第26話 真相(ネタバレ回)

文字数 4,474文字

「すまない。ボクのせいで君たちの運命を狂わせてしまって」

 日向先生が頭を下げる。食堂の床に新たな水滴が落ちた。涙は地図のような模様をフローリングに描いていた。

 ロリババア計画。
 正直なところ、アンドロイドやナノマシンなんて、途方もなさすぎて実感が湧かなかった。

 だが、過酷な現実が事実を突きつけてくる。
 時刻は午後二時になろうとしていた。政府の人が寮にやってきてから三時間が経とうとしている。


 麗華さんたちが去ったあと、しばらくお通夜モードが漂っていた。
 さすがに日向先生も体育座りをしたまま動かない。
 話がわかる美紅ちゃんと穂乃花は黙り込む。
 小夜さんはマイペースで絵本を読んでいた。それだけが救いだったというか。
 執事さんはあえて気をきかせてくれたのか、キッチンに引っ込む。

 僕はといえば、彼女たちの世話をするでもなく、ただ無駄に時間をすごしていた。
 理不尽な目に遭った少女たちに、かける言葉が見つからなくて、自分がやるせなかったのだ。

 停滞した時間がどれだけ続いた頃だろうか。
 キューと、かわいらしい音が鳴る。小夜さんがおなかを鳴らしたのだった。

『ごめんね、小夜さん』

 僕は自分のやるべきことに気づいた。
 彼女たちは生きている。だから、僕が世話をするんだ。
 執事さんに昼食の準備を頼もうとしたら、彼が遅めの昼食を運んできた。

『ありがとうございます』

『まずは、腹ごしらえです。簡単ですが、栄養が摂れるよう工夫しましたから』

 彼は微笑を浮かべ、テーブルに皿を置く。
 みんなが席につくが、日向先生だけは床に座ったまま。

『先生? 大丈夫ですか?』

『ああ、すまない。執事さんの言う通りだ。肉を食おうぜ』

 塩気の効いたサンドイッチが、疲れた心に活力を少しだけ取り戻してくれた。
 日向先生に肉を奪われ、僕はツナや卵サンドで我慢したけど。まあ、文句を言わないでおいた。

 食後。

『話がある。君たちにすべての秘密を打ち明ける』

 日向先生は僕たちに向かい合って、頭を下げた。
 日向先生の幼少時からの話を経て、今に至る。

「先生、顔を上げてください」

 僕はツラそうにうつむく先生にハンカチを渡す。
 幼女先生の指に触れた。氷みたいに冷たかった。
 先生は涙を拭くと、髪をかき上げる。横に結んだピンク髪がなびいた。

「ごめん、まだ話は途中だし、ボクは自分の罪と向かい合わないといけないのに」

 少し前まで涙があふれていた水色の瞳は、蛍光灯の光を浴びて輝いている。
 先生の覚悟に応えるためにも、僕も真実を直視しないと。

「教えてください。パーティーでなにがあったか?」

 先生は再び語り始めた。

   ○

 パーティーがお開きになった後、我が組織が選んだ天才たちを控え室に集める。
 ボクの口から今後のことを説明することになっていたんだ。

 高級ホテルの一室。有名画家の絵画がかけられ、洒落たクラシックが流れる落ち着いた空間だった。
 小夜や美紅。今は入院中のロリババア病患者たちは全員がそこにいた。
 プレミアム・スーパー・ガール。日本の未来を担う若き天才たち。それぞれが、独特のオーラを放っていた。

 中央にシックな雰囲気のテーブルがある。それこそ貴族の家にありそうな感じの。
 その上に、実験室にありそうなガラスのケースが置かれていた。
 ひどく不釣り合いなソレは、強化ガラスで守られていた。マグナム弾も防げると謳われる最強の強化ガラスである。

 中に入っていたのは、ナノマシン。その名も、『今日から君はロリババア 〜ロリババアアイドルになって日本を救おう〜』だ。
 な、なにを笑ってる? かっけーじゃんか!

 君たちのセンスはさておき、話を戻すぞ。
 ナノマシンは開発途中のプロトタイプ版。事前に万全の調整を済ませたうえで、実験を進める計画だった。

 本当はわざわざパーティーに持ってくるつもりはなかったんだよね。
 なのに、どっかの官庁の偉い人が命令だしてさ。

 そいつもパーティーに来ていてさ。早く帰ればいいのに、説明会にまで顔を出したんだぜ。奴、ハゲデブでさー、いまどき頭がバーコードだという。おっさん、娘のパンツを食って、逮捕されろっての!
 とにかく、お偉いさんは偉そうにボクたちを見下してたんだよな。なのに、ボクの上司は必死にへつらっているわけ。
 あまりにムカついたので、ビールをつい飲んでしまったんだ。今にして思えば、後悔してもしきれない。

 高級ホテルの一室は異様な空気に包まれていた。
 秋の夜は深まりつつある。中高生の少女たちを遅くまで拘束するわけにもいかない。

 ボクは課長に目で合図し、軽く計画の概要を話してもらうことに。
 もちろん、未成年であるため、親の同意もいる。詳しい資料と同意書を渡して、その日はかいさんのつもりだったのだ。

 ところが、課長が高齢化社会の問題を話し始めたところ。

「なにをまどろっこしいことをしておる」

 バーコードが割り込んできて。

「ナノマシンは完成しているんだろ」

「いえ、これは試作品でして……」

 あたふたする課長の話を聞かずに、奴はスーツの胸ポケットからリモコンを取り出した。

 嫌な汗がボクの背中を伝う。
 マズい。ボクは長い役人生活で、現場を軽視する連中の暴走を何度も見てきた。
 止めなくては。

「おい、待て!」

 クビを覚悟で飛び出るも。

 ――ポチッ。

 スイッチは押されてしまい。
 銃弾からも守られるケースは簡単に開いてしまい。

 目視が不可能なナノマシンが、空気に溶けていく。
 ボクは慌てて叫んだ。

「みんな口をハンカチで覆え!」

 誰かが試作品のナノマシンを吸い込んだ可能性がある。
 万が一を考えて持ってきた空気吸入器を、ボクは作動させる。掃除機の強化版みたいなもの。強烈な吸引で室内の空気を吸い上げ、ナノマシンを回収する作戦だった。

 十分後には室内の清掃が完了したのだが、異変が起きた。バーコードのおっさん。髪がごっそりと落ちたのだ。カツラだったらしい。バーコードなカツラって意味あんのか? プークスクス。
 激怒したおっさんは、息を荒くして出て行ったよ。

 で、落ち着いたのだが、事故が起きた以上は計画を継続するわけにはいかない。
 その日はいったん解散になったのだが。

 少女たちはナノマシンを吸った可能性がある。
 念のために、麗華のチームが監視することになった。もちろん、ボクも彼女たちを検査する準備を進めたよ。

 最初に異変が起きたのは、当時高一の美少女だった。彼女は小柄で貧乳なのに、古武術の天才。
 無駄のない体さばきは神クラス。MMORPGの世界に閉じ込められても生き残れそうな素質だった。

 が、パーティーから一ヶ月後のこと。なにもない道で転んだのだ。すぐに、麗華が彼女を回収し、ボクのところに連れてくる。
 脳の損傷が確認されたよ。それこそ、認知症の老人みたいな状態だった。

 おまけに、彼女は狐耳系のロリババアになったんだよね。
 なぜにナノマシンを吸ったら、ロリババアに。LB計画の試作品とはいえ、びっくりである。

 疑問に思っていたら、次々とパーティーの参加者に異変が起こるじゃないか。
 そのなかには、小夜と美紅もいた。

 で、ボクらの組織は彼女らに対して、ロリババア病と名づけた。
 脳が壊れて、ロリババアになったから。

 言っておくが、笑い話ではないぞ。
 なんの罪のない少女たちが人の過ちで運命を狂わされたのだから。

 直接のきっかけは、バーコードが現場を無視したこと。だが、ボクの試作品に問題があったことも事実。

 ボクは自分の罪を悟り、胸が張り裂けそうになった。ボクは自分の生き方が恥ずかしくなる。自分が天才だなんて、傲慢すぎる。
 科学に携わる資格はない。仕事を辞め、なにもせずに罪を悔いて生きよう。

 辞職届を持って上司の席に向かったら、麗華が立ちふさがる。

『貴様にしかできないことがあるだろが!』

 怒鳴られて、ボクは目が覚めた。

 贖罪として、ボクは自分にもナノマシンを注入する。そしたら、身長が縮んで、胸も小さく、童顔になったというわけ。今のボクが生まれたのさ。

 身体が幼くなったら、心も軽くなる。前向きに考えられるようになった。幼女パワー、マジパネエっす。

 ロリババア病患者を受け入れるための施設を立ち上げることを上に打診する。
 とはいえ、経緯が経緯なだけに、ナノマシンのことや病気の存在は表に出せない。バーコードはエラい人みたいで、総理の責任どうたらあるとか。

 そこで、福祉科がある学校に特殊な学級を設立することに。
 それが、ここ。ヴァージニア記念高校ってわけ。私立高が、まさか国と関わりあるって誰も思わないかと。助成金をちらつかせたら、喜んで貸してくれたんだよな。

 こうして、ボクが常駐して少女たちの治療と研究に当たることになったんだ。
 LB計画はもちろん凍結し、みんなを治すことを最優先で、ボクは研究に励んだよ。

 もっとも上はちがくて、君たちを見張ってたんだけどさ。

 すまない。
 奴らがボクたちを監禁したのは、証拠隠滅的な意味もある。入院中のロリババア病患者も隔離されているだろう。

 ボクにもっと才能があって、本物の天才だったら……。
 君たちには明るい未来が輝いていたというのに。

 ○

「何度も言いますが、先生、顔を上げてください」

 僕が先生の肩に触れると、幼い教師は素直に言うことを聞いた。
 素人が意見を出すのは恥ずかしいけど、僕は訊いてみる。

「ナノマシンが脳に悪影響を及ぼしているなら、手術とかでなんとかならないんですか?」

「無理だ。とっくに検討した」

 やっぱ、そうだよね。

「脳の奥深くまでメスを入れたところで、対象は小さすぎる。ナノマシンだけを取り出すことは不可能だ。それに、今さらナノマシンが摘出できたところで、すでに受けた損傷が治るわけではない。
 つまり、現代医学ではどうにもならない。
 君の力。TK細胞を研究することで、打開策を見出すつもりだ」

 TK細胞。僕の異能は、TK細胞という細胞の働きらしい。

「TK細胞って、なんなんでしょうか?」

「入学説明会の時、ボクの手に触れただろ。その時に、ボクのナノマシンが君の身体に入り込んだらしい。ありえないはずなんだが……君がムッツリだからかも」

 と言われても、僕はどうしたらいいんでしょう。という感じ。
 一時的にロリババア病の症状が消えるだけで、すぐに元に戻るし。ツクヨミの変若水が起源らしいけど、役に立たない力である。

 雲が太陽を遮る昼下がり。まさに、目の前が真っ暗だった。
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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