ガガンという氏族
文字数 2,229文字
ガガン。
それがこの氏族の名前だった。
テントの中に案内されたマレルとサーテルコールは氏族長のザイアル・ガガンと向かい合って座っていた。
ちなみにこの国で名字を持つ者は貴族や富裕層であって、一般人は名前だけだった。その中での例外が草原の民だ。彼らは氏族ごとに移動しているので、その『氏族名』が必要だった。それが、この氏族の場合、『ガガン』という。
「歌うたい……か」
白く長いひげを撫でながら、ザイアルは呟いた。
「まあ、よかろう。だが今、昼間はみな忙しい。それの邪魔をせんで、夜の夕食時に歌ってくれればいい。さっそく来てくれたからには今日の夜などどうだろう」
「はい、よろこんで。それとこれをどうかと思って買ってきたのですが」
そう言ってマレルは胡椒を荷物入れから出し、差し出した。
「王都で買うよりも安くします。三分の一の値段でよろしいです」
「ほう、それは何故だ」
何か別の目的を嗅ぎつけたザイアルはマレルに鋭い眼を向けた。
マレルはすこしたじろぎそうになって、必死でザイアルの視線を受け止める。
「実は草原の民がつくる羊毛の絨毯、それを譲って欲しいのです」
「ほう……値段によるな」
「ちなみに幾らくらいがよろしいですか」
交渉を隣で見ていたサーテルコールは、話がうまく進んでいくのを感心して見ていた。
「羊が三頭買えるくらい」
「ではそうしましょう」
羊三頭分は、マレルたちの二か月分の生活費に値する。
宝石二個分の金を手放しても、レイ二スは絨毯をタンダル織の二倍の値で買ってくれると言った。宝石六個分帰ってくる。四個分のもうけだ。
「では明日現物を見せる。今金はもってるのか?」
「ここだけの話、絨毯分のお金くらいなら手持ちがあります」
「なら、それを見てから金を払えばいい。取りあえず、今日は宴だ」
「それと……」
「なんだ、まだあるのか」
ザイアルはめんどうくさそうに言った。
「私は酒には弱いので、お手柔らかにお願いします。弟子にいたっては飲めません」
苦笑いでそう言ったマレルに、ザイアルは大声で笑った。
「なんだ、だらしがないな!」
夕方、仕事を終えた村人はザイアル=ガガンのテントに集まってくる。
今日は「歌うたい」が来ているという噂が、あっという間に広がってマレルたちは竪琴の調弦をしたり、喉の調子を整えた。
氏族長のテントには、床に沢山の料理が並べられ、それは王都で食べた『草原の民の食卓』の店と同じものもあった。
しかし、今マレルたちは仕事をしなくてはならない。
特にマレルは歌う為に軽く体操をした。
宴が始まる直前、ザイアル・ガガンが立って手をパン、と打つ。
そこにいて座っていた二十人あまりの氏族たちがザイアルを仰ぎ見た。
「今日は知っての通り、『歌うたい』がきている。早速歌ってもらおうか。マレルとサーテルコールだ」
ぱちぱちと拍手がし、マレルは礼をすると、簡易椅子にすわり、竪琴を構えた。
流れる、力強い旋律。
しかし、楽器が竪琴なのでそれでも優しみがこもる。
今までサーテルコールが聞いたこともない、力強さと優しさが混じった曲だった。
“豊穣の大地 命はぐくみ 地にかえす
空は青く 大地をてらす
ああ 自然の摂理 祈るように 腕をひろげ
ああ 大地の息吹 祈るように 腕にかんじ“
マレルはとうとうと歌いあげる。
大地を放浪する草原の民たちは、この詩 に満足し、次々にマレルに詩をせがんだ。
宴は最高潮にもりあがりを見せる。
それを見ていた少年が――年はサーテルコールと同じくらい。眼をきらきらさせてマレルとサーテルコールに魅入っていた。
その様子があまりにも他の人と違い、好奇心にみちたものだったので、サーテルコールは印象に残った。
マレルが何曲か歌いあげると、マレルを休ませる為にサーテルコールはまたジャグリングを披露した。
そして、覚えたての竪琴の曲も披露した。
『公演をしている時は笑顔が基本だからな』
というマレルの指導で、サーテルコールは極力、笑顔を意識した。
『公演は自分が主役だ。世界一の歌うたい、世界一の演奏者になったつもりでやるんだ』
マレルの言った事を思い出し、サーテルコールはしばしの時間、公演に出る。
マレルは水筒から水を飲んでそれを見ていた。
あらかた公演が終わると、マレルとサーテルコールは食事の歓迎を受けた。
ある村人がいう。
「友がいれば人生はとても広く、友がいなければ人生は掌ほどに狭くなる、そう思わないかい」
「思います」
マレルはそう合わせて、食事の全てに手をつけ、美味しいと褒めた。
サーテルコールも同じ事をした。
「ほら、今の時期しか作れん、馬乳酒もある。のんでみろ」
村人に言われ、断り切れなかったマレルは意を決してその盃を受けた。
サーテルコールは気が気ではない。
「その酒は薄い酒だ。いくら酒に弱くてもそれくらいならば大丈夫だろう」
ザイアル=ガガンにそう言われ、今度こそ、マレルはそれを口に運ぶ。
「……どうですか?」
「うん、やっぱりうまいな」
あからさまにサーテルコールはほっとした。
が。
バタン
「ししょー!!」
またもやマレルは、そのまま後ろにひっくり返った。
それがこの氏族の名前だった。
テントの中に案内されたマレルとサーテルコールは氏族長のザイアル・ガガンと向かい合って座っていた。
ちなみにこの国で名字を持つ者は貴族や富裕層であって、一般人は名前だけだった。その中での例外が草原の民だ。彼らは氏族ごとに移動しているので、その『氏族名』が必要だった。それが、この氏族の場合、『ガガン』という。
「歌うたい……か」
白く長いひげを撫でながら、ザイアルは呟いた。
「まあ、よかろう。だが今、昼間はみな忙しい。それの邪魔をせんで、夜の夕食時に歌ってくれればいい。さっそく来てくれたからには今日の夜などどうだろう」
「はい、よろこんで。それとこれをどうかと思って買ってきたのですが」
そう言ってマレルは胡椒を荷物入れから出し、差し出した。
「王都で買うよりも安くします。三分の一の値段でよろしいです」
「ほう、それは何故だ」
何か別の目的を嗅ぎつけたザイアルはマレルに鋭い眼を向けた。
マレルはすこしたじろぎそうになって、必死でザイアルの視線を受け止める。
「実は草原の民がつくる羊毛の絨毯、それを譲って欲しいのです」
「ほう……値段によるな」
「ちなみに幾らくらいがよろしいですか」
交渉を隣で見ていたサーテルコールは、話がうまく進んでいくのを感心して見ていた。
「羊が三頭買えるくらい」
「ではそうしましょう」
羊三頭分は、マレルたちの二か月分の生活費に値する。
宝石二個分の金を手放しても、レイ二スは絨毯をタンダル織の二倍の値で買ってくれると言った。宝石六個分帰ってくる。四個分のもうけだ。
「では明日現物を見せる。今金はもってるのか?」
「ここだけの話、絨毯分のお金くらいなら手持ちがあります」
「なら、それを見てから金を払えばいい。取りあえず、今日は宴だ」
「それと……」
「なんだ、まだあるのか」
ザイアルはめんどうくさそうに言った。
「私は酒には弱いので、お手柔らかにお願いします。弟子にいたっては飲めません」
苦笑いでそう言ったマレルに、ザイアルは大声で笑った。
「なんだ、だらしがないな!」
夕方、仕事を終えた村人はザイアル=ガガンのテントに集まってくる。
今日は「歌うたい」が来ているという噂が、あっという間に広がってマレルたちは竪琴の調弦をしたり、喉の調子を整えた。
氏族長のテントには、床に沢山の料理が並べられ、それは王都で食べた『草原の民の食卓』の店と同じものもあった。
しかし、今マレルたちは仕事をしなくてはならない。
特にマレルは歌う為に軽く体操をした。
宴が始まる直前、ザイアル・ガガンが立って手をパン、と打つ。
そこにいて座っていた二十人あまりの氏族たちがザイアルを仰ぎ見た。
「今日は知っての通り、『歌うたい』がきている。早速歌ってもらおうか。マレルとサーテルコールだ」
ぱちぱちと拍手がし、マレルは礼をすると、簡易椅子にすわり、竪琴を構えた。
流れる、力強い旋律。
しかし、楽器が竪琴なのでそれでも優しみがこもる。
今までサーテルコールが聞いたこともない、力強さと優しさが混じった曲だった。
“豊穣の大地 命はぐくみ 地にかえす
空は青く 大地をてらす
ああ 自然の摂理 祈るように 腕をひろげ
ああ 大地の息吹 祈るように 腕にかんじ“
マレルはとうとうと歌いあげる。
大地を放浪する草原の民たちは、この
宴は最高潮にもりあがりを見せる。
それを見ていた少年が――年はサーテルコールと同じくらい。眼をきらきらさせてマレルとサーテルコールに魅入っていた。
その様子があまりにも他の人と違い、好奇心にみちたものだったので、サーテルコールは印象に残った。
マレルが何曲か歌いあげると、マレルを休ませる為にサーテルコールはまたジャグリングを披露した。
そして、覚えたての竪琴の曲も披露した。
『公演をしている時は笑顔が基本だからな』
というマレルの指導で、サーテルコールは極力、笑顔を意識した。
『公演は自分が主役だ。世界一の歌うたい、世界一の演奏者になったつもりでやるんだ』
マレルの言った事を思い出し、サーテルコールはしばしの時間、公演に出る。
マレルは水筒から水を飲んでそれを見ていた。
あらかた公演が終わると、マレルとサーテルコールは食事の歓迎を受けた。
ある村人がいう。
「友がいれば人生はとても広く、友がいなければ人生は掌ほどに狭くなる、そう思わないかい」
「思います」
マレルはそう合わせて、食事の全てに手をつけ、美味しいと褒めた。
サーテルコールも同じ事をした。
「ほら、今の時期しか作れん、馬乳酒もある。のんでみろ」
村人に言われ、断り切れなかったマレルは意を決してその盃を受けた。
サーテルコールは気が気ではない。
「その酒は薄い酒だ。いくら酒に弱くてもそれくらいならば大丈夫だろう」
ザイアル=ガガンにそう言われ、今度こそ、マレルはそれを口に運ぶ。
「……どうですか?」
「うん、やっぱりうまいな」
あからさまにサーテルコールはほっとした。
が。
バタン
「ししょー!!」
またもやマレルは、そのまま後ろにひっくり返った。