第10話 ドキドキ入浴介助

文字数 3,939文字

「みなさま、お夕飯ができましたぞ」

 階下から、執事さんの声が響いた。バリトンでダンディーな声である。

 日向先生に専用スマホを渡されてから三時間ほど経っていた。
 夕方まで小夜たちの世話というか、一緒に遊んでいたのだった。

「じゃあ、ご飯にしようか?」

「うむ。妾はドジョウの柳川を所望するぞ」

「えっ?」

 一度、穂乃花が作ってくれたことあるけど、普通に出てくる料理じゃないような。

「地元の名物なのじゃ」

「そ、そうなんだ」

「うむ。あと安くてうまい駄菓子も多いんじゃぞ」

「へー」

 歩きながら盛り上がっていたら。

「お兄さん。夕方ですね。私そろそろ帰宅しませんと」

 小夜さんが首をかしげる。階段を下りたところだった。

 そこに、日向先生が自室から出てくる。歩きスマホをして。画面には、バーチャル美少女に転生したオジサンが映っていた。
 画面を見たまま、僕の耳元でささやく。

「エロマンガくん。こういう時、どう答えるのがいいと思う?」

「うっ」

 さりげなく僕を試してくるので、油断ができない。

「彼女の話に耳を傾けることです?」

「とりま、やってみろ」

 僕はうなずいてから、小夜さんの横に。

「小夜さん、なにか予定が?」

「ええ。お夕食が終わりましたら、お父さまに事業の報告をすることになっておりますので」

 事業の報告? まさか、会社を経営してたの? まあ、執事がいるくらいだ。本物のお嬢様かもしれないけど。

 僕のことも執事のひとりだと思ってるみたいだし。ならば、利用させてもらおう。

「……先ほど、旦那様よりご連絡がありました。急なご予定で戻りが遅くなるとのこと。先に休んで問題ないとおっしゃっていました」

 適当に理由を作ったところ。

「さようですか。ところで、お夕飯にいただいたビーフシチューおいしかったですよ」

 うっ。斜め上の反応すぎるというか。いつのまにか彼女の中では別のことに話題が移っていたらしい。
 僕、失敗してないよね? とりあえず、日向先生に鼻で笑われた。

 ところで、夕食はビーフシチューである。偶然なの?
 小夜さんは皿に目を落とし。

「赤ワインと香草の香り。爺やのビーフシチューは久しぶりですし、楽しみにしております」

 あれ? 彼女と向き合うことの難しさを実感させられる。

「というわけで、ムッツリ君よ。実習だ。ふたりにアーンして食べさせろ」

「……は、はい」

 仕方ない。仕事なので、僕は知り合ったばかりの子にアーンをすることに。
 恥ずかしくて、せっかくの料理も味がよくわからなかった。

 食事を済ませると、執事さんが紅茶を入れてくれた。

 それだけでなく。
 執事さんは食堂に隣接する管理人室に戻ると。
 バイオリンを片手に戻ってきて、弾き始める。

 プロ級だった。朝からのドタバタで疲れた心が洗われる。
 小夜さんと美紅ちゃんも静かに聴いていた。美紅ちゃんは目をつぶっているけど。

 一方、日向先生はスマホでソシャゲをやっている。
 何曲か終わった頃、執事さんは手を止めた。

「みなさま。お風呂でもいかがですか?」

 い、いつのまに?

「リモコンのスイッチでお風呂も沸かせますから」

 演奏の合間にこっそりリモコンを操作したってことか。

「大浴場だけど一つしかないから、交代で入ることになってんだ」

 日向先生が薄い胸を張って説明する。

「じゃあ、僕は後で大丈夫です」

「はっ、君はなにを言っている」

 僕が希望を述べると、担任に却下された。

「君には入浴介助という大仕事があるだろう」

「えっ?」

 意味がわからない。彼女たちと入れってこと?

「そ、その……学校として問題にならないんです?」

「問題ない。演習の一環だからな」

「そ、そうですか。なら、僕は彼女たちの後に入りますね」

 あくまでも、入浴介助は介助。僕自身が入るわけではなく、僕は世話をするだけ。そうですよね?

「通常ならな。しかし、君の役目はロリババア病の研究も手伝うこと。同世代の男子と一緒に入浴することで、彼女たちに変化があるかもしれない」

 日向先生は研究者の顔で言う。
 そこまで言われたら、やるしかないかな。やっていいんだよね?

 僕は小夜さんと美紅ちゃんを伴って、浴室へ。
 脱衣所が六畳ぐらいある。三段の棚に脱衣カゴが数個おかれていた。

 美紅ちゃんは僕の目も構わず、豪快に脱ぎ出す。

「ちょっ、美紅ちゃん?」

「なにを恥ずかしがっておる。妾と汝は血の盟約により縁を結んでおる。いわば、一心同体なのじゃ」

「は、はあ」

 無視しよう。自分のことはできる子だし。
 僕は小夜さんに目を向ける。

「おトイレ広くなりましたね」

 と言うやいなや。スマホがおトイレタイムを告げる。

「うわっ」

 用を済ませてから、脱衣所に戻る。
 美紅ちゃんが苦戦していた。ブラジャーだけを身にまとって。背中に手を回して。

「我が眷属よ。ようやく戻ったか」

「どうしたの?」

「汝に仕事がある。妾を束縛せし布が邪魔なのじゃ。妾の弱点属性を用いた結界が張られておってな」

 とにかく困ってるようだ。

「病気になる前はできたのじゃ。じゃが、今の妾は力が封じられた状態。繊細なことが苦手なのじゃ。今まではロリババア教師にさせておったのじゃがな。今日からは汝をブラ外しの役に任命する」

 ホックが外れないらしい。実は、おばあちゃんで慣れている。

「いいよ。僕でよければ」

 と答えたのはいいものの、ほっそりした背中に指が触れてしまう。心臓が飛び跳ねそうになった。

 七十すぎの親族と、中学三年の知り合ったばかりの子。状況がちがいすぎる。
 僕は震える指で格闘するのだった。結局、一分もかかってしまった。

 その間、小夜さんはなにもしていなかった。いや、厳密にいうと、脱衣所の隅にあった生け花を見ていた。好きなんだな。

「小夜さん。お風呂どうする?」

 入る気はあるらしい。僕のところに近づいてきて、バンザイする。
 けど、彼女はブラウスを着ていて……。

 つまり、僕がボタンを外さないといけなくて。
 服を持ち上げる膨らみが立派なうえに、甘い香りが僕を誘惑する。

 美紅ちゃんを頼ろうにも、すでに浴室に行っていた。
 危ないところに触らないよう注意して、同じ年の女子を脱がすのだった。

 広い浴室はバリアフリーだった。手すりがあるのはもちろん、床も滑りにくい素材が使われている。

 どこを見たらいいんだよ。下を気にすると、女の子の大事なところが目に入る。
 なので、視線を上にした。ふたつの膨らみと、その頂点にある鮮やかなモノが猛威を振るう。

 今の僕は全裸。アレがアレなことになったら、困る。ふたりとも気にしないと思うけど、僕がダメ。

 とはいえ、彼女たちから目をそむけたら、僕がいる意味はなくて。
 安全に配慮するためにも、見ないといけないんだよね。

 あたふたしていたら。

「眷属よ。妾の背中を洗うがええ」

 さらに大変な事態に。
 とはいえ、これこそ立派なお仕事である。演習の意味でも断れない。
 なめらか素材のタオルに石けんをつけ。

「お邪魔します」

 なにをお邪魔するのさ。自分で突っ込みながら、女子中学生の背中を触る。

「ひゃぅうっ」

 かわいい叫び声。のじゃロリとのギャップがありすぎる。

「汝の指、気持ちいいのじゃ。前も洗ってくれるかえ?」

「えっ、それは」

 僕の反応も構わず、後ろを振り返る美紅ちゃん。小ぶりながらも、桜色の蕾は新鮮な色合いだった。

「ぼ、僕、小夜さんを洗うから」

 どうにか逃げたところ。

 小夜さんが全身石けんまみれで、気持ちよさそうに自分の身体を洗っている。
 大事なところは隠れているけど、たわわな双丘が大胆に形を変えていらっしゃる。

 あまりの迫力に僕の身体は反応しかけてしまう。
 貝殻の名前を脳内でつぶやいて、貝みたいに硬くなるのを防ぐのだった。

 お風呂上がり。僕は患者さんの部屋にいた。変な意味ではなく、寝るための準備をするためだ。

 彼女たちの部屋。ふたつに並んだベッドが目を惹く。インターホンらしき機械類が取りつけられていて、病院仕様だ。

 他には質素な机とタンス、あまり高くない本棚がある。
 ぬいぐるみや人形のファンシーグッズがなければ、殺風景な部屋だった。

 ドライヤーで小夜さんの髪を乾かしながら、半端ない疲労を感じていた。
 猛烈に濃密な一日だったし、無理もない。

 おばあちゃんの介護をしていた時とは全然ちがうというか。
 頭もロクに働かない。あくびを噛み殺していると。

「妾は休息する。眷属よ。特別に妾と同衾することを許そうぞ」

 先に髪を乾かした美紅ちゃんが、ぬいぐるみを抱えて言う。

「ははは、今日は疲れたから、また今度ね」

 僕が笑って受け流すと、美紅ちゃんは自分のベッドに潜り込んだ。

 気づけば小夜さんは寝ていた。
 そこで不安になるのが、例のこと。アプリを見ると、四時間後に設定されていた。

 これ、夜中に起こして行くパターンじゃん。
 僕はお姫様抱っこで小夜さんをベッドまで運ぶ。

 自分の部屋に戻ると、一直線にベッドへ。
 十秒も経たずに、意識が遠のいていく。

 丑三つ時。アラームに起こされ、僕は同級生の女の子をトイレに連れて行くのだった。
 重労働である。
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登場人物紹介

伊藤 結人(いとう ゆうと)

中学生時代に祖母の介護をした。

福祉の勉強をすべく、福祉科があるヴァージニア記念高校に入学する。

が、どうやら特殊な能力があるようで、ロリババア病の少女たちの介護をすることに。

神凪 小夜(かんなぎ さよ)

家がお金持ちのお嬢様。

才色兼備な優等生だったのだが。

ロリババア病を発症し、ボケている。

結人と同じクラスで、彼に介護される。

ご飯を食べたことを忘れたり、家にいるのに外出したつもりだったり。

天道 美紅(てんどう みく)

元テニス選手。中学生ながら、プロに勝ったこともある。

ロリババア病を発症し、のじゃロリになる。

結人と同じクラスで、彼に介護されるのだが、傲岸不遜で結人を眷属扱いしている。

中二病を患う中学三年生。

青木 穂乃花(あおき ほのか)

幼なじみ。優しくて、尽くしてくれる子。爆乳。

結人の傍にいたくて、ヴァージニア記念高校の普通科に進学する。

小夜と美紅に振り回される結人を助けるも、小夜たちには複雑な感情を抱く。

敗北する幼なじみと思いきや。

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