風の行方
文字数 2,720文字
「うんもー、私の方が先に見つけたんだからねー」
「先とか関係ないよぉ、手を離しなさいよぉ」
「バッカじゃないのー、これー、私のー」
「なによぉ、私のだってぇ」
ケイコとマチコは、ビー玉のようなものを取り合い、クルクルと回転しながら地上に舞い降りていきます。
そんな最中、マチコは一台の車が砂埃をあげながら走っていく様子に気づき、それを目で追っていました。そしてその車を運転しているのは例の彼のように見えまたのです。
「あうー」
手を離したマチコのせいで、ビー玉を抱えたまま落ちていくケイコです。
「急に離さないでよー、マチコー」
そのまま地上に降りたケイコとマチコです。マチコは、ビー玉を抱いてご満悦のケイコの手を引っ張って、また飛び上がりますが、その際、ビー玉を落としてしまうケイコ、不満爆発、プンスカです。
「落としちゃったじゃないの! どうしてくれるのよー」
「あれはあんたにあげるから、今は付いていらっしゃいよ」
ケイコとマチコは車を追いかけ、風に乗ってひとっ飛び。その行き先は彼女の家でした。彼女の家は売りに出されたまま誰も住んではおらす、あれから相当な年月が経過していました。
家の前に車が止まり人が降りてくると、やはりその人は彼です。そして、マチコが最後に会った時とではだいぶ様子が違っていましたが、マチコには彼だと分かったようです。
「あれ、誰?」とケイコがマチコに尋ねると「彼よ」と。するとケイコは「会いに行こう」と飛び出しそうになったところをマチコが制止しました。
「なんで止めるの? 会いに行こうよ、彼でしょう?」
「ダメ、もう関わったりしちゃダメよ」
「だってー」
「見ているだけよ」
「ケチー」
庭の茂みに隠れ、ケイコの手を握りしめたまま彼の様子を伺っているマチコです。その彼は立ったまま家を見つめています。そうして時間が経ってもその姿は変わりませんでした。
「彼、何やってるの? もう彼女は、いないよ」
ケイコは哀しげな口調でマチコに話し掛けましたが、そのマチコは口に指を当てています。そして暫くの後、「本当に、何やってるのかしらね」と呟くのでした。
「ねえ、マチコ、行こうよ、帰ろ」
「全く、見てらんないわね」
マチコは彼に風を送ります。その風は茂みの葉を揺らし、彼の周りをクルクルと回り始めました。そして、
「ねえ、あなた。そこで何やってるのよ」と独り言を呟きました。すると、離れた位置に居る彼にも聞こえたのでしょう。
「その声って、まさか妖精さん? 居るの? どこ?」と彼の声が風に乗って聞こえて来ました。それを送り返すようにマチコは、
「ねえ、何しに来たのよ。誰も居ないわよ」
「ああ、いや、彼女が、住んでたんだ、彼女の家なんだよ、ここは」
「だから、その彼女はもう居ないんだって」
「知ってる」
「じゃあ、何で来たのよ」
「いや〜、何となく、かな。ここに来れば会えそうな気がして」
「バカなの、彼女はねぇ……」
「知ってるよ、知ってる。でも、でも……」
彼はそのまま黙ってしまいました。それは声を必死に堪えているのが分かるくらい、風を通してマチコに伝わってくるのでした。
「しょうがないわね。いいわ、一度だけ彼女に会わせてあげる」
「本当? そんなことが出来るの? 本当?」
「私を誰だと思って……、いいわ。その前に約束して。目を閉じて、決してそこから動かないこと。いい、振り向いてもダメよ、わかった?」
「……うん、約束する」
ケイコは驚いた表情でマチコを見つめ、
「そんなこと、出来るの?」と問いかけると、
「あんたが、やるのよ」と言い返されてしまします。
「エーーー、出来ないよ〜」
「あんたが出来ないなら誰が出来るっていうのよ。さあ、行って」とマチコはケイコのお尻を叩いて、2階の窓に向かわせます。
そして閉まっている窓を開けようとしますが、「う〜ん、開かないよー」と直ぐに根を上げるケイコです。そこに「がんばって〜」とマチコからの風の便りが届きました。
「うんとこしょい」と気合いを入れるケイコ、ですが窓はピクリともしません。もう、ケイコの顔は真っ赤に。
「う〜んダメ〜、開かないよー、誰か手伝ってよ〜」と目を閉じて祈るように愚痴ると、スーッと少しだけ窓が開きました。でもそれは内側から窓を持ち上げたようにも。
「開いたよ〜、マチコー」
その声にマチコは、ええ、何もしていませんね、ただ2階の窓を見ているだけです。そうしていると、部屋の中から風が吹き出て参りました。その風はケイコを乗せ、彼の元に真っしぐらです。そして彼を包むかのようにクルッと回り込むと、そこでケイコが弾き飛ばされてしまいました。そのケイコをマチコが受け止めます。
「怖かったよ〜」とマチコに抱きつくケイコです。そしてそのままケイコを連れて高く舞い上がり、更に風に乗って彼女の家から離れていきます。
「どこに行くの? マチコ」
「二人だけにしてあげるのよ、バカね」
こうして風に乗ったケイコとマチコは、どんどん家から離れていき、そして見えなくなっていくのでした。
一方、庭に佇む彼は、優しい風に包まれ、それはまるで後ろから誰かに抱かれているような感じがしたそうです。そうして、目を閉じたまま、かつての彼女の姿を思い、彼女の、最後の言葉を繰り返し聴き入るのでした。それは、周囲の風が、そう聞こたのではなく、彼の心が風で揺さぶられたからでしょう。
彼は、彼女との別れが辛くて直ぐには戻れなかったこと、真実を認めるのが怖かった自分、それを受け止められなかった自分を後悔し、やっと彼女と向き合う決心がついたことを彼女に報告し謝り続けるのでした。それでも彼女からの返事は何一つ変わることなく、優しい風となって彼に語り掛けるのでした。
◇
「それぇ、あんたにあげるわよ」とマチコはビー玉を指差してケイコに譲ってあげます。
「当然よ、これ、私のもんだもん」とビー玉を抱えてご満悦のケイコです。
そんなケイコの手を引いてマチコは、「さあ、行くわよ」と風を掴んでは空高く舞いがっていきます。そして、「今度は落とさないでね」とケイコに言ったとたん、ビー玉を落としそうになるケイコです。
「へへ」
こうしてケイコとマチコは風に揺られながら、街全体が見渡せるくらい高く舞い上がり、その行き先は風だけが知っていることでしょう。