第14話 テニス少女
文字数 2,990文字
「覚悟はできておるな。さて、イクのじゃー!」
仰々しい叫び声がテニスコートに鳴り響いた。
学校を出て、最寄りの地下鉄入り口を越えたところにある公園に僕たちはいる。子育て世代に人気のある街ということもあり、親子連れで賑わっている。
特に、ここ数日は日増しに暖かくなっていることもあり、滝の周りが人気だ。都内の公園に人工とはいえ滝があるのには軽く驚いたけど。
のんびりと本でも読んですごしたくなるけれど、今日に限っては無理そう。本の代わりにテニスラケットを持っているし。
テニスコートの脇では小夜さんと穂乃花が話している。会話の内容までは聞こえないが、雰囲気的に問題はなさそう。
さすがは、我が幼なじみ。僕のおばあちゃんがボケてからも、それなりにコミュニケーションを成立させてたんだよね。僕と違って、友だちも多いし。
コートの反対側には、金髪のじゃロリ少女がいる。ボールをトスする。三階に届きそうなほどの勢いだ。
僕はラケットを握る手に力を入れた。
本気の美紅ちゃんを相手にしないといけないんだ。気を引き締めないと。
――ビューン。
風切り音が鳴り、耳元をなにかが通過する。首を振ると、軟球がグリーンの人工芝に落下した。
「すげー」
思わず、感嘆の声を漏らした。
体育の授業で少しやっただけの僕では反応できないよ。
っていうか、テニス部よりもうまいんじゃ……。
「見たか。我が力を。いにしえより磨き上げた疾風魔法。とくと思い知るがええ」
「そうだね。あまりの破壊力にびっくりしたよ」
適当に突っ立っておいて、時々褒めるのがよさそう。
もともと、美紅ちゃんがやりたいと言ったから来たんだ。僕は引き立て役だ。彼女が気持ちよくなれば、目的の半分は果たされる。
もう半分は小夜さんの散歩なんだけど。そっちは穂乃花に任せておけば大丈夫だろう。
「では、第二波を放つとしよう。覚悟するのじゃ」
美紅ちゃんは左手を天に掲げるようにし、仰々しくボールを放る。ツインテールが弾んだ。右腕を大きく振り上げて――。
ボールと午後の太陽が重なり、僕は目をそらしてしまう。
サーブが来ると思ったが。
――ポトン。
白球は僕の方に飛んでこないで、彼女の足元を転がっていた。
「ぐがっ」
忌々しげに美紅ちゃんは吐き捨てる。
「弘法も筆を誤るとは……」
自分で言うのが美紅ちゃんらしい。一日三分だけ見せる本性はとても素直な子なんだけど。
「通常のルールとは異なるが、サーブを一回でもミスしたり、ポイントを失うごとに交代とするのじゃ」
「いいよ。美紅ちゃんのルールで」
「うむ。眷属の鍛錬に付き合うのも上位者の努め。さあ、汝の一撃を妾に見せるがええ」
ボールを投げて僕を煽ってくる。
美紅ちゃんはテニスウェアを着ていた。女子中学生の太ももは健康的でまぶしい。
時々、アンスコも見える。下着じゃないとわかっていても、恥ずかしくなる。毎日のお風呂では下着どころか、いろいろとアレしてるのに。
とりあえず、ボールを受け取ったが、僕に球技の心得はない。ミスしなければいいだろう。
ちょこんとボールを投げ、相手のコートに届くことだけを目標にラケットですくい上げる。
白球は遅いながらも放物線を描く。
軌道を読んだ美紅ちゃんが走る。スコートがパサパサと揺れた。ちらつく太ももが心をかき乱してくる。
スローボールが彼女のところに到達する。
――ビューン!
ラケットが勢いよく、ボールを叩――かなかった。
白球は人工芝を転がっている。
「えっ?」
空振り? 先ほどのサーブといい、二連続で? あんな迫力がある振りなのに?
「うわぁあっ! 今のはアレじゃ。遅すぎてタイミングが狂ったのじゃ」
「あっ、そう。そうだよね」
なら、納得できた。
しかし、難しいな。不得意なスポーツで接待プレイするのは。適当にやったのが悪かったのかも。
次は、もう少し強くサーブを打つ。
普通(当社比)の速度で、美紅ちゃんを目がけて打つ。
彼女は即座に反応し、元気よくラケットを引き、迫力ある音が鳴って。
盛大な空振りをした。
「なっ、妾が一度ならず二度までも」
愕然とラケットを見ている美紅ちゃん。
ふざけてるのもかもしれないけど、そう言い切れなくて心配になる。
僕の次のサーブは空振りだった。美紅ちゃんにサーブが変わる。
今度は当たったのはいいけれど、鋭いボールはネットを揺らす。
今回のルールでは交代のはず。なのに、彼女はボールを拾うと、持ったまま後ろに下がる。
またしても、彼女のサーブは空振りに終わった。
次は、剛速球。僕が動けずにいると、ボールはコースから数メートル外れた場所に落下する。
「クソォォッッッ!」
何度も何度も、彼女はサーブを繰り返す。
野球にたとえると……当たればホームラン、三振も多いけど。そんな感じだった。
いつもの『のじゃロリ』は鳴りを潜め、苛立ちが全面に現れていた。
僕は放っておけなくなった。亡くなったおばあちゃんがボケ始めた頃、今の彼女みたいだったから。
僕はコート脇に設置された自販機でスポーツドリンクをふたつ買う。
「僕、疲れた。休憩にしたいな」
美紅ちゃんに渡す。彼女は渋々と受け取った。
ベンチに座る。傾き始めた陽が女子中学生に注ぐ。適度に日焼けした肌が赤みを帯びている。
「……妾、みっともないじゃろ?」
「ううん、そんなことないよ」
「気を遣わんでええ」
「いや、そういうつもりは……。だって、遊びだし」
「遊び? ……無理もない。今の妾を見たら」
美紅ちゃんは寂しげに口元をぎゅっと歪める。なにかに耐えているようだった。
ムキになってプレイしたり、遊びという言葉に過剰な反応をしたり。不自然すぎる。
僕は彼女のことが心配になって、つい訊ねていた。
「ごめんね。美紅ちゃんにとって、テニスは大事なものなんだよね?」
「うむ。妾はテニスに青春を賭けてたんじゃ」
言い回しこそ普段通りだったけど、苛立ちや不安、絶望がない交ぜになっていた。
僕の立場的に訊いてよい質問かわからない。
でも、友だちとしては黙っていられなかった。
「僕に美紅ちゃんのことを教えてくれないか?」
すると、彼女は頬を真っ赤に染めた。
「なっ、妾のすべてを見ておいて、まだ妾を見せろとはな」
その言い方は。お風呂のことを思い出し、僕まで恥ずかしくなる。
「冗談じゃ。妾の人生など教えても問題なかろう」
彼女は傲然と胸を張り。
「妾な。中一の時にプロに勝ったんじゃ」
「えっ?」
会話の流れからして。
「テニスで?」
「そうじゃ。まあ、ロリババア病になってから、見るも無惨な痴態を晒しておるのじゃが」
ウソだろ。だとしたら、彼女の反応も理解できる。プロ級の実力なのに、僕みたいな素人に『遊び』と評されたら?
「ご、ごめん。僕はなにも知らずに無神経なことを言ってしまって」
「汝は悪うない。気を遣ってくれたのはわかっておる」
彼女の優しさが胸に染みた。
仰々しい叫び声がテニスコートに鳴り響いた。
学校を出て、最寄りの地下鉄入り口を越えたところにある公園に僕たちはいる。子育て世代に人気のある街ということもあり、親子連れで賑わっている。
特に、ここ数日は日増しに暖かくなっていることもあり、滝の周りが人気だ。都内の公園に人工とはいえ滝があるのには軽く驚いたけど。
のんびりと本でも読んですごしたくなるけれど、今日に限っては無理そう。本の代わりにテニスラケットを持っているし。
テニスコートの脇では小夜さんと穂乃花が話している。会話の内容までは聞こえないが、雰囲気的に問題はなさそう。
さすがは、我が幼なじみ。僕のおばあちゃんがボケてからも、それなりにコミュニケーションを成立させてたんだよね。僕と違って、友だちも多いし。
コートの反対側には、金髪のじゃロリ少女がいる。ボールをトスする。三階に届きそうなほどの勢いだ。
僕はラケットを握る手に力を入れた。
本気の美紅ちゃんを相手にしないといけないんだ。気を引き締めないと。
――ビューン。
風切り音が鳴り、耳元をなにかが通過する。首を振ると、軟球がグリーンの人工芝に落下した。
「すげー」
思わず、感嘆の声を漏らした。
体育の授業で少しやっただけの僕では反応できないよ。
っていうか、テニス部よりもうまいんじゃ……。
「見たか。我が力を。いにしえより磨き上げた疾風魔法。とくと思い知るがええ」
「そうだね。あまりの破壊力にびっくりしたよ」
適当に突っ立っておいて、時々褒めるのがよさそう。
もともと、美紅ちゃんがやりたいと言ったから来たんだ。僕は引き立て役だ。彼女が気持ちよくなれば、目的の半分は果たされる。
もう半分は小夜さんの散歩なんだけど。そっちは穂乃花に任せておけば大丈夫だろう。
「では、第二波を放つとしよう。覚悟するのじゃ」
美紅ちゃんは左手を天に掲げるようにし、仰々しくボールを放る。ツインテールが弾んだ。右腕を大きく振り上げて――。
ボールと午後の太陽が重なり、僕は目をそらしてしまう。
サーブが来ると思ったが。
――ポトン。
白球は僕の方に飛んでこないで、彼女の足元を転がっていた。
「ぐがっ」
忌々しげに美紅ちゃんは吐き捨てる。
「弘法も筆を誤るとは……」
自分で言うのが美紅ちゃんらしい。一日三分だけ見せる本性はとても素直な子なんだけど。
「通常のルールとは異なるが、サーブを一回でもミスしたり、ポイントを失うごとに交代とするのじゃ」
「いいよ。美紅ちゃんのルールで」
「うむ。眷属の鍛錬に付き合うのも上位者の努め。さあ、汝の一撃を妾に見せるがええ」
ボールを投げて僕を煽ってくる。
美紅ちゃんはテニスウェアを着ていた。女子中学生の太ももは健康的でまぶしい。
時々、アンスコも見える。下着じゃないとわかっていても、恥ずかしくなる。毎日のお風呂では下着どころか、いろいろとアレしてるのに。
とりあえず、ボールを受け取ったが、僕に球技の心得はない。ミスしなければいいだろう。
ちょこんとボールを投げ、相手のコートに届くことだけを目標にラケットですくい上げる。
白球は遅いながらも放物線を描く。
軌道を読んだ美紅ちゃんが走る。スコートがパサパサと揺れた。ちらつく太ももが心をかき乱してくる。
スローボールが彼女のところに到達する。
――ビューン!
ラケットが勢いよく、ボールを叩――かなかった。
白球は人工芝を転がっている。
「えっ?」
空振り? 先ほどのサーブといい、二連続で? あんな迫力がある振りなのに?
「うわぁあっ! 今のはアレじゃ。遅すぎてタイミングが狂ったのじゃ」
「あっ、そう。そうだよね」
なら、納得できた。
しかし、難しいな。不得意なスポーツで接待プレイするのは。適当にやったのが悪かったのかも。
次は、もう少し強くサーブを打つ。
普通(当社比)の速度で、美紅ちゃんを目がけて打つ。
彼女は即座に反応し、元気よくラケットを引き、迫力ある音が鳴って。
盛大な空振りをした。
「なっ、妾が一度ならず二度までも」
愕然とラケットを見ている美紅ちゃん。
ふざけてるのもかもしれないけど、そう言い切れなくて心配になる。
僕の次のサーブは空振りだった。美紅ちゃんにサーブが変わる。
今度は当たったのはいいけれど、鋭いボールはネットを揺らす。
今回のルールでは交代のはず。なのに、彼女はボールを拾うと、持ったまま後ろに下がる。
またしても、彼女のサーブは空振りに終わった。
次は、剛速球。僕が動けずにいると、ボールはコースから数メートル外れた場所に落下する。
「クソォォッッッ!」
何度も何度も、彼女はサーブを繰り返す。
野球にたとえると……当たればホームラン、三振も多いけど。そんな感じだった。
いつもの『のじゃロリ』は鳴りを潜め、苛立ちが全面に現れていた。
僕は放っておけなくなった。亡くなったおばあちゃんがボケ始めた頃、今の彼女みたいだったから。
僕はコート脇に設置された自販機でスポーツドリンクをふたつ買う。
「僕、疲れた。休憩にしたいな」
美紅ちゃんに渡す。彼女は渋々と受け取った。
ベンチに座る。傾き始めた陽が女子中学生に注ぐ。適度に日焼けした肌が赤みを帯びている。
「……妾、みっともないじゃろ?」
「ううん、そんなことないよ」
「気を遣わんでええ」
「いや、そういうつもりは……。だって、遊びだし」
「遊び? ……無理もない。今の妾を見たら」
美紅ちゃんは寂しげに口元をぎゅっと歪める。なにかに耐えているようだった。
ムキになってプレイしたり、遊びという言葉に過剰な反応をしたり。不自然すぎる。
僕は彼女のことが心配になって、つい訊ねていた。
「ごめんね。美紅ちゃんにとって、テニスは大事なものなんだよね?」
「うむ。妾はテニスに青春を賭けてたんじゃ」
言い回しこそ普段通りだったけど、苛立ちや不安、絶望がない交ぜになっていた。
僕の立場的に訊いてよい質問かわからない。
でも、友だちとしては黙っていられなかった。
「僕に美紅ちゃんのことを教えてくれないか?」
すると、彼女は頬を真っ赤に染めた。
「なっ、妾のすべてを見ておいて、まだ妾を見せろとはな」
その言い方は。お風呂のことを思い出し、僕まで恥ずかしくなる。
「冗談じゃ。妾の人生など教えても問題なかろう」
彼女は傲然と胸を張り。
「妾な。中一の時にプロに勝ったんじゃ」
「えっ?」
会話の流れからして。
「テニスで?」
「そうじゃ。まあ、ロリババア病になってから、見るも無惨な痴態を晒しておるのじゃが」
ウソだろ。だとしたら、彼女の反応も理解できる。プロ級の実力なのに、僕みたいな素人に『遊び』と評されたら?
「ご、ごめん。僕はなにも知らずに無神経なことを言ってしまって」
「汝は悪うない。気を遣ってくれたのはわかっておる」
彼女の優しさが胸に染みた。