第24話 組織

文字数 4,635文字

「動くな! 怪しい動きを見せたら、撃つぞ」

 突然、現れた男たちは――。
 なんと、拳銃を天に向けていた。
 しかも、顔はガスマスクで覆っている。さながら、特殊部隊といった雰囲気である。

「ウソでしょ」

 あまりのことに動けなくなるが、自分よりも優先すべきものがある。
 警戒されないよう注意して、女の子たちの様子をうかがう。

 美紅ちゃんは傲然と胸を張り。
「ふん。科学の力など妾には通用せんわ」
 言葉とは裏腹に足が震えていた。

 小夜さんは、十人ほどの黒スーツを前に震えている。が、執事さんが抱き寄せると、大人しくなった。

 穂乃花は僕の手をぎゅっと握っている。
 僕を包み込むように。自分の指先を震わせて。
 僕は幼なじみを安心させようと、やや強めに握り返す。

 一方、日向先生は。

「なっ、おまえら……そこまで」

 さすがに絶句している。

「動くなと言っただろ」

 一番前にいた男が銃口を幼女先生に向ける。

「くっ」

 日向先生は悔しそうに口元を歪め、手を挙げる。
 すると、新たな足音が食堂に入ってきて。

「日向、やけに素直じゃないか。ロリババアになったせいか?」

 日向先生に話しかける声は、ハスキーな女性のものだった。

「やっぱり、君か。麗華」

 名前を呼び合っているだって?
 日向先生の知り合いが、なんで?

 ふたりの間に微妙な空気が流れている。
 麗華と呼ばれた女性はガスマスクをつけていない。なので、顔が見える。
 二十代半ばらしき彼女は、ダーツスーツを着こなしている。長身で背筋も伸びていて、モデルみたいだ。やり手のキャリアウーマンといった雰囲気が漂っている。

 日向先生と睨み合っていると、大人と子どもの喧嘩にしか見えなかった。
 口火を切ったのは日向先生だった。背の高い女性を見上げて言う。

「で、組織がなんの用だ? いきなり一般市民に物騒なものを突きつけて」

「ふっ、笑わせるな。我らの目を誤魔化せるとでも」

「……そんなのチョロいし。監視カメラの映像な。あんなの信じてたの? ボクが編集してたんぜ」

「知っている。だから、我らは貴様を通さない映像も別回線で送ってたんだ。リアムタイムでな」

「くっ」

「ちなみに、貴様が風呂を覗くのが趣味なこともな。課金とか抜かして、湯気を解除するために研究費用を誤魔化……」

「わ、それ以上は言うな!」

 日向先生の顔が青ざめていく。弱みを握られているらしい。内容的に、僕も問い詰めたいけど。

「たしかに、風呂の覗きは犯罪だよ。とはいえ任務に必要なものだ。課金については弁償する。そのあたりで手を打ってくれないか」

 プライドの高い先生が頭を下げる。僕が訊く必要なかったな。

「ダメだ。そう言って、貴様にどれだけ迷惑をかけられたことか。課長への報告書を書くのに、何度も徹夜させられたんだ」

「てへっ」

「貴様はロリババアになっても変わらんな」

「麗華もだぞ。すっかり、お役人が板についてきたようじゃないか」

 会話の流れからして、昔の同僚かもしれない。
 が、微妙になごんでいた空気は一変。真冬のように張り詰める。

「では、お役人として単刀直入に言う。ロリババア病の感染が確認された」

 氷のように冷たい声だった。

「よって、患者および濃厚接触者を隔離する。ここから出たら、撃つ」

「な、なんだと⁉」

 日向先生は顔面蒼白になり。

「くっ、妾に謀反じゃと」

 美紅ちゃんは普段の口調を維持しつつも半泣きで。

「ウソでしょ」

 僕は現実を受け止めきれない。
 僕がつぶやくと、日向先生が反応する。

結人(ゆうと)よ。こいつらは、高齢化社会対策センターの狗だ」

「なっ」

 ここで、その名前が出てくるのか。

「ずっとボクたちを監視していたんだよ」

「どうして?」

 僕の問いに答えたのは、麗華と呼ばれた指揮官だった。

「本職より説明しよう」

 彼女の口調は改まっていたけれど、威圧感に満ちている。

「君の幼なじみがロリババア病を発症したことで、感染の怖れがあることが判明した。よって、隔離する」

「えっ?」

 なに、その説明。無茶苦茶すぎる。

「麗華。短気なのは良いが、はしょりすぎだぞ」

「すまない」

 公務員は素直に頭を下げる。

「もう一度言う。ロリババア病は感染する病気だ。
 彼女については、神凪小夜、および天道美紅と接触している。推測だが、手を触れたのが原因と思われる」

「だったら、僕は手どころじゃない」

 身体だって洗っているんだ。とっくに症状が出ていてもおかしくない。

「男性のロリババア病患者は報告されていない。いや、伊藤結人は異能持ちだ。おそらく、アレに影響を及ぼして、大丈夫なのだろう」

 アレって……?
 会話の意味が理解できないけど、僕には感染しないらしい。本来なら喜ぶべきなのかもしれないが、疎外感を覚える。

「ロリババア病が全国の少女に広がった場合、日本は崩壊する怖れがある。300万人弱いる十代後半の女子を介護する国力は日本にはないんだよ。外国人奴隷を雇っても、物理的に無理。それに、将来彼女たちが産む子どものことも考慮しないといけない。日本は今以上に子どもがいなくなるんだ。国を維持するのも難しくなるだろう」

「でも、美紅ちゃんみたいな子は……」

「全員が安全だと言い切れるのか。すでに、日常生活を送れなくなり、入院しているロリババア病患者がほとんどだと聞くが」

 そう言われては黙らざるを得なかった。

「そうなる前に君たちを隔離した方がよい。そう、政府は判断した。
 もちろん、生活に困らないよう配慮するつもりだ。それから、九十九日向にはこれまでのように研究および治療に当たらせる。資金面での支援もする。
 ということで、わかってくれ」

 と言われても、納得できない。
 僕は麗華さんに想いをぶつける。

「彼女たちの扱いがひどいです。ロリババア病ってなんなんですか?」

 麗華さんはうなずく。ポニーテールに結んだ黒髪が揺れた。

「機密事項である」

「そ、そうですか」

 僕がため息を吐くと。

「だが、我々の目的と国が置かれた状況についてなら説明できる。察してくれ」

 公務員は顔をしかめる。
 ルールに従っているだけで、完全に悪い人ではないってことなのかな。日向先生とも特別に険悪ってわけじゃなさそうだし。反りが合わないけど、憎しみ合っているというほどでもない。

「我々の理念は、超高齢化社会である日本を救うこと。おこがましいことではあるが、そうでも思わないとやってられんのでな」

 ぼやくところが日向先生の知り合いらしい。

「そうそう。ボクと麗華って同期で入ったんだよ」

 日向先生が割り込んでくる。

「前にも言ったけど、2025年には団塊の世代が七十五歳を超える。で、その年になると、どこかしら病気を抱えてるんだよな」

「貴様はいつも横から入りおって」

 ふたりは仲が良いのか悪いのか。今度は麗華が話す。

「ところが、若者の人口は年々少なくなっている。働けない病人ばかりが増えているのに、それを支える人間が減る一方だという。

 つまり、日本は未曾有の少子高齢化社会を迎えようとしている。
 消費税や厚生年金は年々上がっていくだろう。給料の半分が税金に持っていかれてもおかしくないのだよ。今のままでは。

 はたして、我らの世代がどこまで耐えきれるのか。
 金もなく、ワガママ言いたい放題の老人に難癖つけられて悪者にされているのだ。いつ暴発が起きてもおかしくないとの見方もある。

 幕末の黒船に匹敵するような国難なのだ。
 当時と違い、外の脅威ではなく、内の問題なのだが。

 そこで、政府は我が組織を立ち上げた。
 根本から日本の世の中を作り直すために。第二の明治政府を目指して。

 とはいえ、根本解決には時間がかかる。
 目の前の年寄りや若い働き手は苦しんでいるんだ。
 そこで、政府は外国人を受け入れることを決定した」

 言葉を切った瞬間に、日向先生が青筋を立てて口を開く。唾が豪快に飛ぶ。

「でもさ、弱者保護は建前だったことが露呈したじゃん。
 外国人や介護従事者への安すぎる報酬の件を言っている。
 恋愛禁止なところもあるとかさー、どこのアイドルかよ!
 むっつり君もニュースで知っていると思うけど」

 僕はうなずいた。
 ブラック業界な介護のことはもちろん、外国人の件についてはひどすぎる。報道されていることが事実ならば。

「外国から奴隷を集めたところで、日本へのヘイトが高まるだけ。アメリカ帰りのボクが断言するよ。こんな国、誰も相手にしなくなるってね」

「そうだな。外国人の受け入れについては管轄が異なるとはいえ憂慮している。まったく、金を持った連中はロクなことをしない。政治家に課金してるから良い気になりやがって」

 忌々しげに吐き捨てる。
 大人の世界は怖いよ。

「我々は手柄を焦って、強引な手段に訴えたりしないんだが」

「どの口が言う。ボクに銃を向けておいて」

 日向先生が突っ込むと、麗華さんは部下に命じて銃を下ろさせた。

「悪かった。だが、日向。貴様は自分の罪を懺悔していたではないか」

「ああ。昔のボクは間違っていた。傲慢だった。それゆえに起きた事件だ」

 あっさりと担任は罪を白状した。どんな内容なのか知らないが、ひどく胸がざわついた。

「ボク、自分の身体をロリババアに改造したぐらいで、罪が消えるとは思ってないよ」

 えっ?
 ホントだったら、いろんな意味で大変なことなんじゃ。

「しかし、貴様はナノマシンを埋め込んだところで、幼女になっただけ。ロリババア病を発症せぬとは幸か不幸か」

「いや、ボクの頭脳が死んだら、誰が彼女たちを治すってんだよ」

 すさまじい言葉が飛び交っている。

 ナノマシンを埋め込んだ?
 しかも、ロリババア病と関係あるように聞こえるんだけど。

 すぐに問い詰めたいけど、割り込める雰囲気じゃない。あとで、先生を追及しよう。

「ボクは自分の罪を贖うためにも、研究を進めないといけないんだ。頼むから、ボクの邪魔をするな」

「貴様の努力は買おう。だが、ナノマシンを直接吸い込んでいない人間が感染した。上の決定事項だ。LB計画は無期限停止である」

 またしても、未知の言葉が飛び出す。

「ふーん、残念だね。ボクは若い女性の力が未来を救うと信じていたのにさ」

「科学は宗教なのか?」

「いや。科学はどんなに進化しても、人間は未熟なままだ。宗教にはなりえない」

 日向先生はピンクの髪をかきむしる。

「だから、ボクは科学への信仰は捨てた。今は彼女らを治すことが、ボクの存在理由だ」

 そう言って、担任教師は両手を上げる。

「降参でいいのか?」

「ああ。約束通り、生徒の安全は守ってもらうぞ」

「貴様等の行動は監視している。寮の敷地から出ようものなら、発砲も辞さない。上からの許可は下りている」

 麗華さんは僕たちに一礼すると、食堂を出て行く。
 黒スーツ男たちの足音が不快な音を奏でた。
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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