コルム
文字数 2,211文字
夜明けとともに起き出したマレルは、もう草原の民たちが起きだして仕事をしているのに気がついた。マレルたちは氏族長のザイアルの家へ泊めさせてもらった。
酒を飲んだ日の翌日は、なんだか早起きになってしまう。それは、酒の効果でぐっすりと眠れているからだろうか、と思う。
「ああ、起きた? 朝食を用意するからまってて」
サーテルコールと同じくらいの年だろう少年は、床の絨毯に食事を置くとマレルに言った。
「ああ、有難う」
マレルはまだ熟睡しているサーテルコールをゆすって起こす。
「サーテ、朝だ。起きろ」
「うーん……そうですか……」
「こら、起きろ」
「うーん……ひまわりの種はおいしいんです……」
「……は? 寝ぼけてんのか? お・き・ろ!」
そんなやり取りがあってから、暫くしてサーテルコールは起きだした。
朝の体操をして、朝食を用意してくれた床へとむかう。
少年の名はコルムと言った。ザイアルの息子だ。
朝食を用意してくれたのは、このコルムだ。マレルとサーテルコールは礼を言ってそれを食べる。食事はパンと牛乳だった。
二人がそれを食べている横で、少年は喜色満面で話しかけてきた。
「ねえ、王都ってどんなところ?」
「人がいっぱいいる、雑多なところだ。物もたくさんあるが、犯罪もある」
「怖いところ?」
「ある程度常識を心得ていれば、まあ、なんとかなるかな」
「俺が行っても大丈夫だと思う?」
少年はマレルに聞く。
マレルは困った。ここで変に王都に期待を持たせては、後々面倒なことになる気がする。
「草原の民は草原で暮すのがいいと俺は思う」
あたりさわりのない事を言った。
「そう……マレルさんも父さんや母さんと同じことを言うんだね」
「いや、実際、王都は何にも知らないで行くと怖いところだぞ」
「でも……! 行ってみたいんだ」
そう言ってコルムはマレルから離れて行った。
その後、マレルはザイアル・ガガンと羊毛の絨毯の取引をするために、話し込んでいた。
サーテルコールは竪琴の練習をするために外へと出た。
「ええと、ここがド、で、ここがレ、で……だからこうなるのか」
ぽろろん、と一つ、旋律が響き渡った。
「で、次はこうか」
またぽろろん、と次の旋律が流れる。
そうして練習しているうちに、コルムが横に立っていた。
サーテルコールは少しびっくりしたが、にこっと笑って自分が弾ける竪琴を披露してみた。
コルムは眼を開き、サーテルコールの横に座ると、竪琴に耳を傾ける。
その曲は、初めにマレルと出会った街で聞いた、『海の神の歌』の曲だった。
「綺麗な曲だね」
ふいにコルムがサーテルコールに話しかけた。
サーテルコールは笑顔で答える。
「竪琴はこういう綺麗な音がでるのよ」
「触ってもいい?」
「うーん、ちょっとだけ、だよ?」
そう言うと、コルムはサーテルコールが肩から紐で下げて体に固定していた竪琴に指を滑らせた。
ぽろろん、と澄みきった音が流れて、コルムの口元が緩む。
「俺、この音、好きだな」
「そう? 結構みんな竪琴の音は好きよね。清らかで」
「なんだか癒される」
「うん、そうだね」
「ねえ、サーテルコール。また今日の夜も明日も竪琴弾いてくれる?」
「それはまだ分からないけど……」
「外の世界はすごいな……。こんな楽器があるなんて」
そう言うコルムにサーテルコールは言った。
「どうしてそんなに外の世界がいいの?」
言ってから、しまった、と思った。
そんな事を聞いても、自分は何もしてやれない。明日か明後日あたりにはまた王都へ帰って行く身だ。人のこころの内にずかずかと入りこむ事は避けた方が良かったのでは、と思った。
コルムは聞かれた事に素直に答えるように語りだした。
「外の世界には色々なものがあるからだよ。君が羨ましい」
「そんなに甘いものじゃないわよ。私はこういう氏族で、みんなでいる方が幸せだと思うわ」
「そういうものかな。これは個人の性分の一つかもね。君と生活を交換できればいいのに」
「なにをバカなことを言っているのよ」
現実離れした話にサーテルコールは呆れた。
「冗談だよ」
コルムは寂しげに笑った。
「ねえ、またさっきみたいに竪琴、触らせてよ」
「いいわよ、でも優しく弾いてね。弦が悪くなるから」
コルムが竪琴を撫でる。ぽろろん、とまた秋の風に乗って旋律が流れた。
「良い音だよな、ほんと。またさっきみたいに何か弾いてよ?」
甘えるように言われてサーテルコールは断れなかった。
練習にはならないけど、こうして人のこころに触れる演奏を自分が出来る事が、すこし嬉しい。
『海の神の歌』と『恋の歌』など、数曲のレパートリーを全部弾き切って、サーテルコールはコルムを見た。
コルムの眼は遠く、ここではない別の土地を見ているようだった。
夕飯の席で、またマレルは高度な技術のいる竪琴を披露し、サーテルコールも数曲披露した。酒を飲んだ翌日だったので、一応、歌は控えていた。
マレルは曲の途中で王都の情報を話して村人に聞かせ、王の側室に三カ月後には子が生まれる事を語った。
その話をコルムは馬乳酒を飲みながら、眼をきらきらさせて聞いていた。
酒を飲んだ日の翌日は、なんだか早起きになってしまう。それは、酒の効果でぐっすりと眠れているからだろうか、と思う。
「ああ、起きた? 朝食を用意するからまってて」
サーテルコールと同じくらいの年だろう少年は、床の絨毯に食事を置くとマレルに言った。
「ああ、有難う」
マレルはまだ熟睡しているサーテルコールをゆすって起こす。
「サーテ、朝だ。起きろ」
「うーん……そうですか……」
「こら、起きろ」
「うーん……ひまわりの種はおいしいんです……」
「……は? 寝ぼけてんのか? お・き・ろ!」
そんなやり取りがあってから、暫くしてサーテルコールは起きだした。
朝の体操をして、朝食を用意してくれた床へとむかう。
少年の名はコルムと言った。ザイアルの息子だ。
朝食を用意してくれたのは、このコルムだ。マレルとサーテルコールは礼を言ってそれを食べる。食事はパンと牛乳だった。
二人がそれを食べている横で、少年は喜色満面で話しかけてきた。
「ねえ、王都ってどんなところ?」
「人がいっぱいいる、雑多なところだ。物もたくさんあるが、犯罪もある」
「怖いところ?」
「ある程度常識を心得ていれば、まあ、なんとかなるかな」
「俺が行っても大丈夫だと思う?」
少年はマレルに聞く。
マレルは困った。ここで変に王都に期待を持たせては、後々面倒なことになる気がする。
「草原の民は草原で暮すのがいいと俺は思う」
あたりさわりのない事を言った。
「そう……マレルさんも父さんや母さんと同じことを言うんだね」
「いや、実際、王都は何にも知らないで行くと怖いところだぞ」
「でも……! 行ってみたいんだ」
そう言ってコルムはマレルから離れて行った。
その後、マレルはザイアル・ガガンと羊毛の絨毯の取引をするために、話し込んでいた。
サーテルコールは竪琴の練習をするために外へと出た。
「ええと、ここがド、で、ここがレ、で……だからこうなるのか」
ぽろろん、と一つ、旋律が響き渡った。
「で、次はこうか」
またぽろろん、と次の旋律が流れる。
そうして練習しているうちに、コルムが横に立っていた。
サーテルコールは少しびっくりしたが、にこっと笑って自分が弾ける竪琴を披露してみた。
コルムは眼を開き、サーテルコールの横に座ると、竪琴に耳を傾ける。
その曲は、初めにマレルと出会った街で聞いた、『海の神の歌』の曲だった。
「綺麗な曲だね」
ふいにコルムがサーテルコールに話しかけた。
サーテルコールは笑顔で答える。
「竪琴はこういう綺麗な音がでるのよ」
「触ってもいい?」
「うーん、ちょっとだけ、だよ?」
そう言うと、コルムはサーテルコールが肩から紐で下げて体に固定していた竪琴に指を滑らせた。
ぽろろん、と澄みきった音が流れて、コルムの口元が緩む。
「俺、この音、好きだな」
「そう? 結構みんな竪琴の音は好きよね。清らかで」
「なんだか癒される」
「うん、そうだね」
「ねえ、サーテルコール。また今日の夜も明日も竪琴弾いてくれる?」
「それはまだ分からないけど……」
「外の世界はすごいな……。こんな楽器があるなんて」
そう言うコルムにサーテルコールは言った。
「どうしてそんなに外の世界がいいの?」
言ってから、しまった、と思った。
そんな事を聞いても、自分は何もしてやれない。明日か明後日あたりにはまた王都へ帰って行く身だ。人のこころの内にずかずかと入りこむ事は避けた方が良かったのでは、と思った。
コルムは聞かれた事に素直に答えるように語りだした。
「外の世界には色々なものがあるからだよ。君が羨ましい」
「そんなに甘いものじゃないわよ。私はこういう氏族で、みんなでいる方が幸せだと思うわ」
「そういうものかな。これは個人の性分の一つかもね。君と生活を交換できればいいのに」
「なにをバカなことを言っているのよ」
現実離れした話にサーテルコールは呆れた。
「冗談だよ」
コルムは寂しげに笑った。
「ねえ、またさっきみたいに竪琴、触らせてよ」
「いいわよ、でも優しく弾いてね。弦が悪くなるから」
コルムが竪琴を撫でる。ぽろろん、とまた秋の風に乗って旋律が流れた。
「良い音だよな、ほんと。またさっきみたいに何か弾いてよ?」
甘えるように言われてサーテルコールは断れなかった。
練習にはならないけど、こうして人のこころに触れる演奏を自分が出来る事が、すこし嬉しい。
『海の神の歌』と『恋の歌』など、数曲のレパートリーを全部弾き切って、サーテルコールはコルムを見た。
コルムの眼は遠く、ここではない別の土地を見ているようだった。
夕飯の席で、またマレルは高度な技術のいる竪琴を披露し、サーテルコールも数曲披露した。酒を飲んだ翌日だったので、一応、歌は控えていた。
マレルは曲の途中で王都の情報を話して村人に聞かせ、王の側室に三カ月後には子が生まれる事を語った。
その話をコルムは馬乳酒を飲みながら、眼をきらきらさせて聞いていた。