君の呼ぶ名

文字数 1,737文字

 (うた)を歌う。
 海辺なら海の詩を、王都なら騎士たちの闘いの詩を、山なら自然を称える詩を。
 その場所に合わせてマレルは歌う。

 自分はどこへ行ってもそれなりに稼げる、と自信がついたのはつい、数年前だ。
 それまでは下手に歌って石を投げられたりもした。
 聴衆からお金をもらう、と言う事は、最後まで客を引き付けておく技量が必要だ。
 
 それは詩がうまいだけではまだ不十分だ。
 客を飽きさせないように、色々な詩を駆使して公演の計画をたてたり、リクエストを聞いたり。その場の雰囲気を盛り上げたり。
 
 そういう事が最近やっとマレルは出来るようになっていた。
 だからか、良く稼げるようになった。

 そういう内容のマレルの公演で、彼は気がついた事がある。
 楽しい曲を歌っても、静かな曲を歌っても、たまに泣いている人がいるという事を。
 歌っている時は歌う事に精いっぱいであまり考えないが、歌い終わると『あの客はどうして泣いていたのだろう』と考える。
 そして考え付くのが、『何かを思い出してしまう』のだろうか、という事だった。

 嬉しい事、かなしい事、懐かしい事、故郷の事。
 そういうものを想って人は涙を流すのではないかと。
 そして単純にマレルの詩に共鳴した、という事。

 その少女もそうだった。

 ある海辺の酒場で歌っていたマレルの前で、しきりに涙を拭いて自分の詩を聞いていた。
 何か、自分の詩に特別にこころにひっかかるものでもあったのだろうか。
 そう思った。
 だからポロン、と銀色の竪琴で合図を送り、少女の視線を自分へ向けた。

「何かリクエストはおありですか、お嬢さん」

 少女は急いでポケットをまさぐり、数枚のコインをマレルに渡した。
 それは本当に少ない金額でマレルは少々がっかりもしたが、そのなけなしの金額がとても貴重な彼女の所持金なのは分かった。

 だから誠意をこめてマレルは詩った。
 そうしたら、少女は自分を弟子にしてほしいと頼み込んできたのだ。

 あの時は、どうして弟子にしてしまったのか、マレルは自分が分からない。
 せっかく独り立ちに自信がついてきたばかりだったのに。
 泣いている少女――サーテルコールと言った。
 サーテに同情した? そんな柔な人生は、マレルは送ってこなかった。

 じゃあ、何か?
 この少女が涙を流して自分の詩に感動してくれたからかもしれない。

 他にもマレルの詩を聞いて涙した人は沢山いたが、弟子にして欲しいと言ってきた人はいない。


 
「ししょー。マレル師匠ー」
「……なんだそれは」

 師匠、とサーテルコールはマレルを呼んだ。

「だってこれから私はマレル師匠の弟子です! だから師匠は師匠です!」
「マレルでいいといっただろう」

 隣町へ向かう馬車の中でマレルはサーテルコールに言った。

「だめですよ。絶対、師匠って呼びます」
「俺がマレルでいいといってるのに、そう呼ぶのか?」
「そうです、師匠」

 マレルはなんだか、居心地が悪くなって、腕を組んで馬車の椅子に座りなおした。
 
 師匠――

 そう呼ばれるたびに、マレルの中で自分はサーテルコールの師匠になってしまったのだと、改めて感じる。

 師匠。マレルにも師匠はいた。その師匠もいっぱしの歌うたいだった。だが流行病で死んだ。
 サーテルコールに、自分が師匠にしてもらった事が伝えられるだろうか、と思う。
 あまり自信がない。

「マレル師匠、聞いてますか?」
「あ、ああ、何の話だったか」
「私の両親は流行病で死んでしまった、と言うところまで話しました」
「ああ、そうだった」

 マレルは目をつむった。彼女も流行病で大切な人を亡くしたのか。

 師匠。

 サーテルコールがそう呼ぶたびに、マレルは『師匠』になっていく。
 そう、それを聞くとしっかり弟子を導いていく者にならなければ、と思う。
 マレルを導いてくれた師匠のように。

 師匠。

 そうサーテルコールが自分を呼ぶから。

「めんどうくさいから、もうそれでいい」
「はい、師匠!」

 マレルはこの夜、サーテルコールの『師匠』となった。

 
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