サーテ、服を買ってもらう

文字数 1,821文字

 新緑が萌える季節。街の木々や花々が太陽の光に反射して輝いている。

 マレルとサーテルコールは、次の日には隣の港町へと場所を移した。
 サーテルコールの服を見たマレルはすぐに彼女があの街の娼婦だという事に気がついたからだ。
 元締めなどに絡まれる前に街を出て真っ当な服を着せようと思った。

 なんせ彼女の着ているものは、短いスカートに胸元の大きく開いたシャツ、それに安物の香水を付けているという状態で、とてもそのまま連れ回せる格好ではなかった。

 なんで彼女を弟子にしてしまったのか、とマレルは自分で自分が分からなくなる瞬間がある。

「ししょー。マレル師匠ー!」

 サーテルコールが手を振ってマレルに近づいてくる。
 その顔には満面の笑みが広がっていた。
 
 その笑顔を見たら、やはりこれで良かったのだとマレルは思った。前にいた港町で見た彼女の泣き顔は、もう見たくない。

「サーテ。恥ずかしいから大声を出すな」

 マレルは眉間にしわを寄せてサーテルコールにぼそりと言った。
 サーテルコールは思う。師匠は仕事をしている時はとびっきりに素敵だが、歌っていないとサーテルコールに対して凄く厳しく、そして少し無神経だ。

「見てください、師匠のくれたお金でこんな立派な服が買えました!」

 サーテルコールは今自分の着ている服をマレルに見せるように両手を広げた。

「後も見せてみろ」
「なんですか、ししょー、えっちくさいですね」
「お前な……っ。いいから見せろ」

 本当にうんざりとした感じでぼそりと言ったマレルにサーテルコールはこれ以上師匠が怒らない様、両手を広げて一周くるりとその場で回った。

 長いスカートに茶色のブラウス、その上にベストを着こんで足は長靴(ちょうか)に包まれている。

「うん、まあいいだろう」
「師匠、有難うございます」
「勘違いするな。これはこれから仕事をしていくための準備の一つだ。これからお前には歌うたいとしてみっちり教育して行くから覚悟しろよ」

 言っている事は厳しいが、口調がのんびりしているので怖くない。そうサーテルコールは思う。ちなみにマレルは仕事の時と普通の時では全く口調が違う。初めて会った時は穏やかな感じがしたが、実際には結構乱暴な口の利き方をする。

 サーテルコールはマレルを見てにっこりと笑った。
 教育してくれるという言葉に嬉しさがにじむ。昨日会ったばかりの自分なんかに、と。
 
「はい、それこそが私の思う道です! 本当に有難うございます、師匠!」

「よし。それじゃ、最初の仕事だ。俺はここでひと儲けする為に(うた)を歌う。お前は今夜泊る場所を探してくるんだ。酒場のあるところがいい。そこでまた夜に稼げるからな」

「ええー、まだ歌は教えてもらえないんですか?」
「お・ま・え・な! 昨日の今日だろう。いいから今日の寝床を確保して来い」
「やっぱり部屋は一つですか?」
「一つだ。別に泊る余裕などない」
 
 そこでサーテルコールは少し赤くなってマレルを見た。
 それに気がついたマレルが無表情でサーテルコールに言う。

「べつにお前に何かしようとは思ってない」
「あ、はは……別に師匠が変な事考えてるなんて思ってませんよ」
「……いいから行け」

 マレルは大きくため息をはき、サーテルコールを使いにやった。
 その間に自分は海辺の船が発着する少し脇で竪琴を用意する。
 簡易椅子を手荷物から取りだし、そこに腰かけて銀色の竪琴に指を滑らせた。

 道行く人々はこれから何かが始まる様子に、マレルの前で足を止める。
 
「海の神の詩など、一曲どうでしょう。セイレーンの(うた)や神鳴りの(うた)、海に関する詩をここで数曲御披露いたしましょう」

 大きな声でマレルは言う。

 とたん、流れる(うた)と旋律。

 宿屋を探しに行こうと思っていたサーテルコールは、流れてきた師匠の詩に心を奪われた。

「やっぱり凄い」

 離れたところからでも聴衆がマレルに引き込まれていっているのが分かる。
 みんながマレルの(うた)に聞き入って、陶然となっていた。

 あの声、魂まで響く、声。
 あの旋律、頭の芯まで痺れる、旋律。

 しばらくサーテルコールはマレルの詩に聞き入っていたが、一曲が終わると急いで宿屋を探すため、後ろ髪をひかれる思いでその場を離れた。

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