#2.4 夢の風

文字数 3,150文字

ヒュールルル。落ちたら一巻の終わり、まあるい地球よ、こんんちは。そんな、たかーいところ、塔の天辺に到着のケイコ2号とマチコです。

おや、その前に先客が居るようですが、おぉ、例の鬼ごっこ仲間の少女が既に黄昏て座っていました。その子が軽く手を上げて挨拶すると、「来てたんだ」とケイコ2号、こんなところに何故? のマチコです。

そこから見える夕日は絶景です。ゴミゴミした街並みも平べったく、遠くの、海のような川に沈んでいく夕日。そして極め付けは街全体が紅く染まっていることでしょう、夕焼けコンコンです。

塔のふちに鬼ごっこ少女、マチコ、ケイコ2号の順で座り、それぞれ夕日で顔を染めながら、暫しそれに見とれているのでした。

◇◇

ヒュールルル。陽が沈むと今までの光景が嘘のように色が失われ、確実に夜の訪れを知らせてくれます。これまでの間、特に会話らしいことが無かった割に居心地の良さを感じていたマチコです。そんな世界を終わらせるかのように鬼ごっこ少女は立ち上がって一言、「じゃあね」と言って飛び立ってしまいます。

「ねえ、あなた」とマチコが慌てて何かを言おうとしましたが、
「鬼ごっこ、楽しかたわよ、私の勝ちだけど」と言いながら消えてしまうのでした。飽きっぽいのが彼女たち共通の性格なのでしょう、続けてケイコ2号も立ち上がっていました。

「ねえ、この塔って、最近できたの?」

高く聳える塔を知らなかったマチコです。そこでケイコ2号に尋ねてみると、その答えは「さあ」でした。そしてケイコ2号も「じゃあね」と言いながら飛び立ち、木の葉が舞うようにユラユラと降りていきます。しかし、突風でしょうか、それに「あう〜」と言いながら彼女もまた消えていくのでした。

ヒュールルゴゴー。残されたマチコは暗くなった空に一番星を見つけました。
「おお、やったぁ」
それだけでも残った甲斐があったというもの。そしてマチコもそろそろ帰ろうと思った時、その一番星が小刻みに揺れ始めたのです。それは目の錯覚か、それとも。いいえ、そのどちらでもありません、ヒュールルゴゴー。風で塔が揺れているのです、それも段々と大きくなっていきます、グラグラ。

「ひょえぇぇぇ」

さっさとこの場所から飛び立ってしまおう、としますが、風が巡り巡って上からマチコを押さえつけのように吹いてきます。このままでは風で塔が倒れてしまうかも、と塔にしがみつくマチコです。塔は既にグラッグラで、時折見てしまう下の光景で目が回りそうなマチコ、です。

塔は弓のようにしなり、揺れ幅が増すばかり。今度は途中で折れてしまうかも、と必死にしがみつくマチコ、万事休す、です。このまま手を離してしまえば、どうなるか分かりません。

「だけどぉぉぉ」

いっそうの事、この手を離してしまえば楽になれるかも、だけど、それをしたらどうなるの? と、ぐるぐる考えも空回りするマチコです。

「だけどぉぉぉ」

既に体が外側に引っ張られている状態のマチコです。掴まっている塔も、ぐにゃぐにゃに曲がり、風に吹かれては、あっちこっちへと傾き、それはまるで塔がダンスを踊っているかのようです。

そしてとうとう、塔は倒れることも、途中で折れることもなく、根こそぎ風に持っていかれたのです! マチコの運命やいかに、マチコぉぉぉ。



ガッタン・ゴットン・キー。路面電車の長い座席で倒れたマチコです。どうやら座ったまま寝てしまい、路面電車の停車とともに、その勢いで倒れたようです。それまで隣にはケイコが座っていましたが、停車寸前に席を立ったケイコ、寝ぼけ顔のケイコに、「着いたよ」と一言。それ以上はありません。

ここはどこ、私はバカ? のマチコは夢を見ていたのだと記憶を辿っていきますが、それがあまりも現実的だったため、夢だとは思えないマチコです。

「ねえ、ケイコ1号、ここは、どこなの?」
「うん? ケイコだよ、1号じゃないよ、終点だって、バカなの?」

まだ、夢から覚めきっていないマチコは頭を抱えながら、「終点? ああ、いいわ、あんたに聞いたのが間違いよね、そうよ」と、終点がどこなのかを考えましたが、それがどこなのか全く全然わからないマチコです。

現実に戻りつつあるマチコは大きく欠伸をすると、それと同時に車内の明かりが消えてしまいました。それでやっと終点を理解したマチコは、急いでケイコを連れて路面電車を降りるのでした。

外は月明かりだけで、他に明かりはありません。目の前には川が、その水面に月が反射しながらユラユラと揺れています。何も無い場所で路面電車から降りたケイコとマチコにとっては、久しぶりの夜の体験となりました。それは普段、日が暮れる前に帰るため、夜の静けさと暗さはある意味、新鮮だったかもしれません。

不意に振り返ったマチコは、そこに路面電車の姿が無くなっていることに気がつきました。それは音も無く、最初から無かったかのようです。本当にここまで路面電車に乗って来たのだろうかと、それ自体が怪しいものに思えるマチコです。

「お船、来たよ」

ケイコの言葉の通り、どこからか小さな船が、よく見ればケイコとマチコが乗ってきた銀色の船のようです。そうして、『乗って行きな』と言わんばかりに接岸、どうしたものかと考えるマチコです。

ですが、マチコが考えるよりも早く、船に乗り込んでしまうケイコです。このまま放っておけばケイコだけで行ってしまうでしょう。そういう子なんだとマチコが思っていると、ケイコは座っている自分の隣の席を叩きながら、

「帰るよ、マチコ。バカなの?」と、お姉さん風を吹かせるケイコです。
「あんただけにはぁ、言われたくないわねぇ」

マチコが船に乗り込むと、それを待っていたかのように船が動き始めました。しかし、風は殆ど無く、川の流れに乗るだけの、ゆったりとした動きです。

「ねえ、あんた。今まで何してたのよ」とマチコがケイコに尋ねると、
「お外、見てた」と笑顔で答えるのでした。

「ふ〜ん。私はね〜」
「マチコね、大きな口あけてね、あー、とか、うーって言ってたよ」
「そんなはずは……まあ、いいわ」

船は月明かりに照らさながら、どんぶらこ、どんぶらことケイコとマチコを左右に揺らして、ゆっくりと進みます。それが、どこに向かって言うのかは知る由もないところです。

マチコは退屈しのぎに、手を川に晒しながら、「一層のこと、飛んで帰りたいところよね。飛ばないかしら、この船」と呟くと、「飛ぶよ」と言い切るケイコです。

「あっそ。本当、飛べばいいよね」
「飛ぶもん」

するとどうでしょう。船は『任せておきな』と言わんばかりに速度を上げ、そして、そして、フワッと浮かび上がったではないですか。

「うおー、うおー」

もちろん、ケイコが叫びました。船はどんどん上昇すると、月が大きく見えてきました。いいえ、それは大きいというよりも手を伸ばせは届きそうな、そんな感じに見えるのでした。

「うっそぉぉぉ」

もちろん、マチコが叫びました。そして立ち上がったケイコがマチコの頭を叩きながら、「うおうお」言っています。

夜空を駆け巡る銀色の船。その帆は風もないのにピンと張り、ケイコとマチコを乗せて、どこまでも進んでいきます。マチコは、これはきっと夢の続きなんだと思うことにしたようです。そうでなければ、おかしな事だらけ。それとも誰かの夢の中なのか、それとも――

どんぶらこ、どんぶらこ。銀色の船は右側に大きなお月様を望みながら、大はしゃぎのケイコと、まだ夢の中を彷徨うマチコを乗せ、夜空をどんぶらこと何処までも進むのでした。
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登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

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