の腕を掴む。谷間に埋没。圧倒的な破壊力は夢でも健在である。

『ユウ、あたしたちさあ。ユウの手で救われてるんだよ』

「……ううん、僕なんて凡人だし」

『ユウは凡人じゃないよ。ユウが触れてくれるだけで、あたしは救われるんだもん』

「穂乃花」

 三人はあらたまって僕の前に立つ。

『だから、あたしにとってユウは救世主なんだよ』
『そうですよ。結人さんの手には力があるんです』
『超絶テクがエロいがのう』

 力があふれてくる。

「みんな、ありがとう。僕はやってみるよ。自分だけの力を使って」

 目の前が明るくなる。意識が一気に覚醒し。

 僕が目を開けると、ふんにゃりした温もりを左右に感じる。床で寝たので背中が痛いが、補って余りある柔らかさだった。
 おなかも軽く重いし。

 まさか。
 首を傾けると、女の子たちが隣で寝ていた。
 右に小夜さん、左に穂乃花で、ふたりとも僕に抱きついている。美紅ちゃんは美紅ちゃんで、僕のおなかに頭を乗せていた。
 なに、これ?

 起こさないようにベッドに運ぼうか。
 と思った時である――。

「グゥゥルゥ」

 小夜さんが突然目を開き、獣みたいな呻き声を発した。

「どうしたの?」

 いつもと様子がちがう。怪訝に思っていたら。

「なっ、いつのまに朝とは。血が、血が足りぬのじゃ」

 目を起こした美紅ちゃんが顔を近づけてきて、がぶり。
 首筋を噛まれた。

「妾に若人の血を捧げるのじゃ。血のワインで宴を催そうではないか」

 こっちはこっちで吸血鬼の真祖モードを発動させたらしい。
 もしや。

「ユウ、千年ぶりに会えたのに、他の女を孕ませるなんて許せない」

 疑問はすぐに確信に変わる。

 彼女たち、ロリババア病の発作を起こしている。
 しかし、なんで? 発作は一日一回のはず。なのに、昨日の夜にもあった。

 いや、そんなことより、早く手当てしないと。

 美紅ちゃんは吸血鬼、小夜さんはゾンビである。
 美紅ちゃんと小夜さんが両側から僕の首を噛んでいる。幸い、血が出るほどではないが、それなりに痛い。
 穂乃花も病みゲージがマックスに近い。どこかから包丁を召喚しかねない。

 一刻の猶予もない。いっそ密着されたことを利用することに。

 美紅ちゃんの耳を触り、反対側の手で小夜さんのパジャマをまさぐる。裾の下から手を回し、お臍を撫でた。
 いつものように左右の手が光り出す。

「これで、ふたり。残りは、穂乃花」

 ふたりから離れようとするが、首筋の痛みは続いている。

「えっ?」

 僕の異能が効かないだと?
 不安が一気に増していく。冷や汗が手のひらから染み出る。

「おい、みんな、どうしたの!」

 作戦もなにもなく、叫ぶ。
 しばらくして階段を登る足音が聞こえてきた。

「入るぞ」

 ドアを蹴って、日向先生がやってきた。救急セットを抱えている。

「状況は?」

 僕は昨夜からのことを説明する。

「鎮静剤を打つ。君は彼女たちを押さえてくれ」

「わかりました」

 僕は首のこそばゆさに耐えつつ、甘い声を心がけて言う。

「穂乃花もこっちおいで。僕は穂乃花が大切なんだから」

「あたしが一番だって。一番なのよ、一番」

 むくれていた幼なじみは鼻歌交じりにやってきて、僕の背中に抱きついてくる。
 三人の少女とくんずほぐれつの僕を見て。

「やっぱ注射はやめよう。リア充はダイナマイトでドカーンすんぞ」

「それだけは勘弁してください」

 いろんなところが持たないんですが。

「嘘だ、嘘」

 幼い先生は慣れた手つきで、少女たちに注射針を刺す。
 鎮静剤を打ったところ、三人はすぐに眠りにつく。僕はベッドに寝かせた。

「ボクは女の子たちを検査する。エッチなことをするから、男子は食堂にでも行け」

 なにを今さらと思ったが、指示に従う。
 執事さんが入れてくれたコーヒーに口をつける。濃厚な渋みがかえって心地よかった。

 数分後、先生が食堂に来る。

「うーん」

 幼女先生はコーヒーを口に含み、苦い顔をする。スプーンで砂糖を三杯も入れた。

「弱ったぞ。ナノマシンが暴走している」
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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