#1.1 遊ぶ風

文字数 4,911文字

なんとなく、恋がしたくなるような春の風が吹き始めた頃。
丘陵に咲く沢山のタンポポの中で、小さな女の子が綿毛になったタンポポを手に持っていました。そうして空を見上げながら、何やら難しい顔をしています、ムムムです。

ヒューと高原を駆け上る風が吹いてくると、一斉にタンポポの綿毛が舞いがって行きます。そして女の子の持つタンポポが風に揺れ始めると、綿毛と一緒になって女の子も大空に舞いあがるのです、ヒューン。

その女の子は留まる風(シルフィード)。人の手のひらに乗ってしまいそうな程、ちっちゃくて可愛らしい妖精の女の子です。その背中には小さな羽がありますが、空中を飛び回ることよりも風に乗ったり、操ることの方が得意のようです。

沢山の綿毛に囲まれながら、高原が一望できるくらいの高さまで上がると、持っていたタンポポを手から離して舞い降りてきます。そしてまた新しいタンポポを掴んでは同じことを繰り返して遊んでいました。

その女の子以外、他のシルフィードは居ないようです。それでも楽しそうに舞い上がったり降りたりをしながら一日を過ごすのでした。

そうして遊び疲れると、丁度良い大きなの葉っぱの上でゆらゆらと揺られながら寝るのです。それはきっと揺籠のように心地よい眠りなのでしょう。



なんだかワクワクしてきそうな夏の風が吹き始める頃。
女の子は海に出掛けます。そして遥か上空からイルカの群れを見つけると、ビューンとひとっ飛び。イルカの背中に飛び乗り、背びれを掴んで豪快に海上を進みます。イルカが海中に潜る時は他のイルカに飛び移ります。そして時折、吹き上げる潮と一緒になって高く舞い上がっては、キャーキャーと叫びながら遊ぶのでした。

お次は仲良しのシャチと海中散歩です。シャチの頭の付近にしがみ付くと、シャチは真っ逆さまに海底へと潜って行きます。そしてシャチが水平になると大きな背びれに掴まり、女の子は必死の形相で耐え続けます。それはどう見ても楽しそうに見えませんが、そこから一気に海上へジャンプ! 女の子は吹き飛ばされながらも「ヤァァァ」と叫び、満点の笑顔見せて楽しそうです。

そうして遊び疲れると、カモメの背中に乗って帰るのですが、その途中、カモメの背中でスヤスヤと眠ってしまう女の子です。



木の葉が舞い落ちる秋の風が吹き始める頃。
女の子は大きな樹の下で、落ちるくる葉っぱを受け止めています。それは誰かと落ち葉拾いの競争をしているかのようですが、次から次へと落ちてくる葉っぱを受けてはポイ、受けてはポイを繰り返しているだけです。それでも女の子は一生懸命、どんとこい! と言わんばかりの頑張りです。それはきっと楽しいことなのでしょう。

落ち葉拾いに飽きてしまった女の子は、テクテクと森の中を歩いて行きます。そしてドングリを見つけると大はしゃぎ。一つ、二つ、三つまで持つと両手が一杯になりました。それを抱えて飛び上がると、風に乗ってゆらゆらと森の中を漂って行きます。そしてドングリを落としそうになると仰向けになり、ドングリをお腹の上に乗せてルンルンと風に流されていくのでした。

風は森を抜け人里に向かっています。その先に一軒の古びた家がありました。そして、女の子を招くように玄関のドアが開けれていましたので、風もつい寄り道をしたくなったのでしょう。その家の中に風と共に吸い込まれいく女の子です。

急に暗くなった視界に「ええっ」とびっくりする暇もなく、ゴツーンと壁に衝突してしまう女の子です。その勢いでドアがガタンと閉まってしまいました、うう。

「誰だい? ケイコ?」

部屋の奥からお婆さんの声が聞こえてきました。そしてドアの近くまで歩いてくると、足元にはドングリがコロコロ。それは女の子が壁にぶつかった衝撃で手放してしまったドングリです。

誰も居ないことを不審に思ったお婆さんは、転がるドングリの先に視線を移すと――床に座るように倒れている女の子の姿が目に入りました。ですが、見えたというのは普通のことではないのです。ええ、誰にでも女の子の姿が見えるという訳ではなく限られた人だけ見える、ラッキーなお婆さんです。

「おやおや、小さなお客さんだね、こんにちは」と声を掛けながら、そっと両手を女の子に添えると、そのまますくってテーブルの上で開きました。そして手をどけると、まだ頭を摩っている女の子ですが、何かを探しているようです。

「無い、無いよ〜」と困った声を上げる女の子は、自分がどこにいて、どうなったことなど興味は無いようです。そして「あれ〜」と言いながら頭を上げると、そこで初めてお婆さんの存在に気がついたようです。

お婆さんは女の子が探しているものを拾い上げると、「はい、これでしょう」とドングリを差し出しました。すると女の子はお礼を言う代わりに、

「あー、それ、私のだから、もうー、私のだからねー」とプンスカ顔の女の子です。
「そうなのね、ごめんなさいね」と優しく応えてくれるお婆さんです。
「もうー、私のだからねー」と言いながら女の子はドングリを抱えますが、三つ目で落としてしまいます。

「あー」と叫ぶ女の子にまた拾ってあげるお婆さんです。そして、
「元気そうね、怪我はないの?」と尋ねますが、
「ない」と素っ気なく答える女の子です。

立ったままで疲れたのか、お婆さんは椅子に座ると、ドングリをどう持ったものかと遣り繰りしている女の子に、

「あなたは、どこから来たの?」と話し掛けましたが、ドングリに夢中の女の子はそれどころではないようです。何度も三つ目のドングリを手から滑らせては四苦八苦の女の子、そのイライラが世界中に伝わってきそうです。

そんな女の子を見かねたお婆さんは、
「ひとつだけにしなさいな。残りは後で取りに来るといいわ」と提案しますが、
「う〜ん」と納得できない様子の女の子です。そこで、
「それなら、いいものを作ってあげるから。それでどう?」というお婆さんに、
「いいもの?」
「そう、いいもの」
「いいもの、欲しい」と笑顔になる女の子です。

「ところで、あなたの名前は?」と尋ねるお婆さん。それに、
「ケイコ!」と元気良く答えました。
「まあ!」と女の子の言ったことに驚くお婆さんです。お婆さんにとって『ケイコ』は娘の名前でもあるのです。それで最初に娘が訪ねて来たものと思って名前を呼んだのでしょう。しかし、

「呼ばれたもん、だからケイコ」と偶然の一致ではなかったようです。それでもお婆さんは、
「いい名前ね」と目を細めて喜んでいるようでした。

「いいもの、まだー」とお婆さんに催促するケイコです、既にドングリのことは忘れているのでしょうか、両手をかざしてお婆さんを待っています。
「まあまあ、いいものは作るのに時間が掛かるものよ。次に来る時までに用意しておくわ」
「なんだ……わかった」と少し悄気(しょげ)たケイコは直ぐに興味がドングリに移ったのか、それをひとつ抱えると「また来るね」と言いながら飛び立ちました。そして玄関のところで静止すると、「開けてー」との声に、お婆さんはドアを開けてやり、「じゃあねー」と、どこかに飛んで行くケイコでした。

そんなケイコの後ろ姿を見送りながら、久しぶりの小さな来客に楽しい時間が過ごせたことを喜んでいたお婆さんです。



ふわふわの雪が降る、冷たい風が吹く頃。
ケイコは風に掴まって上空へ。そこで手を離すと、真っ白い雪へ「ビューン」と言いながら落ちていきます。そして、ズボッと雪に小さな穴ができました。そこで「キャハハハ」と笑い転げるケイコです。

そのケイコは赤いショルダーバッグを身につけていました。そう、それはあのお婆さん手作りのバッグです。そのバッグを貰った時の様子を振り返ってみましょう。

◇◇

「開けてー」

お婆さんの家に来たケイコです。今回はちゃんと玄関が開くのを待つことが出来ました。

早速、家の中に入ると、『いいもの』が出来上がっていました。それをケイコに掛けてあげるお婆さんです。それはとっても可愛らしい赤いショルダーバッグでした。ケイコはそれを珍しそうに見ていましたが直ぐに気に入ったのか上機嫌です。

「とっても似合ってるわよ」とお婆さんもニコニコです。ケイコはルンルンと踊るように跳ね回ると、ドングリのことを思い出したのでしょう、「アレは?」とお婆さんに催促します。それを「はい、これね」とテーブルの上に置いてもらうと、それをバッグの中に押し込もうとします。ですがドングリが大きすぎて入れることが出来ません。

「入んないよー」と頬を膨らまして怒り出すケイコです。
「ごめんなさいね。可愛くしようと思ったら小さくなってしまったの。その代わり」とお婆さんはバッグから中身を取り出し、それをケイコに見せるのでした。

「わあぁ」

目を輝かせて喜ぶケイコです。それは色とりどりなビーズ玉でした。

「どう? 気に入ってもらえたかしら」
「うん! ありがとうお婆ちゃん。じゃあね」

ビーズ玉をバッグに仕舞い込むと、さっさと帰ろうとするケイコ、それを引き留めるお婆さんです。

「ちょっと待って、ケイコ」
「なあに」

お婆さんはケイコにあげたバッグと同じものを取り出すと、
「ねえ、お友だちはいるの?」と尋ねましたが、その答えは「いないよ」でした。
「もしお友だちが出来たら連れていらっしゃい。そうしたらね、あなたからお友だちにこれを贈ってあげると、きっと喜ぶわよ」

ケイコはお婆さんの言っている意味が理解できないようで、首を傾げるばかりです。そこでお婆さんは、
「ケイコとお揃いになれば、きっと喜ぶと思うのよ。これもケイコのものだから、お友だちが出来たら、またいらっしゃい」
「友達、いないよ」

ケイコは言い終わると、羽をパタパタさせて玄関に向かいますが、それをまた、お婆さんが引き止めました。そこで振り向いたケイコは、

「なあに」と、ちょっと不機嫌そうな顔になりましたが、お婆さんがドングリを指さすと、「へへ」と言いながらドングリをひとつ抱え、嬉しそうな顔で家を後にしたのでした。



雪の穴から這い出たケイコは、右手を上げ風を掴みます。そして小さな体は空に舞い上がり、そしてまた手を離しては落下、雪にズボッを繰り返して遊んでいました。

しかし、雪の季節は危険がいっぱい。雪だるまを作りながらそれの一部になってしまったり、降り積もる雪の下敷きになったりすることも。そして恐ろしい雪崩に巻き込まれることもあるでしょう。そんな時、素早いシルフィードでも身動きが取れなくなってしまうことがあります。

ですが、ご安心を。そんな彼女らシルフィードに危険はないのです。どんなに雪の下敷きになろうとも、その体は雪をすり抜けることが出来ます。しかし、なかにはそのまま雪に埋もれて春まで待つ子もいるようです。それは、そう、抜け出すのが面倒になって、そのまま眠ってしまからのようです。

こうして一年中、何がしらの遊びを見つけては楽しみ、飽きたら寝てしまう彼女たちシルフィードなのです。そのシルフィードは、ケイコのように一定地域を遊び場にしていて、その範囲は広いのですが、他のシルフィードと出会うことがありません。それは、留まる風(シルフィード)と言われる由縁から来ているのでしょう。だって風は吹き始めたらどこかに去ってしまうものです。ひとつの場所・地域で同じ風が吹き続けるのは、とても珍しいことなのです。

そして、ケイコは眠くなったら、大きな葉っぱの上で横になってスヤスヤと眠るのです。その場所は何時も無風で暗く、そのため星がキラキラと輝いて見えるのです。でもそこが、この世界のどこにあるのかは分かりません。どこかの境にあるのか、この世ではないのか。誰にも、そしてケイコにも分かってはいないことでしょう。そんな不思議な世界でケイコは遊んでいるのでした。

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登場人物紹介

ケイコ

田舎育ちのケイコ。一人遊びが大好きで年中遊びに夢中な天然系。

マチコ

都会育ちのマチコは都会の喧騒に嫌気が指し旅に出ることに。
いつも、お姉さん風を吹かせています。

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