映画:新聞記者(ネタバレなし)

文字数 2,530文字

2019年8月。映画「新聞記者」を鑑賞させていただきました。

 久しぶりに闇深く、人間の胸をえぐる作品を見てしまったのですが、本作以前に【正義は権力の前では無意味】という物語を目にしたのはいつだったか。
 いつか見たと思うのですが、それがいつでどんな作品だったのか。映画だったか、ドラマだったか、漫画だったか、小説だったか。思い出すことができない。
 正しいことが巨大な権力によって全否定され、握りつぶされていく様を描いたものをどこかで見たはずなのに思い出せない。

 いや、思い出したくないのか。

 それは、フィクションではなくて現実に降りかかったことだから、あんな思いは二度とごめんだと記憶を封印してしまったのか。
 現実でも当たり前のように繰り返されている物事なのか。

 決して間違ったことなどしていない。ただ、真実が知りたいだけ。
 W主人公、女性記者(シム・ウンギョン)と内閣情報調査室の官僚(松坂桃李)はもがき苦しみながらも、命がけで真実に迫ろうとします。
 ハラハラが抑えられない展開に、「そうだ、決してその計画を許してはいけない」「頑張れ、闇を明るみにしろ」と思う反面、「なんで首突っ込むんだよ」「守るべき家族がいるだろ。あんたひとりの人生じゃないんだよ。今なら引き返せるから、もうやめて」「国が、政府がなにしようともういいじゃん、行き着く先は日本滅亡なんだから、そのときに日本国民みんなで滅亡すればいいじゃない。あんたが犠牲になることないよ」と口に出しそうになる自分がいる。

【正義をかざしても報われることなんかない。巨大な権力の前では】

 子供たちのヒーローなら、たとえ1パーセントの可能性でも立ち向かうだろう。そして、必ずや奇跡は起きる。
 ヒーローが立ち上がれなくなったとき、どこからともなく「がんばれ」「まけるな」「ぼくが」「わたしが」「ここにいるよ」「ヒーローの味方だよ」
 力の源は小さき者たちの祈り。
 みんなの思いを一つに背負ってヒーローは立ち上がる。そして巨悪に向かって渾身の一撃を与えるのだ。
 世界は晴れ渡り。人々に笑顔が戻る。悪は滅びて平和が訪れる。

 だけど、本作の主人公たちにはだれも祈れない。声援も送れない。力になるよなんてさらに言えない。
 なぜなら、現実社会にとても寄り添っている物語だから。
【そんなことしたらどうなるかわかってるの? バカじゃないか】
【ごめん、協力なんて自分には無理】
【見て見ぬ振りがいちばん】
 世界が土砂降りになっても、自分と家族が笑顔なら、悪は放置でも平和は訪れる。
 そういう縮図が詰まった映画。
 胸が苦しくなるほどの良作です。
 最近起こった政府がらみの事件にもリンクしている感が否めない本作。
 こんな理不尽が許されるわけがない。
 正義ってなんだ? なんで間違ったことをしていない人たちがこのような目に合わなければならない。こんな社会、こんな政府、こんな国に住んでいて楽しいのか。

 女性記者も官僚もこのような世界に違和感を覚え、それは間違っているんじゃないのかと、波ひとつたたない沼に石を投げて深さを測ろうとします。
 それぞれ、巨大な権力によって殺された父親や上司への思いを抱えて。己の正義を命がけで貫こうとします。
 見ているほうはそれが正しいこととわかっています。それを見過ごしたら人間ではいられなくなることもわかっています。
 純粋な子供の記憶が残っている部分で「まけるな」「がんばれ」「ラスボスはきっとたおせる」と応援する。
 人生経験のかさが増してしまった大人の部分が「バカなことをするな」「権力には乗っかればいいんだよ」「勝てない正義もあるんだから」と諦めている。
 そんな思いが最初から最後まで拮抗して胃がキリキリして、心臓が締め付けられ、目頭が沸騰する。

 なぜ尊敬する父親や上司は死を選ばなくてはならなかったのか。
 その謎もちゃんと解けます。身をもって知ります。
 切なくてつらいけれど、この映画は良作です。

 監督:藤井道人 この映画を作りたいと思ったところから権力との戦いはあったのではないでしょうか。良作を見せてくれてありがとうございました。
 主人公新聞記者:シム・ウンギョン 韓国の女優。役の設定が日本人と韓国人のハーフでアメリカ育ち。日本の映画で日本の超シリアスな物語の住人にしっかり収まっており、とても印象よかったです。
 主人公官僚:松坂桃李 大変難しい役を恐ろしく正直に演じています。元戦隊ヒーローが現実のヒーローになろうとしている様には涙があふれて止まりません。最後の、声にならないセリフを絞り出すところは絶賛です。役者松坂桃李ここにありでした。

 ところで、官僚の職場はとても薄暗かったです。夜中にカーテン締め切って机の照明だけでパソコンいじっているような感じです。
 本物の内閣府情報調査室もこんななのでしょうか。薄暗い部屋で幅の狭い机をくっつけて、いい大人がSNSの操作をして大きな権力に都合のいい発言や写真を流しているのでしょうか。
 この映画では【お似合い】といえる真っ暗な演出です。
 同様に新聞社のデスクも決して明るくないし、ほかのドラマや映画や漫画で見るような活気が感じ取れなかったです。これも演出なのだろう。映画の世界観にマッチしていました。
 家の中、病院、寺、街中など、いろいろなシーンがありましたが、日が差して明るい。照明が明るい。という印象が残っていない。
 このまま権力を許していては世界は明るくならないし、人々に笑顔は戻らないとイメージさせる。

 現実社会に寄り添っているだけに頭を抱えてしまう良作映画。
 どうすれば、正義は権力に勝つことができるのだろう。
 どうすれば、安心して暮らせる国になるのか。
 どうすれば、自分たちだけでなく、知らない人たちも笑顔になれるのか。
 そんなことを、延々と考えさせられてしまうのです。

 現在と未来を生きて行くことを考えたいのなら、本作は見たほうがいいと思えた。そして、国の仕組みについて考えたほうがいいんじゃないのだろうか。
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