映画:アド・ アストラ(ネタバレなし)

文字数 2,872文字

 2019年9月「アド・アストラ」を鑑賞させていただきました。

 もやを掴むようではっきりしない感じも受けるので、内容に好き嫌いがはっきりと分かれる類の映画かもしれませんが、想像力をかきたてる映画であり、俳優ブラッド・ピットをしかと見ることができる秀作です。
 はっきりしたアクションなどがないのにまったく飽きがこなかったのは、監督の手腕と、陰鬱な役どころを見事に演じたブラピのイケメ……俳優としての成熟さゆえと思うのです。
 根底に流れるテーマも、考えるな感じろ、とでもいわんばかりに観客の前に提示されます。つまり、じわりじわりとくる。そういった感覚の一作です。

 ではストーリーから。
 そう遠くはない未来、宇宙飛行士としてその任務にいそしんでいたロイ(ブラッド・ピット)。
 突然遥か彼方から謎の電磁波のようなものが地球めがけて飛んできて、作業中にあやうく命を落としそうになります。ロイは大変優秀な人材であったので、奇跡的にというか、その実力で生還を果たします。
 その後、本部に呼ばれたロイは機密事項と前置きをされた上で「このままでは地球は壊滅する。実をいうとこの出来事が起こったのは数年前に宇宙探査に旅立って行方知れずになった君の父親(トミー・リー・ジョーンズ)のせいだ。父親はたぶん生きている。そこで息子の君が父親を説得して事を解決してこい。ただし君の父親が乗船している宇宙船の場所は月の先の火星の先のかなり先」と言われ、地球を滅ぼす謎電波を放つ元を作っているらしい父親の元へ向かう。43億キロの旅を上層部からの命令で強制的にすることとなります。
 はたして父親は生きているのか、ロイは父親に会うことができるのか。地球を救うこともできるのか。
 という流れです。

 たいへん壮大です。
 目的地に行くまでに、まずは月に赴き、そこから火星に行き、そこからさらに乗り換えです。ワープもコールドスリープもありません。
 相当な日数をかけてロイは父親を目指すわけですが、その間いろいろなことが起こります。
 心理検査して、宇宙船乗って、心理検査して、地下にできた月基地経由して、心理検査して、宇宙船で救難信号うけて、心理検査して、火星基地着いて、心理検査して、宇宙船の中で、あんなことやこんなことが起きるわけです。
 それはすべて地球上にいてもふつうにあり得そう、というか、近未来の話とはいえ、嘘がない。妙にリアリティーがある。と感じさせるからすんなり映像が視覚に入ってきます。
 近い未来に宇宙開発はこんな感じになるんだな。わかる気がする納得できる。なのです。
 特に月ですが、現在でも民間人の月旅行が現実のものになりそうなところまできているので、そう遠くない未来には地下基地ができていて、ビジネスで赴く人もいたりする。ありだ。
 月までのロケットも宇宙船になりかけていて、その構造やジャンボジェットのようなサービスはたいへん興味深いものがありました。

 到着した月には所有権というものが存在しないから国同士のいざこざや海賊のような輩も横行する。人間はどこにいても争うことをやめようとしない。
 宇宙でのドンパチは空気がないだけに息が続くのかハラハラしてしまう。それもあり得そうな流れだ。すべてが未来の話なのに自然なのだ。

 月から火星行きのロケットに乗り換えて火星基地へ。
 月ほどではないにしろ火星の開発もそこそこ進んでいる。こんな未来は近いのか遠いのか。でも自然だ。違和感がない未来を見せられている。
 サイエンスフィクションなどではなく、当たり前になる未来がそこにある。これはかなりの見所ではなかろうか。
 自分が死んだ後の宇宙開発がどうなるのか知りたい人は劇場に足を運んで損はないだろう。これから人類が歩んでいく近い未来がそこにあります。

 ただ、ロイの旅は観光旅行ではありません。
 父親にたどり着かなくてはならないという目的は機密事項。地球の存続にかかっている重要なミッションをはらんでいるのです。
 宇宙飛行士以前に軍人として、ロイは軍に逆らえず、利用されていると薄々は感じながらも、家庭より宇宙を選んだ父親に【振り向いてもらいたい】のか【乗り越えたい】のか【一発殴りたい】のか【精神を病んじゃった】のか、なにを確かめたくて43億キロの道のりを進むのか。
 最初のうちはぼんやりした気持ちで向かっていたようなのですが、軍の目的がはっきりして、やっぱり利用されていたのですね。とわかったとたん、ロイは覚醒したかのように父親にむかって突っ走ります。無茶にもほどがあるほどに突っ走ります。
 突っ走った先に待っているもの。
 驚愕の真実……といえれば盛り上がるのかもしれませんが、この映画は深層心理を描くものであり、ストーリーを楽しむものではなさそうなので、驚くようなことは起きない。
 そのかわり、ロイの驚異的な判断力と精神力と体力を見せつけられ、この旅はロイでなかったら絶対死んでいる。ロイは宇宙に向けて進化した人類なのかもしれないという、それこそがSFなのかもという気持ちにさせてくれます。

 この映画は父と子の物語であり、夢を追い求めるが故に壊れてしまった父親とそんな父親に捨てられ感情を失っていたロイの成長譚です。観客側としては全体像を見て、もやっとした何かを掴み取る映画です。精神に訴えてくる映画です。

 旅の間、何度も繰り返される【心理検査】というものがあります。訓練のたまものなのか、育ってきた環境のせいなのか。ロイは宇宙飛行士になるためにそうなったかのように常に冷静さを欠くことなく心理検査をパスするのですが(パスしないと飛行士としてロケットにはのれないようだ)、目的地(父親)が近づくにつれ様子が変わってくる。
 それがどのようになのかは観客ひとりひとりが考えずに感じるところだから、黙って感じるのがいいかと思うのです。

 そして、この映画は息が苦しくなります。
 宇宙の映画だから、酸欠とか密室など。常にパニックを起こしそうな状況にたたされる。
 それに重量を添えてくれるのが音響効果です。目に入る情報だけでなく、耳からも宇宙空間の息苦しさを表現してきます。
 これは演出の勝利でしょう。終始耳にまとわりつく重低音はロイの深層心理を表しているかのようです。音響マジックも体感しましょう。

 子供が親を乗り越えるということは長い旅路の果てに得られるものなのかもしれない。
 ロイ(ブラピ)でなかったら死んでいる。という旅路の危機が何度も垣間見れますが、それくらいの危機感と距離があってこそ彼なりの答えは掴める。
 そんな強靭なロイ(ブラピ)の姿を目に焼き付けよう。

 派手なアクションより静かなるSFが好きな方、ブラッド・ピットの暗部分の魅力を見たい知りたい方、トミー・リー・ジョーンズは決して宇宙人ではなく、ハリウッドで有名な俳優なんだということを知らなかった方はぜひご覧ください。 
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