高台の屋敷
文字数 1,787文字
馬車がガラガラと音をたてて坂道を登って行く。
後からきたサーテルコールを乗せて馬車の中には四人になった。
マレルとサーテルコールとリストレーゼ奥様と侍女だ。
サーテルコールは小声でマレルに耳打ちした。
「師匠……宿はどうしますか?」
「そうだな……放っておくのも悪いから、後でまたひとっ走り行って断ってきてくれ」
「せっかくいい値段でとれたのに……分かりました」
その会話を聞いていたリストレーゼが話に入ってきた。
「急な呼び出しをして都合が悪かったかしら。何か不都合でも?」
「あ……実は私が弟子のサーテに今日の宿を取るように使いを出したのです。だから今日の予約を後で取り消すように、と指示したのです」
マレルは落ち着いた調子でリストレーゼに言った。
「ならば屋敷のものにその宿に行かせます。宿の名は」
サーテルコールが口を開いた。
「『海と魚亭』です」
「分かったわ。後で侍女に予約を取り消すようにと使いを出します。貴方たちは屋敷に着いたらまた少し私の為に歌ってくれないかしら」
「はい、かしこまりました、奥様」
そうマレルはリストレーゼに言う。
「奥様、なんてやめてちょうだい。リストレーゼと呼んで」
その声は何か媚態を含んでいて、そう言う事に敏感なサーテルコールは少し不快に思った。実際、マレルは美丈夫な青年だ。女性から見たら引く手あまただろう。それにサーテルコールにとって、マレルは光なのだ。
「ではリストレーゼ様、と。屋敷に着いたら早速歌わせていただきましょう」
「そうしてちょうだい」
リストレーゼはマレルに微笑むと、窓の外に視線を移し、ふと悲しげな表情になった。
それにも敏感なサーテルコールは気がついた。
彼女はなにか自分と同じ匂いがする、とサーテルコールは思った。
サーテルコールも馬車の窓から外を見ると、あの街で見た高台にあった城のような建物にむかっているのに気がついた。街でみた大きな新緑の庭に門をぬけて入って行く。
「師匠……! お城に行くんですか!」
思わずサーテルコールは声をあげていた。
自分とは天と地ほどの差があると思って見上げていた、あの城と広大な新緑の庭。
そこに今自分たちは入っていく。
「城だなんて……ただの別邸の屋敷よ」
リストレーゼはサーテルコールを見てそう微笑む。
『ただの』……その言葉に自分とリストレーゼとの身分の差をつきつけられたようで、サーテルコールは少し気分が落ち込んだ。リストレーゼにあいまいに微笑んで「そうですか」と返事をする。
しかし、馬車の窓から見る新緑の庭は、見事と言うにつきる。
サーテルコールが見た事もない花々が咲き乱れ、緑も木々だけではなく、下草なども青々と目にまぶしく輝いている。
その庭を抜け、屋敷に着き、マレルたちは馬車を降りた。
ちょうど何人かにつき従われている身なりの良い中年の男が、建物の玄関から出てきたところだった。
その男はリストレーゼを横目で見てふんと鼻を鳴らす。
「どこの馬の骨とも知らぬ男を連れてこないで欲しいものだな。ここは私の屋敷なのだから」
その言葉にリストレーゼの身体が堅くなる。
しかし毅然 と言い返した。
「貴方もまたどこの者とも知れぬ女とお戯れですか。今日も帰ってはこないのでしょう?」
「うるさい!」
男はリストレーゼを殴ろうとしたが、とっさに前にマレルが立ちふさがった。
険しい眼で男の眼を見返すその眼光の強さに男の方が気押されて引く。
「よく躾けてあるじゃないか」
「彼は私の客人です。失礼なもの言いはやめてください」
「ふん。いくぞ」
男は後ろのおつきの者に声をかけるとマレルたちが乗ってきた馬車とは別の馬車に乗りこんだ。そのまま馬車は発車していく。
その光景を茫然とサーテルコールは見ていた。
リストレーゼが呟くように言う。
「みっともない所を見せてしまって悪かったわね。部屋を用意するからそこで一休みして、それから歌ってくれないかしら」
「はい、分かりました。出すぎたことをしました」
マレルはそうリストレーゼに頭をさげた。
「優しい人ね……」
リストレーゼの呟きは、彼女の儚い笑顔と相まって、悲しく聞こえた。
後からきたサーテルコールを乗せて馬車の中には四人になった。
マレルとサーテルコールとリストレーゼ奥様と侍女だ。
サーテルコールは小声でマレルに耳打ちした。
「師匠……宿はどうしますか?」
「そうだな……放っておくのも悪いから、後でまたひとっ走り行って断ってきてくれ」
「せっかくいい値段でとれたのに……分かりました」
その会話を聞いていたリストレーゼが話に入ってきた。
「急な呼び出しをして都合が悪かったかしら。何か不都合でも?」
「あ……実は私が弟子のサーテに今日の宿を取るように使いを出したのです。だから今日の予約を後で取り消すように、と指示したのです」
マレルは落ち着いた調子でリストレーゼに言った。
「ならば屋敷のものにその宿に行かせます。宿の名は」
サーテルコールが口を開いた。
「『海と魚亭』です」
「分かったわ。後で侍女に予約を取り消すようにと使いを出します。貴方たちは屋敷に着いたらまた少し私の為に歌ってくれないかしら」
「はい、かしこまりました、奥様」
そうマレルはリストレーゼに言う。
「奥様、なんてやめてちょうだい。リストレーゼと呼んで」
その声は何か媚態を含んでいて、そう言う事に敏感なサーテルコールは少し不快に思った。実際、マレルは美丈夫な青年だ。女性から見たら引く手あまただろう。それにサーテルコールにとって、マレルは光なのだ。
「ではリストレーゼ様、と。屋敷に着いたら早速歌わせていただきましょう」
「そうしてちょうだい」
リストレーゼはマレルに微笑むと、窓の外に視線を移し、ふと悲しげな表情になった。
それにも敏感なサーテルコールは気がついた。
彼女はなにか自分と同じ匂いがする、とサーテルコールは思った。
サーテルコールも馬車の窓から外を見ると、あの街で見た高台にあった城のような建物にむかっているのに気がついた。街でみた大きな新緑の庭に門をぬけて入って行く。
「師匠……! お城に行くんですか!」
思わずサーテルコールは声をあげていた。
自分とは天と地ほどの差があると思って見上げていた、あの城と広大な新緑の庭。
そこに今自分たちは入っていく。
「城だなんて……ただの別邸の屋敷よ」
リストレーゼはサーテルコールを見てそう微笑む。
『ただの』……その言葉に自分とリストレーゼとの身分の差をつきつけられたようで、サーテルコールは少し気分が落ち込んだ。リストレーゼにあいまいに微笑んで「そうですか」と返事をする。
しかし、馬車の窓から見る新緑の庭は、見事と言うにつきる。
サーテルコールが見た事もない花々が咲き乱れ、緑も木々だけではなく、下草なども青々と目にまぶしく輝いている。
その庭を抜け、屋敷に着き、マレルたちは馬車を降りた。
ちょうど何人かにつき従われている身なりの良い中年の男が、建物の玄関から出てきたところだった。
その男はリストレーゼを横目で見てふんと鼻を鳴らす。
「どこの馬の骨とも知らぬ男を連れてこないで欲しいものだな。ここは私の屋敷なのだから」
その言葉にリストレーゼの身体が堅くなる。
しかし
「貴方もまたどこの者とも知れぬ女とお戯れですか。今日も帰ってはこないのでしょう?」
「うるさい!」
男はリストレーゼを殴ろうとしたが、とっさに前にマレルが立ちふさがった。
険しい眼で男の眼を見返すその眼光の強さに男の方が気押されて引く。
「よく躾けてあるじゃないか」
「彼は私の客人です。失礼なもの言いはやめてください」
「ふん。いくぞ」
男は後ろのおつきの者に声をかけるとマレルたちが乗ってきた馬車とは別の馬車に乗りこんだ。そのまま馬車は発車していく。
その光景を茫然とサーテルコールは見ていた。
リストレーゼが呟くように言う。
「みっともない所を見せてしまって悪かったわね。部屋を用意するからそこで一休みして、それから歌ってくれないかしら」
「はい、分かりました。出すぎたことをしました」
マレルはそうリストレーゼに頭をさげた。
「優しい人ね……」
リストレーゼの呟きは、彼女の儚い笑顔と相まって、悲しく聞こえた。