貴方はわたしの光

文字数 1,915文字

(師匠は私の光だ。私のすべて)

 サーテルコールはそう思いながら海辺の街で宿屋を探して歩きだした。

 昨日の夜にここに来る馬車の中でマレルに簡単に自分のことを説明した。
 両親は流行病ですでに他界していること。
 それから十代半ばで街路にたつようになったこと。
 先の見えない不安と、何もできない自分にうんざりしていた所に、一条の光のようにサーテルコールの前に現れたのがマレルだった。

 まだ、出会ってから一日しかたってなく、マレルがどんな人なのかも分からないが。
 それでもあの暗く、寂しい場所から自分の手を差し伸べて(うた)の世界へ連れてきてくれた。
 
 はじめマレルはサーテルコールが彼のことを「師匠」と呼ぶのを嫌がっていた。
 
「なんだそれは」

 と顔をしかめた。
 でもサーテルコールの中ではもうすでにマレルは師匠だった。
 しつこく「師匠」と呼ぶうちに、マレルは「めんどうくさいから、もうそれでいい」と、本当に面倒くさそうに承知した。

 一回り街を回ると、数件の宿屋を見つけた。どの宿屋にも酒場はついていて、割と綺麗である。中に入って値段を聞いて、一番安い宿を選び、今日、歌うたいがここに泊って酒場で詩を歌ってもいいか、と聞いた。宿屋の主人は喜んでサーテルコールに承諾した。

 一仕事終わったサーテルコールは師匠の元へ帰るべくまた来た道を戻って行く。街並みは煉瓦作りの家が多く、茶色で統一されていた。街の中央通りといえる場所には両脇に商店が軒を連ね、木製の看板が上からさがっていた。

 その中央通りをまっすぐに海辺とは反対に進むと、少し坂になっていて、その上に城が見える。
 城――サーテルコールにはそう見えた。
 新緑の中にたたずむ白い建物はそれほど大きく、高台から街を見下ろしていた。
 
(貴族か大商人の別邸かしら)

 そう思ってその城を見上げる。
 
 建物の約三倍の敷地に木々が青々と茂っている。あれが全部この城の庭なのだろうか?
 サーテルコールはほうっと息をついた。
 ここの家の主人はこんな大きな庭で毎日散歩しているのかしら。優雅な事だわ。
 素直にそう思った。

 (師匠のところに戻らなくちゃ)

 サーテルコールはマレルの歌っている海辺へと、今度こそ引き返して行った。


 そのころ、マレルは竪琴を横に置いて簡易椅子に座っていた。一仕事を終えて水を飲んで一息ついている。
 
 彼の前に置いてあった帽子の中には、聴衆から集めたお金が山盛りになっていたので、それを先に手荷物の中に入れてから休憩した。

 これで当分の宿や食事はどうにかなりそうだ。
 今までは一人分の食いぶちを稼げれば良かった。
 でも今は二人分だ。
 自分はサーテルコールを一人前にするまで歌うたいとして育てなければならない。
 それが弟子にするという事だ。そしてそれを自分は承知してしまった。

 なんだかいらない苦労を背負った気分にまたさいなまれる。
 そもそも、まったく歌うたいとしての素質も分からない少女なのに。
 
 マレルがたそがれていると、一人の身なりの良い女性が彼に近づいてきた。

「突然失礼いたします。私はあの坂の上の屋敷に住むリストレーゼ・ランバール様の侍女でございます」
「……はあ」

 マレルは間の抜けた返事をして、飲んでいた水を脇に置いた。そして、その侍女の方へ体をむけた。

「先程の(うた)を奥様は馬車で聞いていらっしゃいました。とても興味を惹かれたと。是非リストレーゼ様の為に数日間でも屋敷へいらして、歌ってはくれませんか?」

 マレルは大きく息を吸って少しの間考えた。
 本当はそういう堅苦しい場所は苦手だったし、気ぐらいの高い貴人の元で歌うなんてごめんだった。

 でも今はサーテルコールの為にも金を稼がなければならない。

 そのなんとかという奥様の元へ行けるのなら、宿代もかからないし食事にもありつける。
 
 ちらりとその侍女の奥を見ると、馬車が止まっている。
 あそこに奥様とやらがいるのかもしれない。

「私は身分卑しいものですが、(うた)を気に入って下さったのならば是非、御好意に甘えたいと思います。しかし、私には弟子がいまして、今使いに出してしまったのです。弟子が戻るまで待ってはいただけないでしょうか。それとも後からその屋敷へ伺いましょうか」

 マレルがそう言うと侍女は「御待ちになるように」、と言って馬車へ伺いを立てに行った。

 戻ってきた侍女は弟子が戻ってくるまで待つと言い、マレルと侍女はサーテルコールが帰ってくるのを待った。


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