高み

文字数 2,444文字

 次の日の夜にまた公演をしたら、明後日には王都に帰ろうとマレルが言ったころだった。
 またサーテルコールが竪琴の練習をしていると、コルムがやってきた。

「サーテ! 昨日のサーテの師匠の竪琴はすごかったね!」

 すこし目をキラキラさせて興奮気味にコルムは言う。
 コルムはサーテルコールのことをマレルのように気軽に『サーテ』と呼ぶようになった。
 
「まあ、私の師匠だからね! 歌もうまいし、本当、すごい人なのよ」

 サーテルコールも自分の師匠を褒められていい気分になる。

「でもサーテの竪琴も良いと思うよ。マレルさんの竪琴は力強いっていうのかな、力がある曲なんだけど、サーテの弾く竪琴は優しい雰囲気がする」
「そ、そう?」
 
 またすこし良い気分になるサーテルコールだった。
 もちろん、マレルは草原の民たちの環境に合わせて、力強い曲を選らんで弾いているのだし、女性向きには優しげな雰囲気の曲も弾ける。

 サーテルコールには、まだそこまでの技量はないが。

 また昨日のように数曲の曲をコルムの為に弾いてやる。
 コルムはとても喜んでいた。

「それにしてもコルム、貴方、仕事は手伝わなくてもいいの?」
「ああ……。実は少しさぼってて」
「だめよ。仕事に行かなくちゃ」
「ちぇ。 かあさんみたいな事いうなよ」
 
 コルムは草原にねころがり、頭の下で腕を組んだ。

「俺はここから出ていきたい。でも、ね。マレルさんやサーテたちを見てると……ね。思い知るんだ。俺にはできない事だなって。俺、氏族長の息子だし」
「コルム……」
「あの歌のうまさ、竪琴のうまさ、それだけじゃないけど、やっぱり『外の人』なんだなって思う」
 コルムはまた遠くを見て、そう呟いた。



 夜、食事前にサーテルコールはマレルに忠告された。
 
「もう、あのコルムという少年には近付くな。仕事をさぼらせていると思われる」
「……でも」
「でも、も何もない。問題を起こすことは絶対に避けなければ、この先この集落で仕事は出来なくなる」
「変な関係じゃないですよ」
「そういう意味じゃないが、問題は起こすなよ」

 近づくな、と言われてもコルムの方からサーテルコールに寄ってくるのだ。防ぎようもない。

「サーテ、あの少年はなんなんだ?」

 そう言われて、ここ二日の出来ごとをサーテルコールはマレルに語った。
 マレルは、ふむっと唸って納得したようで、「しかたがないな」と溜息をついた。
 そして今日の公演の準備をした。



 三日目の夜だ。初めは(うた)を歌っていたマレルだが、途中から竪琴に切り替えた。
 流れる水のごとき旋律は、誰が聞いてもこころが洗い流されるような清らかさだ。
 竪琴の演奏に失敗はなく、マレルが作る独特の旋律が耳にもこころにも体にも心地よい。
 
 昨日披露した力強い旋律とはまた違う、優しいものだった。
 もちろん、サーテルコールの演奏とは天と地ほどの差がある。

 コルムはそれをまた座って黙って聞いていた。
 どんな言葉よりもそれは雄弁にコルムのこころには響いた。

「良い曲だな」

 誰かが言った。
 コルムもそう思う。
 外の世界はこんなにも、綺麗なものであふれている。
 そう思う反面、外の世界は危険なものもあふれているとマレルは言った。

 分かっている。

 この『歌うたい』たち、マレルとサーテルコールも、ここに来るまでにも並大抵の苦労ではなかったのだろうと。
 外の世界を旅して、この技量を身につけ、稼ぎながら生活する。
 それはどんな危険と隣り合わせなのだろう。
 コルムには想像もできなかった。

 マレルの竪琴はコルムの羨望を掻きたてると同時に、手が届かない高みを見せられたような気がした。

 マレルがサーテルコールに舞台を渡す。
 サーテルコールも竪琴をかきならし、ジャグリングも見せた。

(ああ、この人たちは、本当に『外』の人たちなんだな)

 見たこともない芸や歌や音楽を目の当たりにして感激し、同時にコルムは本当に悟った。
 いくら外に出たいという意識が強くても。
 決して、自分がこの『枠』からは出られないだろう事を。



 公演が終わった後、コルムはサーテルコールに会いに来た。
 マレルはそれを見ていたが、ここはサーテルコールに任せようと思った。
 必要な事は忠告してある。

「今日の演奏も最高だった!」
「ありがとう、コルム。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「ねえ、サーテ。俺はここから出たいって言ってただろ? でもなんとなく、今日のマレルさんとサーテの演奏を聞いて、王都へ行くのは俺には向いてないかなって思った」
「……聞いてもいい?」
「ああ」
「どうしてそう思ったの?」」

 その言葉にコルムは少し困り顔で頭を掻いた。

「俺には特別やりたいと思う事がなかった。今もそう。ただ一日の仕事をして、寝て、起きる。それが王都に行ったら何か変わる気がしてた。でも、そんな気持ちで王都へ出ても今と何も変わらないと思った。マレルさんやサーテのように特別な事が出来るわけでもないし、それを習得する根性も、今の俺にはない。だって目標がないんだから」

「……」

 サーテルコールは黙って聞いていた。
 自分はどうだろう。
 かなり明確にマレルの弟子になりたいという強い意思があった。
 そして『歌うたい』になりたい、という意思が。

「でもさ、サーテ。君たちがいる間くらい、夢を見せてよ。外の世界を知る事ができる夢。外の世界にあこがれる夢をね。君たちの歌や演奏は、外の夢をみせてくれる。でもそれは本当に『夢』であって俺には手の届かないものなんだって、マレルさんとサーテを見ていると思う」

(サーテ、君は本当に俺の憧れだな。それに氏族長の息子である俺は、やっぱり外には出ていけないよ)

 最後の一言は胸の中で呟いたコルムだった。
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