王都
文字数 2,464文字
馬車が王都へと近づいていく。
それが少し高台になった丘の上を走っていた馬車から、サーテルコールの眼に見えた。
高台から下に広がる街並みは、今まで見たこともないほど雑多で色々な建物がたっていて、そこを歩く人の群れが小さく見える。
街の中央に十字型にマレルが言っていた『電車』というのだろう、大きな四角い鉄の塊が四台動いているのも分かる。
その街全体が二重の外壁に守られていた。はるか後ろには山が見えていた。
そして一番に目立つのが、その中央にそびえる城だ。
リストレーゼの屋敷もサーテルコールには城に見えたが、今度の城は本当に大きい。
全体的に四角い造りの城は、やはり外壁が白くて、壁のそこここに彫刻があしらってある。
二本の尖塔が立っていて、三角屋根がついていた。
「あれが王都なんですね……! あれがお城! 王様がいるんですか?」
王都を見下ろす位置にいた馬車の窓を開ける。首を出してサーテルコールはマレルに叫ぶ。ぶわっと外の風が馬車へと入ってきた。サーテルコールの長い髪が風になびいた。
「王がいるから王都というんだ」
サーテルコールの天真爛漫さにマレルは苦笑した。
ここに来るまでにもマレルたちは宿場町で少々のお金を稼いでいた。
ジャグリングはまだ人に見せられるものではなかったので、サーテルコールはマレルの歌や公演の仕方を良く見ていた。
もちろん、マレルに言われた日課の体づくりの体操は宿場町で続けた。歌の練習もした。
『毎日やらないとダメだからな』
というのがマレルの指導だった。
しばらくすると、馬車は王都の門を通って二重の防壁を超え、街の中へと入った。
そして停留所へとその車を付けた。
「さて。すこし歩くぞ、サーテ」
「はい」
馬車から下りたマレルとサーテルコールは街の雑踏の中へと歩きだした。
マレルが言った通り、本当にここは人が多い。サーテルコールはきょろきょろと王都を見まわした。
きらびやかなドレスを着て日よけの傘をさしている夫人もいる。
かと思うと、とてもみすぼらしい格好をしている人もいた。
馬車が走り、電車が行ききし、その間を人々が歩く。
雑多な人々、雑多な建物、街並み、目が回りそうだ。
「これからお前の竪琴を買いに行こうと思う」
「え……? 私の竪琴……?」
「ああ。詩を歌うだけでもまあ、そこそこはいいが、楽器が出来るとさらに稼げるからな」
「それも教えてくれるんですか……」
「俺以外に誰が教えるというんだ」
また無表情で言われた。
しかしサーテルコールは嬉しすぎて泣きたくなった。
マレルは本当に色んな事をサーテルコールに教えてくれる。
でも自分は何一つ、マレルにお返しをしていない。
「投資だ」
「え?」
「サーテが一人前になったら、お返しはしてもらう」
マレルはサーテルコールの心を見透かしたような事を言った。
「はい、必ず」
自分に何が『お返し』できるか分からなかったので、それしかサーテルコールは言えなかった。
しばらく歩いた所にその店はあった。
海辺の街の商店街など比べようもなく、もっと豪華で大規模な商店が立ち並んでいる一画だった。
外から見ると、ガラス越しに色々な竪琴が飾ってあるのが見える。
マレルが扉を開いた。
「いらっしゃいませ……あら、マレルじゃないか」
その人は小太りな五十がらみの女性だった。カウンターに両肘をついて顔を両手で覆っていた。マレルが店に入るとにっこり笑って彼を見る。
「やあ、カリーナさん。お久しぶりです」
「また新しい弦を買いに来たのかい?」
「それもあるけど今回はこの娘の竪琴を買いに」
「ふーん、その娘は? 弟子でもとったのかい?」
そこでマレルは少し居心地悪く、視線をさまよわせた。
「まあ、そうです」
それを聞いた途端、カリーナは満面の笑みを浮かべた。
「へえ、マレルがねえ、そうかい。弟子をねえ。つい最近までデルカの後ろについていた小さい少年だったのにねえ」
「カリーナさん!」
「ああ、悪かったよ、弟子の前で。で、そこのお嬢さんはなんていう名前なんだい」
「サーテルコールと言います。よろしくお願いします」
師匠の知りあいらしいのでサーテルコールは丁寧に挨拶をして頭を下げた。
「じゃあ、サーテルコールに合う大きさの竪琴と、その弦を二セット、後俺の竪琴の弦も二セットくれ」
「あいよ。じゃあ、サーテルコール、といったっけ。こっちにおいで」
カリーナはサーテルコールの身長と手の長さを大体見積もり、それに合った竪琴を選んでくれた。マレルのもののように銀色をしている、少し小ぶりの竪琴だ。
「マレルのものよりは小さいけど、それでも色んな曲が弾けるよ」
カリーナは笑顔で請け合う。
そして弦を用意してマレルの前においた。
「これでいいかい」
弦の種類を確認したマレルは「ああ」と返事をしてそれを買う。
「あいよ、また来てね」
カリーナはカウンターで手を振ってマレルたちを見送った。
「少し王都でも稼いでから山の街へ行こう」
「はい。あの……さっきのデルカさんっていうのは……師匠の師匠さんの名前ですか?」
「そうだ。立派な方だった」
マレルはそれっきり黙ってしまった。
サーテルコールはマレルがとても実直なところは、その師匠の影響なのかもしれない、と思った。
「会ってみたいです」
「……もう亡くなった」
マレルはそう呟いた。
「すみません」
「別に謝る事じゃない」
マレルはサーテルコールに顔を向ける。
「またここで少し稼がないとな。公園でも見つけてそこで歌おう。今日はジャグリングも客の前で見せてみろ」
「はい!」
手先が器用なサーテルコールはジャグリングが得意だった。
少しでも師匠の助けになるのなら、とサーテルコールは思った。
それが少し高台になった丘の上を走っていた馬車から、サーテルコールの眼に見えた。
高台から下に広がる街並みは、今まで見たこともないほど雑多で色々な建物がたっていて、そこを歩く人の群れが小さく見える。
街の中央に十字型にマレルが言っていた『電車』というのだろう、大きな四角い鉄の塊が四台動いているのも分かる。
その街全体が二重の外壁に守られていた。はるか後ろには山が見えていた。
そして一番に目立つのが、その中央にそびえる城だ。
リストレーゼの屋敷もサーテルコールには城に見えたが、今度の城は本当に大きい。
全体的に四角い造りの城は、やはり外壁が白くて、壁のそこここに彫刻があしらってある。
二本の尖塔が立っていて、三角屋根がついていた。
「あれが王都なんですね……! あれがお城! 王様がいるんですか?」
王都を見下ろす位置にいた馬車の窓を開ける。首を出してサーテルコールはマレルに叫ぶ。ぶわっと外の風が馬車へと入ってきた。サーテルコールの長い髪が風になびいた。
「王がいるから王都というんだ」
サーテルコールの天真爛漫さにマレルは苦笑した。
ここに来るまでにもマレルたちは宿場町で少々のお金を稼いでいた。
ジャグリングはまだ人に見せられるものではなかったので、サーテルコールはマレルの歌や公演の仕方を良く見ていた。
もちろん、マレルに言われた日課の体づくりの体操は宿場町で続けた。歌の練習もした。
『毎日やらないとダメだからな』
というのがマレルの指導だった。
しばらくすると、馬車は王都の門を通って二重の防壁を超え、街の中へと入った。
そして停留所へとその車を付けた。
「さて。すこし歩くぞ、サーテ」
「はい」
馬車から下りたマレルとサーテルコールは街の雑踏の中へと歩きだした。
マレルが言った通り、本当にここは人が多い。サーテルコールはきょろきょろと王都を見まわした。
きらびやかなドレスを着て日よけの傘をさしている夫人もいる。
かと思うと、とてもみすぼらしい格好をしている人もいた。
馬車が走り、電車が行ききし、その間を人々が歩く。
雑多な人々、雑多な建物、街並み、目が回りそうだ。
「これからお前の竪琴を買いに行こうと思う」
「え……? 私の竪琴……?」
「ああ。詩を歌うだけでもまあ、そこそこはいいが、楽器が出来るとさらに稼げるからな」
「それも教えてくれるんですか……」
「俺以外に誰が教えるというんだ」
また無表情で言われた。
しかしサーテルコールは嬉しすぎて泣きたくなった。
マレルは本当に色んな事をサーテルコールに教えてくれる。
でも自分は何一つ、マレルにお返しをしていない。
「投資だ」
「え?」
「サーテが一人前になったら、お返しはしてもらう」
マレルはサーテルコールの心を見透かしたような事を言った。
「はい、必ず」
自分に何が『お返し』できるか分からなかったので、それしかサーテルコールは言えなかった。
しばらく歩いた所にその店はあった。
海辺の街の商店街など比べようもなく、もっと豪華で大規模な商店が立ち並んでいる一画だった。
外から見ると、ガラス越しに色々な竪琴が飾ってあるのが見える。
マレルが扉を開いた。
「いらっしゃいませ……あら、マレルじゃないか」
その人は小太りな五十がらみの女性だった。カウンターに両肘をついて顔を両手で覆っていた。マレルが店に入るとにっこり笑って彼を見る。
「やあ、カリーナさん。お久しぶりです」
「また新しい弦を買いに来たのかい?」
「それもあるけど今回はこの娘の竪琴を買いに」
「ふーん、その娘は? 弟子でもとったのかい?」
そこでマレルは少し居心地悪く、視線をさまよわせた。
「まあ、そうです」
それを聞いた途端、カリーナは満面の笑みを浮かべた。
「へえ、マレルがねえ、そうかい。弟子をねえ。つい最近までデルカの後ろについていた小さい少年だったのにねえ」
「カリーナさん!」
「ああ、悪かったよ、弟子の前で。で、そこのお嬢さんはなんていう名前なんだい」
「サーテルコールと言います。よろしくお願いします」
師匠の知りあいらしいのでサーテルコールは丁寧に挨拶をして頭を下げた。
「じゃあ、サーテルコールに合う大きさの竪琴と、その弦を二セット、後俺の竪琴の弦も二セットくれ」
「あいよ。じゃあ、サーテルコール、といったっけ。こっちにおいで」
カリーナはサーテルコールの身長と手の長さを大体見積もり、それに合った竪琴を選んでくれた。マレルのもののように銀色をしている、少し小ぶりの竪琴だ。
「マレルのものよりは小さいけど、それでも色んな曲が弾けるよ」
カリーナは笑顔で請け合う。
そして弦を用意してマレルの前においた。
「これでいいかい」
弦の種類を確認したマレルは「ああ」と返事をしてそれを買う。
「あいよ、また来てね」
カリーナはカウンターで手を振ってマレルたちを見送った。
「少し王都でも稼いでから山の街へ行こう」
「はい。あの……さっきのデルカさんっていうのは……師匠の師匠さんの名前ですか?」
「そうだ。立派な方だった」
マレルはそれっきり黙ってしまった。
サーテルコールはマレルがとても実直なところは、その師匠の影響なのかもしれない、と思った。
「会ってみたいです」
「……もう亡くなった」
マレルはそう呟いた。
「すみません」
「別に謝る事じゃない」
マレルはサーテルコールに顔を向ける。
「またここで少し稼がないとな。公園でも見つけてそこで歌おう。今日はジャグリングも客の前で見せてみろ」
「はい!」
手先が器用なサーテルコールはジャグリングが得意だった。
少しでも師匠の助けになるのなら、とサーテルコールは思った。