夜明け
文字数 1,855文字
部屋の扉がノックされた。
マレルが出ると、この宿の主人と一緒に壮年の男性が大きな黒いカバンをもって立っている。
「ヴェルタ先生がいらしたぞ」
主人はそう言って『ヴェルタ先生』と呼ばれた男性をマレルに紹介した。
マレルはおじぎをすると、さっそくサーテルコールの容体を見てもらおうとヴェルタを中へ入れる。
そして宿の主人に声をかける。
「連れも大分体調が良くなってきたようなので、朝食は食堂までいきます。色々有難うございました」
そう言って頭をさげた。
ヴェルタはサーテルコールを診た。少し喉がはれているくらいで熱は下がったし、食欲もあるようなので、たいした事はないだろうと言った。
そして少し衰弱した彼女に栄養剤の注射を打った。
帰り際、宿屋の廊下でヴェルタはマレルに言った。
「疲れが出て風邪にでもかかったのだと思う。もうほぼ治ってきているけれど、今日は一日寝かせておきなさい。今年の風邪はたちが悪くてね。死者も出ていた。大変な時に診療所を休んでいて申し訳なかった」
「いえ、仕方がありません。それに今、彼女は無事ですし」
「それは君のおかげだよ」
ヴェルタはマレルの肩をたたく。
「きっと寝ずに看病したのだろう? そうしなければ彼女もここまで元気にはならなかっただろう。薬も打ってなかったのだから」
「……弟子ですから。当然の事をしたまでです」
「……そうか。君はいい師匠なのだな」
ヴェルタはそう言って帰って行った。
部屋に戻ったマレルは、もう服を着ているサーテルコールを見た。
「食堂に行くか」
「はい! もう、お腹がすいて倒れそうです」
サーテルコールは宿の主人に熱々のオートミールを作ってもらい、今それをがつがつと食べていた。
本当にがつがつと食べていたので、マレルは驚いてサーテルコールを見る。
マレルも食欲があまりなかったのでオートミールにしてもらったが、サーテルコールのようには食べられない。匙ですこしずつすくって口に流し込んでいた感じだった。
「呆れた食べっぷりだな」
「だからお腹がすいてたんですよ。それより師匠、おかわりしたいんですけどいいですか?」
「まだ食べるのか!」
マレルは呆れと同時に心の底から安心した。
サーテルコールは本当にもう大丈夫だ。
「だめですか?」
スプーンを握ったまま悲しそうに言ったサーテルコールに、マレルはすこし笑った。
「好きなだけ食べろ。と言いたいところだが今は止めとけ。昨日一日何も食べてないんだ。急に沢山のものを胃にいれるのは良くない。また昼に食べろ」
「師匠はあんまり食べてないですね。師匠こそ大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。それよりも俺はもう寝る。お前も食べ終わったら部屋で今日は寝てろよ」
そう言ってマレルは自分の分のオートミールにほとんど手を付けず部屋へと向かった。
それを見送っているサーテルコールに振り返る。
「おきるまで絶対、途中で俺を起こすなよ」
「はい」
何か師匠はとても疲れている様だな、とサーテルコールは思った。
「師匠」
「なんだ」
「ありがとうございます。そしてすみませんでした」
「……食べるか謝るか、どっちかにしとけ」
スプーンを握ったままのサーテルコールにマレルは笑った。
マレルが二階へあがって行くと、宿の主人がサーテルコールに声をかける。
「マレルさんは嬢ちゃんの看病で二日くらい寝てないからな。疲れたんだろ」
「二日も……!」
「弟子想いのいい師匠だな」
その言葉にサーテルコールの心に何かが灯った。
思えば、マレルはいつも身を挺してサーテルコールをかばってくれる。
リストレーゼの庭でもサミュエルから守ってくれた。
天空の村では自己紹介につまったサーテルコールをうまくかばってくれた。
公演に穴をあけた時も、とり繕ってくれた。
そして今回、病気になった時も寝ずに看病してくれた。
申し訳ないと思う気持ちと、何か胸が締め付けられる気持ちがないまぜになった。
両親が亡くなってから、そんな風にサーテルコールに心を砕いてくれた人はマレルだけだ。
サーテルコールの目に光るものがあふれる。
彼女は泣きながら残りのオートミールを食べた。
彼女を暗い場所から手をのばし、詩 の世界へ連れて来てくれたマレル。
詩はサーテルコールの世界も、マレルの世界も、確かに変えた。
マレルが出ると、この宿の主人と一緒に壮年の男性が大きな黒いカバンをもって立っている。
「ヴェルタ先生がいらしたぞ」
主人はそう言って『ヴェルタ先生』と呼ばれた男性をマレルに紹介した。
マレルはおじぎをすると、さっそくサーテルコールの容体を見てもらおうとヴェルタを中へ入れる。
そして宿の主人に声をかける。
「連れも大分体調が良くなってきたようなので、朝食は食堂までいきます。色々有難うございました」
そう言って頭をさげた。
ヴェルタはサーテルコールを診た。少し喉がはれているくらいで熱は下がったし、食欲もあるようなので、たいした事はないだろうと言った。
そして少し衰弱した彼女に栄養剤の注射を打った。
帰り際、宿屋の廊下でヴェルタはマレルに言った。
「疲れが出て風邪にでもかかったのだと思う。もうほぼ治ってきているけれど、今日は一日寝かせておきなさい。今年の風邪はたちが悪くてね。死者も出ていた。大変な時に診療所を休んでいて申し訳なかった」
「いえ、仕方がありません。それに今、彼女は無事ですし」
「それは君のおかげだよ」
ヴェルタはマレルの肩をたたく。
「きっと寝ずに看病したのだろう? そうしなければ彼女もここまで元気にはならなかっただろう。薬も打ってなかったのだから」
「……弟子ですから。当然の事をしたまでです」
「……そうか。君はいい師匠なのだな」
ヴェルタはそう言って帰って行った。
部屋に戻ったマレルは、もう服を着ているサーテルコールを見た。
「食堂に行くか」
「はい! もう、お腹がすいて倒れそうです」
サーテルコールは宿の主人に熱々のオートミールを作ってもらい、今それをがつがつと食べていた。
本当にがつがつと食べていたので、マレルは驚いてサーテルコールを見る。
マレルも食欲があまりなかったのでオートミールにしてもらったが、サーテルコールのようには食べられない。匙ですこしずつすくって口に流し込んでいた感じだった。
「呆れた食べっぷりだな」
「だからお腹がすいてたんですよ。それより師匠、おかわりしたいんですけどいいですか?」
「まだ食べるのか!」
マレルは呆れと同時に心の底から安心した。
サーテルコールは本当にもう大丈夫だ。
「だめですか?」
スプーンを握ったまま悲しそうに言ったサーテルコールに、マレルはすこし笑った。
「好きなだけ食べろ。と言いたいところだが今は止めとけ。昨日一日何も食べてないんだ。急に沢山のものを胃にいれるのは良くない。また昼に食べろ」
「師匠はあんまり食べてないですね。師匠こそ大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。それよりも俺はもう寝る。お前も食べ終わったら部屋で今日は寝てろよ」
そう言ってマレルは自分の分のオートミールにほとんど手を付けず部屋へと向かった。
それを見送っているサーテルコールに振り返る。
「おきるまで絶対、途中で俺を起こすなよ」
「はい」
何か師匠はとても疲れている様だな、とサーテルコールは思った。
「師匠」
「なんだ」
「ありがとうございます。そしてすみませんでした」
「……食べるか謝るか、どっちかにしとけ」
スプーンを握ったままのサーテルコールにマレルは笑った。
マレルが二階へあがって行くと、宿の主人がサーテルコールに声をかける。
「マレルさんは嬢ちゃんの看病で二日くらい寝てないからな。疲れたんだろ」
「二日も……!」
「弟子想いのいい師匠だな」
その言葉にサーテルコールの心に何かが灯った。
思えば、マレルはいつも身を挺してサーテルコールをかばってくれる。
リストレーゼの庭でもサミュエルから守ってくれた。
天空の村では自己紹介につまったサーテルコールをうまくかばってくれた。
公演に穴をあけた時も、とり繕ってくれた。
そして今回、病気になった時も寝ずに看病してくれた。
申し訳ないと思う気持ちと、何か胸が締め付けられる気持ちがないまぜになった。
両親が亡くなってから、そんな風にサーテルコールに心を砕いてくれた人はマレルだけだ。
サーテルコールの目に光るものがあふれる。
彼女は泣きながら残りのオートミールを食べた。
彼女を暗い場所から手をのばし、
詩はサーテルコールの世界も、マレルの世界も、確かに変えた。