第4話 美少女の介護をするだって……?

文字数 4,389文字

 入学式が終わった。盛大に遅刻したので、お偉い人の話を聞けなくて、まあ、その……お茶を濁しておく。

 講堂を出て、とりあえず人の波に従い、校舎の方に歩いていた。

 横には謎のテニス少女がいる。周りが制服なのに、彼女だけテニスウェアだから目立っている。
 くわえて、金髪の美少女だ。人目を惹かないはずがない。僕にも好奇の視線が向けられていた。

 ところで、どうしよう?
 小学生みたいな先生から彼女を預けられたのはいいけど。
 ほっぽり出していいものか。無責任すぎるし。
 悩んでいたら、少女が話しかけてくる。

「うぬよ、真性ロリババアの生徒じゃな?」

九十九(つくも)先生のことだったら、僕の担任みたいだけど」

「やっぱりか。ならば、うぬは妾の眷属である」

 薄い胸をエラそうに張る中学生ぐらいの女の子。九十九先生のことも知っているらしい。付属中出身で、この学園に詳しいのかも。入学式直前までテニスしている強烈だけど。

「妾についてくるがええ。契約の儀を執り行うゆえ」

「契約の儀?」

 口に出てから気づいた。この子、言い回しが、中二病だ。

「契約の儀って、教室でするのかな?」

「うむ。妾と汝の学び場じゃ」

「じゃあ、お願いしようかな。僕、困ってたから助かったよ」

 少女は得意げに鼻に手を添える。
 彼女に案内され、校舎へ入った。職員室を抜け、階段を登る。

「妾は美紅(みく)じゃ。姓は天道(てんどう)。まさに、天の道を歩む妾にふさわしいぞな」

 ニヤリと笑みをこぼす。八重歯がまぶしい。

「僕は伊藤結人(ゆうと)。福祉科の一年。同じクラスみたいだし、よろしく」

「ほー。B組に高校生の男子とはな。去年とは大違いじゃ」

「去年?」

 付属中出身なら、去年は中等部の校舎に通っていたはず。天道さんの発言がまったくわからない。
 疑問に思ったけど、出会ったばかりの子にいきなり突っ込んでいいものか。
 当たり障りのないことを訊いてみることにした。

「B組って……?」

「福祉科のクラスはアルファベットなんじゃ」

「A組、B組、C組って感じ?」

「うむ。B組までしかないがな」

「ふーん」

 確か、福祉科は入試での定員は五十人だった。二クラスだよね。

「着いたぞ。ここがB組の教室じゃ」

 天道さんは堂々とドアを勢いよく開ける。毎日通っている教室とでも言わんばかりの態度である。

 すると。
 いた。黒髪の美少女が。
 入学式の直前。執事さんと謎の会話をしていた子である。

「小夜ちんよ。そちは入学式の日に勉強とは……」

「はい、ミクさん。きたるべき消費増税に備え、うちの会社でも対策を講じる必要がありますので。社員に利益を還元しつつ、低コスト化を進めないと」

 経済学や工学の本が置かれていた。

「お嬢様。なんとお優しい。爺は感激してますぞ」

 黒髪の少女の背後に控えるお爺さんは、ハンカチで目を拭っている。先ほどの執事さんだった。

 広い教室には僕を入れても四人しかいない。
 机の数は二十ほど。空いたスペースには、実習用と思われるベッドなど置かれている。いわゆる病院仕様のものだった。

「みんな、おそよう」

 九十九先生が入ってくる。

「執事の鈴木さんもご苦労様。もう帰っていいよ」

 執事さんは恭しく一礼して、教室を出て行く。

「クラス全員揃っているな」

 えっ、このクラス三人だけ?
 まさか、残りの全員がA組ってわけじゃないよね?

「むっつり君よ。君の言いたいこともわかる」

 むっつり君って僕のこと? って、僕の心を読んでるの?

「だが、見方を変えれば、君はハーレムなんだぞ。大人しそうな顔して、好きなんだろ?」

「……」

「まあいいや。それより、誰かさんが入学式に三十分も遅刻しやがって」

 九十九先生は幼女みたいな顔で舌を打ち、僕を睨んでくる。
 えっ? 僕、被害者だよね。

「代わりにボクが演説しろってさ」

 やれやれと肩をすくめる担任教師。

「ここヴァージニア記念高校。外国人の篤志家がバブル時代に設立した学校だ。

 ガラパゴス的に独自進化を遂げた大国日本。
 そして、既に少子高齢化が予測されていた日の昇る国。

 この国が将来にわたって発展するには、若い人材を育てる必要がある。
 という理念で設立されたんだよね。

 創立者が少子高齢化に強い関心を寄せていたので、福祉科も開設した」

 九十九先生は深いため息を吐く。

「校長のジジイめ。これだけの話を十分もかけてしたんだぜ。マジで迷惑だっての」

 校長をディスる教師って。この人、実は生徒なんじゃ。見た目的にも。

「最後に、B組の担任として補足な」

 九十九先生。さっきから僕の顔しか見ていない。

「A組は大学受験を見越して、一般教科を中心に行う。福祉については座学がメイン。実習については。年に数回のみ。体験することが目的なのだ」

 その説明に引っかかりを覚えた。

「『福祉科』ではなく、『A組』というのが気になるのですが……」

「そうだ。『A組』で合っている」

「ん?」

「B組は学校生活を通した、介護の実習をするためのクラスなのだよ」

「えっ?」

 クラスでカリキュラムも違うの?
 二年になって進学コースに別れるみたいなのは理解できるけど。入学して早々、生徒の意見も聞かずに?

 疑問を感じていたところに。

「というわけで、むっつり結人君。君に彼女たちの介護を命じる」

 さらに意味不明な発言が飛び出して。

「えぇぇっつっっつつ⁉」

 僕は叫んでしまった。

 僕は両隣に座る黒髪少女と、金髪少女を見る。
 かわいい同世代の子を介護するなんて、なにかの冗談としか思えない。

「いわゆる、擬似的な真似というか、ロールプレイ的な意味ですか?」

「君は寝言を言ってるのかね。B組は実習がメインだと説明したばかりだろうが」

「だから、彼女たちをご老人と見立てて、練習を……」

 横目で黒髪の子を見る。制服を持ち上げる膨らみが美しい。もしかして、清拭(せいしき)の練習とかで肌に触れるんじゃ。

 男子高校生の妄想をしていると。

「君の望む行為はできるぞ。ただし、練習ではなく本番だけどね」

「えっ、本番っ!」

 ここ学校なんでしょ? いいの?

「なにを勘違いしてるんだ。彼女たちの身体を練習ではなく、本番として拭くだけなのに」

 あっ、そういうこと?
 それでも、刺激は強いけど。

「そこまで実習するなんて、彼女たちは納得して――」

「なにを言ってるんだ?」

 九十九先生に発言が遮られた。

「小夜と美紅はロリババア病の患者である。つまり、君が介護する相手なんだけど」

 幼い先生は僕をジロジロと見た後、腹を抱えて笑う。ピンクの髪が跳ねた。

「もしかして、君、マジでむっつりだった? 介護プレイでエッチなことできると思っちゃったんだぁ?」

 バカにされてるけど、文句は言えない。完全に僕が悪いし。

 特に、同級生のふたりには通報されてもおかしくない。
 謝ろうとしたら。

「私、立派なおばあちゃんなんです。なんでも自分でできますから」

 黒髪の子は胸を張って答える。

「私、神凪(かんなぎ)小夜(さよ)です。ご迷惑をおかけしますが、ご容赦くださいね」

 物腰の柔らかい微笑に、僕はドキドキさせられた。

「眷属よ。小夜ちんに振り回されないようにな。ちょっと天然な子ゆえ。病気が原因じゃが」

「天道さん?」

「美紅でええ。妾は中学三年じゃからな」

「なんで、高校の教室に?」

「ロリババア病は奇病じゃ」

「その話はボクからする。面倒だけど」

 九十九先生が割って入る。

「ロリババア病の患者は全国に十数人しかいないという話はしたな?」

「はい」

「SSR以上のレアさゆえ、医学界も研究したくてな」

「は、はあ」

「どうせなら、同じ場所に集めた方が研究もしやすい」

 そういうものなんだ?

「だから、ロリババア病を受け入れる専門の教室を用意した。ここが、ロリババア病患者の受け入れ施設を兼ねた教室なんだよ。訳あって、学校の福祉科という体裁だけどな」

「へー」

「ボクは名目上は担任をしながら、実態は研究員なんだよね。教師の仕事マジでめんどくせー」

 かわいい幼女の顔で態度が悪い。本職の教師でないなら納得できるか。

「だから、むっつり君。君がふたりを介護して、ボクの研究に協力してくれない?」

 ここまでストレートに言われると、すがすがしい。

 でも、僕はA組の方がいいんだよね。
 僕自身、福祉科に進んだのはいいけど、明確に将来の道が決まってるわけじゃない。
 でも、おばあちゃんのことがあって、福祉のことを勉強したくて。
 だから、体系的に勉強できるA組に行きたいと思っている。

 さすがに引くわけにもいかず。
 希望を述べたところ。

「ダメだ。君だけはB組にいないといけない」

「どうしてですか?」

「拒否したら、君は退学になるだろう」

「くっ」

 ずるい。ずるすぎる。
 理由も言わずに、僕の意思を無視とは。
 僕、ブラック学校に入学してしまったのか。

 困った。怒って教室を出て行くのはいいけど、問題は穂乃花のことだ。
 近所の学校に行かないで、僕と同じ高校を選んでいる。無責任に辞めるわけにはいかなかった。

 僕が顎に手を当てて、考え込んでいたら。

「とはいえ、強引な方法も好かん。とりあえず、三十分だけ彼女たちと過ごしてくれ」

 九十九先生は申し訳なさそうに頭を下げる。
 見た目はいたいけな幼女なこともあり、冷たくすることもできず。

「わかりました。きちんと説明を聞いてから判断します」

「悪いな。三十分後、なぜ君じゃないとダメなのかを説明するよ」

 そう言い残して、九十九先生は教室を出ていった。
 そうして、今に至る。

 先生がいなくなったとたん、小夜さんはボケを発動。苗字呼びだと不機嫌になったので、初対面の女子を名前呼びする羽目になるという。

 いかん、小夜さんのことを考えたら、男子の生理現象がアカンことに。
 聖水の処理を終えた僕は、真新しいパンツを手にしていたのだ。小夜さんを着替えさせるために。

 ホントにどうすんの?
 仕事だと割り切って、南国の海を想像する。脳内で熱帯魚と戯れて、なんとか乗り切った。

 はー、疲れたし。
 穂乃花が精のつく料理を作ってくれなかったら、倒れてたかも。長男が寝てくれなくて、困ったけど。
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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