長い夜
文字数 2,444文字
マレルが宿へ着くころには夜が明けてきていた。
今日一日乗り切れば明日には医者がきてくれる。
そう思い、嫌な予感をふりきる。
宿に入り、部屋で寝ているサーテルコールの様子を見る。
顔を赤くして、少し息荒く、眠っていた。
熱が出てきたのかと思い、額に手をあてた。
少し熱があるように思える。額が熱い。
扉がノックされた。
出てみると、宿の主人がサーテルコールのオートミールと、マレルの分の朝食を持ってきてくれた。
「重症なのかい?」
「大丈夫です。明日には医者がきてくれます」
「明日? ヴェルタ先生は今、いないのか?」
「はい。王都の方へ行っているみたいで」
朝食を受け取ったが、宿の主人を部屋へは入れなかった。
宝石で宿の主人の機嫌はとったが、サーテルコールが重病だと思われたら、どう反応されるか分からない。ましてうつる類いの病気だと思われたら追い出されるかもしれない。
そう思ってしまう。
「朝食を持ってきて頂いてありがとうございました。食べたら厨房へ食器を下げに行きます」
「ああ……。しっかり食べとけよ」
そう言うと主人は階下へと降りて行った。
マレルはサーテルコールを起こすがどうか悩んだ。だが、今は寝かせておいてやろうと思った。起きたら食べさせればいい。
自分の分の朝食をとり、食器を下げに行った。
その後に洗面器に水をはる為にまた階下へ行った。部屋に戻り、布を濡らしてサーテルコールの額へ載せる。
昼すぎになってもサーテルコールは眼を覚まさなかった。
そしてさらに熱が上がってきたように思う。
水だけでも飲ませた方が良いと思ったマレルはサーテルコールの肩をゆすって起こした。
「サーテ。ちょっと起きろ」
サーテルコールはうつろな目を開けてマレルを見た。
その眼の光の弱さにマレルの胸はぎゅっと絞られたように痛んだ。
「何か食べられそうか?」
試しに聞いてみる。
サーテルコールは黙って首をふった。
「じゃあ、水だけでも飲め。そうしたらまた寝てていいから」
水さしから器へ水を入れると、それをサーテルコールへと渡す。
「ありがとうございます、師匠」
何かくぐもった声だった。喉がはれているのかもしれない。
サーテルコールはそれを飲み干すと、またつらそうにベッドへ横になった。
気分はどうだ、と聞くまでもなく、サーテルコールがつらいのが伝わってくる。
「また寝てろ。明日には医者がくる」
「医者を……呼んでくれたんですか?」
「ああ。今は出かけているが」
「お金がかかります……すみません」
「気にするな」
サーテルコールはそれ以上何もいわず、また寝た。
夜になってまたサーテルコールの熱が高くなってきた、とマレルは思った
嫌な予感は消えない。
デルカの時も咳から始まり、その後、咳はおさまり高熱が出た。
しかも今のサーテルコールには薬も栄養剤も、なにも施していない。
そして今日は水しか口にしていなかった。
ふと、サーテルコールが目を覚ました。
横でずっと看病していたマレルに顔を向ける。
「起きたか。オートミールがあるが、食べられるか?」
やはりサーテルコールは首を振った。
「師匠……私は……どうなるんでしょうか?」
「治るだろう。大したことない」
「そうですよね。でも両親の夢を見ました。昔の懐かしい夢でした」
「そうか」
マレルはまたサーテルコールに水を飲ますと、洗面器の水を取り換える為に部屋を出た。
廊下へ出て階下へと向かう。
しかし、その途中で無性に何かこみあげるものが全身を貫き、マレルはその場で足を止めた。
ドンっと壁を拳で強く叩く。
「くそっ!」
歯を食いしばって何かに耐えるようにマレルはもう一度壁をたたいた。ドンっと鈍い音が辺りに響く。
「くそっ!」
自分がサーテルコールの病気に対して、たいした事をしてやれないのが、無性に悔しい。
あのいつも元気なサーテルコールがこんなに弱っていくなんて。デルカの時の事を思い出してしまう。
「サーテ……!」
マレルはぎゅっと目をつむり、全身を貫く強い困惑の衝動を抑え込んだ。壁に打ち付けた拳が微かに震えている。
どうかサーテルコールを連れて行かないでください、とマレルは強く神に祈った。
夜中を通してマレルはサーテルコールを看病した。
宿の主人はマレルの夜食も持ってきてくれた。
「あんたの方がまいっちまうんじゃないか? マレルさんよ」
「いえ、俺は大丈夫です」
夜食のオートミールを扉で受け取り、部屋へ戻る。
そのころには、マレルも食欲がなくなっていた。
オートミールの皿はベッドサイドに置かれたままで、マレルはサーテルコールの額に乗っている布を冷たいものに変えた。
その内に外が白々と明けてきた。
締め切ったカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
小鳥のさえずる声が聞こえてきた。
「ああ、もう朝か……」
マレルはカーテンを開ける。柔らかい朝日が目にしみる。
長い夜が過ぎた。
サーテルコールの様子を見てみる。
顔色が良くなっているようだ。
額に手を当ててみた。
熱も下がっている。
ひとまずほっとして、マレルは首を回して肩の凝りをほぐした。
「師匠……」
「サーテ! 気分はどうだ!」
サーテルコールの目には力が宿っていた。
ぐーぐるぐるぐる
「……」
「……」
「腹がすいてるのか?」
「はい……、なんだかすごくお腹がすきました」
マレルは泣きたくなるのを必死でこらえた。
あくびをする振りをして後を向く。
そして努めて明るく、言い放った。
「下の食堂で温かいオートミールでも作ってもらおう」
「わあ、いいですね! 本当に私、お腹がすきました!」
今日一日乗り切れば明日には医者がきてくれる。
そう思い、嫌な予感をふりきる。
宿に入り、部屋で寝ているサーテルコールの様子を見る。
顔を赤くして、少し息荒く、眠っていた。
熱が出てきたのかと思い、額に手をあてた。
少し熱があるように思える。額が熱い。
扉がノックされた。
出てみると、宿の主人がサーテルコールのオートミールと、マレルの分の朝食を持ってきてくれた。
「重症なのかい?」
「大丈夫です。明日には医者がきてくれます」
「明日? ヴェルタ先生は今、いないのか?」
「はい。王都の方へ行っているみたいで」
朝食を受け取ったが、宿の主人を部屋へは入れなかった。
宝石で宿の主人の機嫌はとったが、サーテルコールが重病だと思われたら、どう反応されるか分からない。ましてうつる類いの病気だと思われたら追い出されるかもしれない。
そう思ってしまう。
「朝食を持ってきて頂いてありがとうございました。食べたら厨房へ食器を下げに行きます」
「ああ……。しっかり食べとけよ」
そう言うと主人は階下へと降りて行った。
マレルはサーテルコールを起こすがどうか悩んだ。だが、今は寝かせておいてやろうと思った。起きたら食べさせればいい。
自分の分の朝食をとり、食器を下げに行った。
その後に洗面器に水をはる為にまた階下へ行った。部屋に戻り、布を濡らしてサーテルコールの額へ載せる。
昼すぎになってもサーテルコールは眼を覚まさなかった。
そしてさらに熱が上がってきたように思う。
水だけでも飲ませた方が良いと思ったマレルはサーテルコールの肩をゆすって起こした。
「サーテ。ちょっと起きろ」
サーテルコールはうつろな目を開けてマレルを見た。
その眼の光の弱さにマレルの胸はぎゅっと絞られたように痛んだ。
「何か食べられそうか?」
試しに聞いてみる。
サーテルコールは黙って首をふった。
「じゃあ、水だけでも飲め。そうしたらまた寝てていいから」
水さしから器へ水を入れると、それをサーテルコールへと渡す。
「ありがとうございます、師匠」
何かくぐもった声だった。喉がはれているのかもしれない。
サーテルコールはそれを飲み干すと、またつらそうにベッドへ横になった。
気分はどうだ、と聞くまでもなく、サーテルコールがつらいのが伝わってくる。
「また寝てろ。明日には医者がくる」
「医者を……呼んでくれたんですか?」
「ああ。今は出かけているが」
「お金がかかります……すみません」
「気にするな」
サーテルコールはそれ以上何もいわず、また寝た。
夜になってまたサーテルコールの熱が高くなってきた、とマレルは思った
嫌な予感は消えない。
デルカの時も咳から始まり、その後、咳はおさまり高熱が出た。
しかも今のサーテルコールには薬も栄養剤も、なにも施していない。
そして今日は水しか口にしていなかった。
ふと、サーテルコールが目を覚ました。
横でずっと看病していたマレルに顔を向ける。
「起きたか。オートミールがあるが、食べられるか?」
やはりサーテルコールは首を振った。
「師匠……私は……どうなるんでしょうか?」
「治るだろう。大したことない」
「そうですよね。でも両親の夢を見ました。昔の懐かしい夢でした」
「そうか」
マレルはまたサーテルコールに水を飲ますと、洗面器の水を取り換える為に部屋を出た。
廊下へ出て階下へと向かう。
しかし、その途中で無性に何かこみあげるものが全身を貫き、マレルはその場で足を止めた。
ドンっと壁を拳で強く叩く。
「くそっ!」
歯を食いしばって何かに耐えるようにマレルはもう一度壁をたたいた。ドンっと鈍い音が辺りに響く。
「くそっ!」
自分がサーテルコールの病気に対して、たいした事をしてやれないのが、無性に悔しい。
あのいつも元気なサーテルコールがこんなに弱っていくなんて。デルカの時の事を思い出してしまう。
「サーテ……!」
マレルはぎゅっと目をつむり、全身を貫く強い困惑の衝動を抑え込んだ。壁に打ち付けた拳が微かに震えている。
どうかサーテルコールを連れて行かないでください、とマレルは強く神に祈った。
夜中を通してマレルはサーテルコールを看病した。
宿の主人はマレルの夜食も持ってきてくれた。
「あんたの方がまいっちまうんじゃないか? マレルさんよ」
「いえ、俺は大丈夫です」
夜食のオートミールを扉で受け取り、部屋へ戻る。
そのころには、マレルも食欲がなくなっていた。
オートミールの皿はベッドサイドに置かれたままで、マレルはサーテルコールの額に乗っている布を冷たいものに変えた。
その内に外が白々と明けてきた。
締め切ったカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
小鳥のさえずる声が聞こえてきた。
「ああ、もう朝か……」
マレルはカーテンを開ける。柔らかい朝日が目にしみる。
長い夜が過ぎた。
サーテルコールの様子を見てみる。
顔色が良くなっているようだ。
額に手を当ててみた。
熱も下がっている。
ひとまずほっとして、マレルは首を回して肩の凝りをほぐした。
「師匠……」
「サーテ! 気分はどうだ!」
サーテルコールの目には力が宿っていた。
ぐーぐるぐるぐる
「……」
「……」
「腹がすいてるのか?」
「はい……、なんだかすごくお腹がすきました」
マレルは泣きたくなるのを必死でこらえた。
あくびをする振りをして後を向く。
そして努めて明るく、言い放った。
「下の食堂で温かいオートミールでも作ってもらおう」
「わあ、いいですね! 本当に私、お腹がすきました!」