タンダル村
文字数 2,560文字
王都からカルサス山という山の麓まで、いくつかの町と宿場町を経由して、マレルとサーテルコールは今度こそ本当に山へと来た。カルサス山の麓にはカルサス村があるが、その山の上にタンダルという村がある。
そこへ行くのだ、とサーテルコールはマレルに説明された。さして標高が高い山ではないのでいつもの服に上着を一枚羽織るくらいで準備はできる、とマレルは言った。
山の麓の林道までくると、マレルはサーテルコールを振り返った。
「これからはちょっときついぞ。山を登るからな」
「はい、大丈夫です! ……たぶん」
「たぶん?」
「だって山って登ったこと無いんです」
「……まあ、がんばれ。途中で力尽きても背負ってはいけないからな。だが大して高い山でもない。どうにかなるだろう」
実際、マレルの背中は自前の竪琴と交易の為に買った品物と私物でいっぱいだ。
サーテルコールの荷物もそれに負けないくらいあった。
「いくぞ」
「はい!」
二人は林道を登り始めた。初めは話しをしながら登っていた二人だったが、次第に口数がへっていく。
でもサーテルコールは周りの景色がやはり見たことのないものだったので、心を奪われていた。森の神秘的な風情に心を打たれる。どこまでも続く木々に少し靄 がかかっている。それがまた幽玄な雰囲気を醸し出していて、吸い込まれそうで少し怖いくらいだ。
少し開けた所に出た。山を登ってかなり時間が経ったころだった。
サーテルコールがかなり疲れてきたところに、それは広がっていた。
「ああ、すごい……」
サーテルコールはその光景を見て、思わず言葉に出していた。
「雲海というんだ」
マレルも山を登ってきて息を切らせながら彼女に説明した。
「空の雲の上にあがってきたんだ」
「雲の上……に……?」
その光景は、『雲海』という名前にふさわしく、まさに雲の海だった。サーテルコールが立っている山の下に、海のように雲がうねっている。そしてそれが太陽の光に照らされてところどころ光って見え、その陰影はとても美しかった。
「タンダル村はもう少し先だ。後もう少しでつく」
マレルがそう言って歩きだす。
サーテルコールは雲海を見た感動で胸がいっぱいになった。
こんな景色は見たことがない。こんなに美しい景色は。
その気持ちをかみしめてマレルの後を追った。
その村はふいに二人の前に姿を現した。
山の上だというのに、本当に村がある。山の斜面を利用して段々畑が作られていた。
トウモロコシなどを育てているようだった。
こんな山の上でどう水を確保しているのだろう、と思う。
だからサーテルコールはマレルに聞いてみた。
「こんな山の上で水ってどうなっているんでしょうか?」
「この村自体、山の中腹だ。水はもっと高いところからの湧水なんだ。ほら」
そう言ってマレルは山の上を指示 めした。
「山の上からの湧水がこの村に流れているんだ。だからいつもここはきれいな水が流れている」
「へえ。そうだったんですか。でもなんでこんな不便なところに村があるんでしょうか」
「山の神を称えている一族のなごりさ。その末裔がすんでいるらしい」
「山の神ですか」
「ある国の神官や巫女たちが暮していたといわれているが、今となっては不明だ。今は称える神も様変わりしてるらしいしな」
「そうなんですか」
「まあ、山にあるってのを除けば普通の村さ」
マレルが村へと入って行く。
そこには不思議な色彩の服を着た人々が数人歩いていた。
織物……の服のようだ。
「おーい」
マレルが声をだす。
その声を聞きつけた人々がマレルに目を止める。
「マレルさん? マレルさんじゃないか!」
10歳くらいの少年が駆け寄ってくる。
「久しぶり! ねえねえ、外の世界の話を聞かせてよ。また何か持ってきてくれた?」
「ああ。色々とな」
そう言ってマレルは少年の頭をがしがし撫でた。
「僕、みんなにマレルさんが来たって事、知らせてくる!」
その少年がマレルから去る間にも、マレルの周りには人が集まってきた。
「マレルじゃないか」
今度は30歳くらいの女性と40歳くらいの男性が。
「今度は何を持ってきてくれたんだい」
女性がそう聞く。
「塩を持って来たぞ。後、魚の缶詰や海辺の装飾品とかな」
マレルはそう返した。
「塩か。それはありがたい。マレルの持ってくる塩は質もいいし安いから助かるよ」
男性が笑ってマレルの肩をたたいた。
「その代わり俺も、ここの織物を安く手にいれる事ができている。それで俺もずいぶん助かっているんだ」
「王都ではそんなにここの織物は人気なのか?」
「それはもう」
マレルはにこやかに答えたが、それ以上詳しく話さなかった。
「そっちの子は?」
サーテルコールはあわてて頭を下げる。
「マレル師匠の弟子、サーテルコールと言います」
「さーてる……? 難しいな」
そこへマレルが助け舟をだした。
「サーテと呼んでやってくれ。俺もそう呼んでいる」
女性がサーテルコールに手を差し出す。
「よろしくね、サーテ」
「よろしくお願いします」
サーテルコールも笑顔で手を出してそれを握り返した。
村人の集団の奥から老年の男性がゆっくりと歩いてきた。
この土地の皆が着ているような、幾何学模様の精密で繊細な図柄の織物を着ている。
「マレル! 良く来たな!」
「デクタル村長、お久しぶりです!」
マレルは満面の笑みでデクタル村長と堅い握手をする。
外に出てきたみながマレルを囲んで再会を喜び合っている。
「そちらの可愛らしい娘は誰じゃ」
「俺の弟子です」
「ほーほー。マレルも弟子を持ったか。時がたつのは早いのう」
サーテルコールは頭を下げて自己紹介した。
「サーテルコールといいます。サーテと呼んでください」
「そうかそうか」
デクタル村長は人の良い笑みでサーテルコールと握手した。
「ひさしぶりの友人との再会に、今日は宴にしよう」
デクタル村長の言葉でその場は湧きたった。
そこへ行くのだ、とサーテルコールはマレルに説明された。さして標高が高い山ではないのでいつもの服に上着を一枚羽織るくらいで準備はできる、とマレルは言った。
山の麓の林道までくると、マレルはサーテルコールを振り返った。
「これからはちょっときついぞ。山を登るからな」
「はい、大丈夫です! ……たぶん」
「たぶん?」
「だって山って登ったこと無いんです」
「……まあ、がんばれ。途中で力尽きても背負ってはいけないからな。だが大して高い山でもない。どうにかなるだろう」
実際、マレルの背中は自前の竪琴と交易の為に買った品物と私物でいっぱいだ。
サーテルコールの荷物もそれに負けないくらいあった。
「いくぞ」
「はい!」
二人は林道を登り始めた。初めは話しをしながら登っていた二人だったが、次第に口数がへっていく。
でもサーテルコールは周りの景色がやはり見たことのないものだったので、心を奪われていた。森の神秘的な風情に心を打たれる。どこまでも続く木々に少し
少し開けた所に出た。山を登ってかなり時間が経ったころだった。
サーテルコールがかなり疲れてきたところに、それは広がっていた。
「ああ、すごい……」
サーテルコールはその光景を見て、思わず言葉に出していた。
「雲海というんだ」
マレルも山を登ってきて息を切らせながら彼女に説明した。
「空の雲の上にあがってきたんだ」
「雲の上……に……?」
その光景は、『雲海』という名前にふさわしく、まさに雲の海だった。サーテルコールが立っている山の下に、海のように雲がうねっている。そしてそれが太陽の光に照らされてところどころ光って見え、その陰影はとても美しかった。
「タンダル村はもう少し先だ。後もう少しでつく」
マレルがそう言って歩きだす。
サーテルコールは雲海を見た感動で胸がいっぱいになった。
こんな景色は見たことがない。こんなに美しい景色は。
その気持ちをかみしめてマレルの後を追った。
その村はふいに二人の前に姿を現した。
山の上だというのに、本当に村がある。山の斜面を利用して段々畑が作られていた。
トウモロコシなどを育てているようだった。
こんな山の上でどう水を確保しているのだろう、と思う。
だからサーテルコールはマレルに聞いてみた。
「こんな山の上で水ってどうなっているんでしょうか?」
「この村自体、山の中腹だ。水はもっと高いところからの湧水なんだ。ほら」
そう言ってマレルは山の上を
「山の上からの湧水がこの村に流れているんだ。だからいつもここはきれいな水が流れている」
「へえ。そうだったんですか。でもなんでこんな不便なところに村があるんでしょうか」
「山の神を称えている一族のなごりさ。その末裔がすんでいるらしい」
「山の神ですか」
「ある国の神官や巫女たちが暮していたといわれているが、今となっては不明だ。今は称える神も様変わりしてるらしいしな」
「そうなんですか」
「まあ、山にあるってのを除けば普通の村さ」
マレルが村へと入って行く。
そこには不思議な色彩の服を着た人々が数人歩いていた。
織物……の服のようだ。
「おーい」
マレルが声をだす。
その声を聞きつけた人々がマレルに目を止める。
「マレルさん? マレルさんじゃないか!」
10歳くらいの少年が駆け寄ってくる。
「久しぶり! ねえねえ、外の世界の話を聞かせてよ。また何か持ってきてくれた?」
「ああ。色々とな」
そう言ってマレルは少年の頭をがしがし撫でた。
「僕、みんなにマレルさんが来たって事、知らせてくる!」
その少年がマレルから去る間にも、マレルの周りには人が集まってきた。
「マレルじゃないか」
今度は30歳くらいの女性と40歳くらいの男性が。
「今度は何を持ってきてくれたんだい」
女性がそう聞く。
「塩を持って来たぞ。後、魚の缶詰や海辺の装飾品とかな」
マレルはそう返した。
「塩か。それはありがたい。マレルの持ってくる塩は質もいいし安いから助かるよ」
男性が笑ってマレルの肩をたたいた。
「その代わり俺も、ここの織物を安く手にいれる事ができている。それで俺もずいぶん助かっているんだ」
「王都ではそんなにここの織物は人気なのか?」
「それはもう」
マレルはにこやかに答えたが、それ以上詳しく話さなかった。
「そっちの子は?」
サーテルコールはあわてて頭を下げる。
「マレル師匠の弟子、サーテルコールと言います」
「さーてる……? 難しいな」
そこへマレルが助け舟をだした。
「サーテと呼んでやってくれ。俺もそう呼んでいる」
女性がサーテルコールに手を差し出す。
「よろしくね、サーテ」
「よろしくお願いします」
サーテルコールも笑顔で手を出してそれを握り返した。
村人の集団の奥から老年の男性がゆっくりと歩いてきた。
この土地の皆が着ているような、幾何学模様の精密で繊細な図柄の織物を着ている。
「マレル! 良く来たな!」
「デクタル村長、お久しぶりです!」
マレルは満面の笑みでデクタル村長と堅い握手をする。
外に出てきたみながマレルを囲んで再会を喜び合っている。
「そちらの可愛らしい娘は誰じゃ」
「俺の弟子です」
「ほーほー。マレルも弟子を持ったか。時がたつのは早いのう」
サーテルコールは頭を下げて自己紹介した。
「サーテルコールといいます。サーテと呼んでください」
「そうかそうか」
デクタル村長は人の良い笑みでサーテルコールと握手した。
「ひさしぶりの友人との再会に、今日は宴にしよう」
デクタル村長の言葉でその場は湧きたった。