王都の織物屋

文字数 3,159文字

 カルサス山からいくつかの街や宿場町を経由して、マレルとサーテルコールは王都の近くまで戻ってきた。もちろん、それまでの街で歌を歌って稼いでもきた。

 王都はコの字型になっている小高い丘に囲まれた所にあるが、その丘を越えた北にはガルトーニュ平原という広大な草原があり、その中に走る道を馬車は走っていた。

 馬車の窓から外を見ていたサーテルコールは、見たことのない、白い家のようなものが多数あるのを発見し、マレルに向いた。
 マレルは腕を組んで目をつむり、半分寝ていた。
 しかしかまわずサーテルコールはマレルに聞く。

「師匠、あれ、あの家みたいなの、なんでしょう?」

 そう聞かれ、マレルは目を開けて寝むそうに窓の外を見る。

「ああ、あれは草原の民の集落なんじゃないか」
「来た時はあの白い家はなかったと思うんですけど……」
「草原の民なんだから草原を回っているのさ。今はここに来たんだろう」
「へえ……」

 自分たちも放浪の身だが、こんな風に集団で放浪して暮す民もいるのか、とサーテルコールは思った。

 馬車はまた丘を越えて、今度は海から来たときとは反対の北門から王都へと入って行く。
 そして、停留所で止まった。


 
「今度はこのタンダル織の反物を売りに行くんですよね」
「ああ。ここからはちょっとあるから電車に乗るか」
「はい! 私電車に乗るのは初めてです!」

 サーテルコールはマレルの後をついて、路上電車の駅へと向かった。
 なんだかドキドキする。相変わらず王都は人でにぎわっているが、電車の駅も結構な人がまっていた。
 しばらくすると路上を走って電車がくる。銀色に輝くそれは近くで見ると、より大きくてサーテルコールは少し気押された。
「乗るぞ」
「は、はい」
 
 王都の北の門の駅から乗り、南の商店街が並ぶ街並みまで、マレルたちは電車にのる。
 その間、サーテルコールは電車に揺られたが、あまりの人の多さに少し息がつまった。
 満員電車、という言葉がしっくりくる。
 人いきれ、とあまりの人の多さにサーテルコールはすぐに根をあげた。

「まだですか……師匠」
「もうちょっとだ。なんだ、サーテ。もしかして酔ったのか?」

 サーテルコールの顔が青い事を心配してマレルは聞いた。

「酔う? そういえば、なんだか気持ち悪いです……」
「もう少しだ。吐きそうか?」
「そこまでは……大丈夫です……」

 いつも元気なサーテルコールの気分が悪そうなので、マレルは心配になる。
 目的の駅が近づくと、マレルはサーテルコールに声をかけた。

「次で降りるぞ」
「はい……」
「……ここで吐くなよ……」
「大丈夫……です……」

 満員電車の中で吐かれたら、どう後始末をつけていいのか、マレルも困る。
 サーテルコールを信じるしかなかった。

 電車を降りたマレルたちはサーテルコールを休ませるために、カフェへと入った。
 そこでマレルはサーテルコールに冷たい水を飲ませ、少し休ませた。せっかくだからジュースが飲みたいと言ったサーテルコールだったが、気分が悪い時に果汁などを取るともっと気持ち悪くなる事を知っていたマレルは、止めさせた。

 暫くして復活したサーテルコールはいつもの通りに元気になった。

「師匠、冷たい水をのんだら、なんか元気になっちゃいました!」
「それは良かったな。まあ、ただ乗り物と人に酔ったんだろう」
「そうですね。電車に乗るのは楽しみだったんですけど、もう乗りたくないですね……」
「俺も毎回サーテがこうなるんじゃ、電車は使えないなあ」

 マレルは溜息をつく。

「歩くぞ」
「はい!」

 すでに商店が並ぶ王都の南地区に来ていた二人は、一件の織物屋に入った。
 年季の入った木で出来た建物で、壁には沢山の織物がかけてある。
 店に入り、カウンターの奥で安楽椅子に座りうたた寝をしている老人にマレルは声をかけた。

「レイ二スさん」
 
 老人は薄目を開けるとゆっくりとマレルの眼を見た。

「ああ、マレルか。またあの珍しい織物を持ってきてくれたのか?」
「はい」
「まったく、いつもどこで手に入れてくるのか分からんが、あれは良い物だなあ」

 老人は椅子から立ち上がり、カウンターに手をついた。
 マレルはタンダル織の反物二つをその店主のレイ二スに渡す。
 レイ二スはカウンターに立ったことでマレルの後ろにいたサーテルコールにも気がついた。

「おやおや、そっちの娘は? マレルも結婚したのかい」
「ち、違いますよ! この娘は俺の弟子です」
「そうかそうか」
 
 全くどうでもいいことのようにレイ二スはマレルを流した。

「名前はなんていうんだい」

 レイ二スはサーテルコールに聞く。

「サーテルコールと言います。よろしくお願いします!」

 彼女はは元気よく頭を下げた。

「ほほほ、元気のいい嫁さんだな」
「だから嫁じゃないっていってるのに……」

 マレルは脱力した様子でレイ二スに言った。
 レイ二スはやっぱりマレルを無視してメガネをかけて織の反物に目を走らせる。

「ほうほうほう……」
「どうです、レイ二スさん」
「いつにも増して立派な織物よ」
「いくらで引き取ってくれますか?」
「そうだな……現金と宝石、どっちがいい?」
「宝石で」

 宝石払い……そういう習慣が、マレルにはあった。大金を持ち歩いていてはかさばるし、危ない。そういうときに、お金変わりに宝石で支払ってもらい、それを持ち運ぶのならかさばらないし、必要なときに換金して生活費の足しにできる。

 これはマレルの師匠のデルカが考えた事だった。
 タンダルの織物がどうしても欲しいというレイ二スに交渉して宝石払いという約束事を成立させた。

「宝石払いだったら、また明日きてくれるか。こっちで(かね)を宝石にかえとくから」
「どれくらいの値打ちがありますか?」
「二つでゆうに三カ月くらい、食ってけるな」
「そうですか。じゃあ、また明日来ます。後、何かここの所、王都で変わった事とかありますか」

「おお、あるぞ。王の側室に子が出来たらしい。三カ月後には生まれるみたいだ」
「へえ、その他には?」
「ガルトーニュ平原に草原の民たちが来ているって噂だ」
「ああ、それなら見ました」
「ここだけの話だがな、マレル」
「はい?」
「その草原の民たちが作っている羊毛の絨毯なんだが……」
「ええ。絨毯がなにか?」
「もしそれを手に入れて来てくれたら……この織物の二倍の値で買うぞ」

 レイ二スは真剣な目でマレルを見据えた。

「……なんでそんなに高い値で買ってくれるんですか?」
「いや、わしも歳だし、草原の民のところまでは行けんからな。それにまあ、これはこっちの商売で売るあてがあるからだ」

 マレルは少し笑った。

「俺は歌うたいです。商人じゃない。気が向いたら、ってことで」
「おう、やってくれるか」
「……そんな事は言ってません……」

 マレルはまた脱力する。

「じゃ、また明日来ます」

 そう締めくくって店を出るマレルとサーテルコールにレイ二スは言った。

「嫁さんを大事になー」
「……」

 顔をしかめてマレルは扉を閉めた。
 サーテルコールも少し照れてマレルの後を追った。

「サーテ」
「はい」
「王都に来たら、何より情報集めをしておけ」
「はい、でもどうしてですか?」
「地方で公演する時、客が喜ぶからだ。歌の間に話して休む時にとても便利だからな」
「はい!」
 さきほどのやりとりはそういう意味だったのか、とサーテルコールはマレルを尊敬の表情で見上げた。

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