#8.2 春を待つ風

文字数 1,966文字

晴れ渡る冬の空。その空で高原を駆け登る風に乗り、ケイコが雪で埋まっている場所を目指します。その道中、マチコは何度も「あの子はもうぉ」と繰り返すのでした。

マチコが乗る風の下は一面の銀世界。ここのどこかにケイコが居るのか、見当がつくのでしょうか。ええ、マチコにその不安はありません。何故なら何となく分かるからなのです。それに、ヨシコから貰った地図もありますからね。

その地図の通りであれば、そろそろ『この辺』というところまで来たマチコです。しかし、どこもかしこも白い雪また雪です。特に目印になるような場所は——。

ピピッ・ピピッ・ピピピピ・ピィィィ。

マチコの体に電気のようなものが駆け巡りました。それは何かの合図のように、そしてそのおかげで髪の毛が逆立っています。

「この辺ね、間違いないわ」

ありったけの力で雪面に風をぶつけるマチコです。するとボワーン・ボワーンと風が雪を書き上げていきます。ですがそれは表面を撫でるようなものです。これでは到底、雪に埋まっているんだろうな、のケイコを見つけ出すことは難しいでしょう。

「ムッ、ムムム」

どうしたものかと思案中のマチコです。いっそうのこと春が訪れるの待つ方法もあります。そうすれば雪も溶け、その下で眠るケイコも起きてくることでしょう。しかし、しかし、マチコは『せっかち』なのです。到底、春を待つなんて出来そうにありません。

「やっぱりぃ、アレ、アレしかないかなぁ」

そう呟きながら上空をクルクルと旋回しているマチコです。『アレ』とは一体なんのことなのでしょうか。ですがその『アレ』をするかどうか躊躇(ためら)うマチコです。

やはり春まで待つべきか、それとも『アレ』をするのか。悩むたびクルクルと回り続けるマチコです。

そのマチコがピタリと空中で止まりました。そして周りをキョロキョロしています。それは周囲に知り合いが居ないか確認してようでもありますが、もともと彼女たち以外、この辺に居たためしがありません。それでも念には念を、のようです。

「もぉぉぉ! 一回だけだかんねぇ」

どうやら踏ん切りがついたようなマチコです。そしてとうとう『アレ』をするみたいです。それはどんなことなんでしょうかー。

「あらったま・ほんにゃら・ほん・ぷ」

おや? その言葉その呪文はケイコの必殺技ではありませんか。しかしとても小さい声です。ああ、そうですか、恥ずかしいのですねマチコは。でもそんな小声では魔法は発動しないでしょう。もっとケイコのように大きく元気に、です。

でもまあ、取り敢えず呪文は唱えましたので何かが起こるはずです、ですが待てど暮らせど何も起こりません。やはりそんな小さな声と根性では無理なのでしょう、気合が足りません。

呪文を唱えた後、顔を手で覆っているマチコです。相当恥ずかしかったのでしょう、顔が真っ赤になっています。ですが、ごにょごにょ言いながらも、もう一回やってみるようです。

顔から手を離すと、その手を口元で広げました。そして——。

「あらったまほんにゃらほんぷー」

その声は先程よりは大きいようですが、それで良いのでしょうか。それでも何かが起こるような気配がありません。これはまた失敗なのでしょうか。

いいえ、マチコは呪文を唱えたのではなく、その言葉を風に乗せ、その風は雪原を行き交い、更に雪の中へと進んで参ります。そうして雪深い底に眠るケイコの耳に届いたのでした。

呪文はケイコの夢の中へ。そしてクルクルと駆け巡り、最後は寝言になって出てきました。

「あらったまほんにゃらほんぷー」

それはそれは大きな声で、ケイコの寝言が響き渡るのです。それは全てを可能にする魔法、全ての夢を叶える魔法です。寝言によって発動した魔法は炎となって周囲の雪を溶かし、ケイコのところから雪の表面まで一気に火柱が昇りました。それででぽっかりと穴が開いたのです。

その穴の底で両手を掲げて立ち上がるケイコ、でもその目は閉じたままです。それはまだ夢を見ているのでしょう。無意識のうちに万歳をしているケイコの足元はフラついています。このままでは倒れてしまうのでは。

そこにマチコが現れ、倒れそうなケイコを支えました。それでも『ぐっすらこん』のケイコです、起きる様子はこれっぽちもありません。

「ちょっとぉ、あんたって子はぁ」

雪に開いた穴は今にも崩れてきそうです。このままでは、ということで風にケイコを乗せ、ビューンと飛び立つマチコ、あっという間に脱出です。

「あんたさぁ、春まで寝ているつもりだったのぉ?」

マチコの問いに答えるはずもなく、夢の続きを見ているケイコです。そしてその続きは大きな葉っぱベットで見ることになるでしょう。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み