映画:引っ越し大名!(ネタバレなし)

文字数 2,804文字

 2019年9月 映画「引っ越し大名!」を鑑賞しました。

 頻繁に攻めてくる小ネタにところどころ笑いが起きたり、ラストはじわっと感動したり。難しいことを考えることがなく、安心と平和な気持ちで見られる作品でした。
 なにか嫌なことがあったとき、特に仕事で最近辛いなと感じたときに見ると、笑い涙や、人間関係捨てたものではない感動の涙が流せると思います。

 ではあらすじから。
 徳川綱吉の時代。姫路藩藩主の松平直矩(及川光博)はとある事件というか事故というかお気の毒さまという理由で幕府から大分への引っ越しを言い渡されてしまいます。
 引っ越しにはお金がかかります。なのに予算がない。それ以外にも引っ越し先は姫路より規模が小さくなってしまうので人減らし、人員削減(リストラ)をしなくてはいけなくなるWパンチ。
 そんな面倒な引っ越しとリストラの総責任者になんてだれもなりたくない。そこに白羽の矢がたってしまうのが書庫番のひきこもり片桐春之助(星野源)です。引っ越し奉行という役職を与えられ、書類上では出世ですが、難だらけの引っ越しは失敗したら切腹もの。だからといって「やです!」と引き受けなくても切腹なので、納得なんかできるわけがないけれどやるしかありません。

 幼馴染のやんちゃ男、鷹村源右衛門(高橋一生)や前任の引っ越し奉行の娘である気の強い於蘭(高畑充希)らの助けを借りつつ、無事引っ越しを完了させることはできるのか。藩主に恨みを持つ幕府の要人からの刺客もやってくるぞ、気をつけろ! という運びです。

「引っ越しは戦」というだけあって江戸時代の引っ越しがいかに一大イベントであったか、というのもメインなお話なのですが。ひきこもりDT青年春之助のサクセスストーリーでもあります。
 大江戸サラリーマン劇場といえます。
 藩は会社、藩主は社長、だれもやりたくない仕事をだれかに押し付けて失敗しても知らんふりしようと思う社員たち。などなど、令和社会にトレースできるのです。

 時代が時代なので「みんなが嫌がる仕事を引き受けるか、断るなら切腹するか」とパワハラまがいに言われては、今すぐにでも死にたいと思う状況でない限り、いやいやながらも引き受けるしかないわけです。
 ところが、なんだかんだで春之助、こなしていきます。

 スキー初心者がいきなり山のてっぺんに連れてこられて「はい、滑れば滑れるようになるから」と無茶振りの上級者に放置される状況で、春之助の武器はといえば蔵の書物をすべて暗記できるほど本好きなことと。引きこもっていただけに藩内の思想に染まっていなかった純粋な心です。
 それが最大最強の武器となります。書物の知識は人員削減の助けとなるヒントを生み、藩内の常識を知らない真っさらさはかたくなだった於蘭の心を開いていくのです。

 さてメインの引っ越しについてです。
 引っ越しにかかる費用をおさえるため断捨離を余儀なくされます。このシーンは、片付け苦手の現代人にはたいへんためになります。
 ほんとうにそれは必要なものなのか。タンスの肥やしで、なにを置いているのかもわからないものがほんとうに大切なものなのか。捨てきれない、けれどなくても困らない。身が軽くなりますが心も削られます。
 この断捨離のシーンで引っ越しの責任者として、春之助も自らの手で愛すべき書物たちを断腸の思いで半分以上も火にくべていきます。しかし、ただ燃やすのではない。ここに春之助の書物オタクの意地とプライドを見ることができます。春之助、超頑張りました。逆境に負けていません。その目でご確認ください。

 荷物を運ぶ人足を雇う=人件費が最も金がかかるということも発覚します。さてどうする。となったとき、業者は雇わない、自分たちで頑張ろう。という決断をします。
 藩の者たちはなんで武士の我々がと反対しますが、ここでも春之助は「子供たちに借金を残したくない」と説得します。自分たちは借金作って引っ越してそれでいいかもしれない。そのあと、それを返すのは子供たちではないのか。未来を生きる子供たちに借金のお土産残してどうする、と。春之助、グングン理想の上司にしたい男なっていくのです。

 最大の難関。人員削減=リストラを宣告しなくてはいけない場面は、辛いものがあります。
 ここでも春之助は大きな決断をするのですが、信じて欲しいという心だけで、今は苦渋を飲んでくれと頼むのです。受ける方もならば信じて待つという。いち企業においてこれほどに難しい口約束がどうなってしまうのか。
 それが涙腺ゆるむラスト10分に仕上がっていくのでこれ以上語らないです。確認していただきたいです。

 自分でも気がつかないうちに社会人として、男として成長していく春之助の姿に【こんな上司にならついていきたい】【こんな藩(会社)ならお勤めしたい】と思えてきます。
 社長である殿も部下を大切にする人だったからこそ、春之助も自由に動くことができ、それがピラミッド式に底辺の者にまで行き届いてみんな笑顔で働ける組織になる。
 江戸時代のホワイト企業がここにありました。
 この藩主、引っ越しの回数半端ないですが、辛いことも一丸となって乗り越えました。
 その中心となっているのが、書庫に引きこもる気弱な青年だった春之助なのです。
 春之助、立派に成長しました。ほんとうにお疲れさまでした。

 個性的なキャラクターが小ネタを連発して笑わせてくれる引っ越し大名!なかでもツボだったのは春之助の幼馴染の鷹村を演じた高橋一生。存在そのものがコミカルでいい友だちです。
 クライマックスでの大暴れは漫画の主人公、特撮ヒーローの口上(悪役みんな待っててくれる)みたいでした。
 時代劇なのにキャラが漫画みたいとはどうなのだろうと一見考えてしまうところですが、なぜか違和感なしで終劇までいってしまいます。
 春之助にしても引きこもりDT青年という設定をしつこいくらいに押しだしていましたし、男衆による下ネタ踊りもありましたが、不快な気持ちにはなりませんでした。
 テンポのよいノリツッコミや突如ミュージカル化する場面(野村萬斎も振り付けで参加)など、笑わせにかかる仕掛けがたくさんあったからだと思われます。
 監督は「いぬのえいが」を撮っておきながら猫好きという犬童一心。本作にも猫が出てきます。三毛猫のタマです。なぜミケにしなかった。猫、かわいいです。一緒に引っ越しします。
 原作もあります。土橋章宏「引っ越し大名三千里」(ハルキ文庫 刊)。読んでみるのもいいかもしれません。

 笑って泣いてほっこりしてという、今どきのなかに昭和の香りもただよう良き日本映画でした。
 頭を空にして、いやなことを忘れたいときになど、絶妙な生薬になるのではないでしょうか。
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